提言・論考
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ウクライナ戦争を経た中国人民解放軍の軍事ドクトリンと中国の対日安全保障認識

はじめに

2022年2月に始まったウクライナ戦争は5年目に入った。欧州における第二次世界大戦以来の本格的な戦争となったウクライナ戦争は各国の軍事ドクトリンや部隊運用に多大な影響を与えているといわれており、その研究成果が幾つか出されている1

中国人民解放軍(以下、人民解放軍)もその例外ではなく、ウクライナ戦争から多くの教訓を得ていると指摘され、日本のみならず、米国や台湾などの研究者がそれに関する研究成果を発表している。このうちジョエル・ウズナウ(Joel Wuthnow)の研究は人民解放軍がウクライナ戦争において自身の軍事ドクトリンや作戦構想の有効性を確認したと指摘しており、本稿もこの点に関して同じ結論に至る2。また『中共研究』に掲載された台湾の研究者による論稿は、ウクライナ戦争で注目された作戦領域を広範囲に取り上げたうえで、それらが人民解放軍の台湾侵攻作戦にどのような影響を与えていくのかを考察している3。日本での研究として八塚の研究は、中国側の研究者の指摘を踏まえて、主に宇宙・サイバー・認知領域におけるウクライナ戦争の人民解放軍への教訓を論じている4

本稿は、こうした先行研究を踏まえつつ、ウクライナ戦争を経た中国人民解放軍の軍事ドクトリンとそれに関わる作戦構想・軍事力運用方針を明らかにする。その上で、人民解放軍がどのような対日安全保障認識を有しているのかを分析する。

2.ウクライナ戦争を経た人民解放軍の軍事ドクトリンと作戦構想・軍事力運用方針

(1)軍事ドクトリン―情報化局地戦争と智能化戦争

2012年11月の中国共産党第18回全国代表大会(18回党大会)で中央軍事委員会主席に選出された習近平は統合作戦能力の強化を重視した。2013年11月の中国共産党第18期第3回中央委員会全体会議で習近平は国防・軍隊改革(以下、軍改革)の実行を発表した。人民解放軍は習近平の指示の下、情報化戦争を念頭においた統合作戦体制の構築を目指し、建国以来、最大かつ最も徹底した改革を行った5

軍改革の理論的支柱となった軍事ドクトリンが「情報化局地戦争」である。習近平体制は2014年頃から「情報化条件下の局地戦争」6に替わる軍事ドクトリンとして「情報化局地戦争」を提唱した7

人民解放軍中国国防大学『戦略学』2020年版は「情報化局地戦争」の特徴として、①戦争は政治・経済のみならず、国内外の輿論や国際法など社会的要因から様々な制限を受ける、②情報能力に優れた制情報権が制空権、制海権などを奪取する上での前提条件になる、③陸・海・空・宇宙などの有形の戦場に、電磁波領域・サイバー空間・心理認知領域などの無形の戦場が加わることで戦場空間は拡大・多次元化・立体化し、空・宇宙の戦場が融合・一体化して戦略的制高点となる、④「システム体系」8対抗を主眼とした「多領域一体化統合作戦」が基本の作戦形式となる、⑤戦争進行過程、打撃目標と手段が正確にコントロールされ、高効率で費用対効果が高く、低リスクかつ低コストの中小規模の精密作戦へ移行する、⑥軍事の智能化が発展し日増しに顕著なる、という6点を指摘する9。かかる構想は習近平指導部が独自に考案したのではなく、胡錦濤時代から検討が進められていた概念を踏襲したものであった10

2019年7月の『新時代における中国の国防』(以下、『国防白書』)は、次の戦争形態としての「智能化戦争」に言及した。『国防白書』は「智能化戦争」の登場の背景として、「人工知能(AI)、量子情報[技術]、ビッグデータ、クラウドコンピューティング、モノのインターネット(IoT)など先端科学技術の軍事分野における応用」を指摘した11

国防大学の研究者は「智能化戦争」を、「IoT情報システムを基礎として、智能化された武器・装備および関連する作戦方法を使用して、陸・海・空・宇宙・サイバー電磁波および認知領域で進める一体化戦争」と定義する12。智能化戦争の特徴として、①人工知能やクラウドコントロールなどを活用した人機共同決策(人間と機械による共同の決定)の指揮統制、②無人機を主力とした武器・装備体系の構築と「蜂群(スウォーム)攻撃」の実現、③伝統的安全保障領域と新型安全保障領域、物理的安全保障空間(陸・海・空・宇宙)と非物理的安全保障空間(認知・社会・サイバーなど)の一体化・融合の進展と認知空間での対抗作戦での主導権と支配権の獲得、などが指摘される13

ウクライナ戦争では無人機の積極的な運用14、サイバー・電磁波空間の重要性、認知領域での戦いなどが注目されたが15、上述のとおり、それらは「情報化局地戦争論」および「智能化戦争論」が重視する内容であった。その意味では、人民解放軍はウクライナ戦争を通じて、こうした軍事ドクトリンの正しさを再確認したと思われる。実際、ウクライナ戦争を想定していると思われる『解放軍報』軍事論壇の論説は「情報化」や「智能化」の重要性を強調している16

但し、人民解放軍は現段階では「智能化戦争」を「情報化局地戦争」に替わる軍事ドクトリンとして設定していない。ウクライナ戦争の勃発後、『解放軍報』では「智能化戦争」への言及が目立つが、「情報化智能化戦争」との表現も登場している17

(2)作戦構想―「システム体系作戦」構想と「一体化統合作戦」構想

「情報化局地戦争」で基本的な作戦形式とされているのが「システム体系作戦」構想と「一体化統合作戦」構想である。

「システム体系作戦」は米軍のC4ISRの発展を踏まえて考案された作戦構想であり18、胡錦濤時代に提唱された「情報システムに基づくシステム体系作戦能力」概念を踏襲・発展させた概念である19。その主たる特徴は、①戦場状況を同時に感知し、リアルタイムの情報共有を行う、②各軍種を融合し、効率の高い作戦を実施する、③各軍兵種が協調してシンクロし、一つの纏まりとして行動する、④敵を一つの完成された作戦システム体系として捉え、その枢要な箇所を発見・攻撃して敵の全体構造を破壊する、⑤指揮統制で分散と集中を同時に実現する、⑥情報保障やロジスティクスなどの後方支援活動で各種能力を集約し、正確な保障を実現する、ことにあるとされている20

「一体化統合作戦」構想も胡錦濤時代に提唱された概念であるが21、習近平体制から本格的に実装化された22。同構想は、「ネットワーク化した情報システムに基づき、情報化された武器・装備と作戦方法を使用し、陸・海・空・宇宙・サイバー・電磁波空間および認知領域において総体的な連動を遂行する作戦。情報化戦争に呼応する基本的な作戦形式」と定義される23。この概念は、作戦思想として、「情報主導(制情報権の最重視)」、「精密な作戦(空間・時間・目標・手段・効果の精査による、最小・最短で目的を達成する作戦)」、「重点攻撃(ソフトキルとハードキルを組み合わせた精密攻撃による、敵の中心となる作戦システム体系を破壊・麻痺させる攻撃)」、「総体作戦による勝利(軍事・政治・経済・外交を融合し、陸・海・空・宇宙・情報・心理・認知などの領域で、様々な手段の結合による勝利の実現)」を重視する。人民解放軍は「一体化統合作戦」構想に基づき、伝統的安全保障領域である陸・海・空から新たな安全保障領域である宇宙・サイバー電磁波空間・深海・認知領域にまでその作戦領域を拡大した24

これらの作戦構想で必要とされる作戦能力が2017年10月の中国共産党第19回全国代表者大会で提起された「ネットワーク情報システム体系に基づく統合作戦能力」と「全領域作戦能力」である。人民解放軍の教範は「ネットワーク情報システム体系に基づく統合作戦能力」を「ネットワーク情報システム体系を紐帯と支柱とし、統合作戦におけるリアルタイム感知、高効率の指揮統制、精密打撃、快速機動、全方位防御、総合保障などの作戦能力を一体として集成し、それによって倍増効果を備えるシステム体系化された作戦能力」と定義する。その作戦行動は、ネットワーク・クラウド・端末に基づく一体化作戦、多次元で連動した全領域作戦、情報・火力が一体化した融合作戦とされた。そして精密化・ステルス化・無人化作戦と制情報権の獲得を重視し、短期決戦で戦略目的を達成することを特徴とする25

軍事科学院の張謙一は「全領域作戦能力」を「軍隊が、国内外の戦場、あるいは陸・海・空・宇宙・サイバー・電磁波・認知領域などの全方位にわたる安全保障領域、さらには深海・量子コンピューター・人工知能・バイオセキュリティなどの新興対抗領域といった全ての領域において、複数の領域での効果を重ね合わせ、新領域を統制し、かつ戦略的主導権を奪取し、領域横断的な融合による総合的優勢を目指すことにより、敵との対抗活動を効果的に展開し、抑止と戦争の勝利を実現する能力」と定義した26。ここでも人民解放軍の作戦領域の拡大と各領域の融合が重視された。

智能化戦争の提唱後も「システム体系作戦」構想と「一体化統合作戦」構想は堅持されたが27、国防大学『戦略学』2020年版は「智能化戦争」への対応を重視した「多領域一体化統合作戦」概念を提起した。「多領域一体化統合作戦」概念は、「統一された指揮の下、統一された作戦目的に対し、各種作戦戦力、作戦ユニット、作戦要素を、ネットワーク情報システムによりシームレスに融合した作戦システム体系であり、統一された計画に従い、陸・海・空・宇宙・サイバー電磁波・智能などの多くの領域で実施される、高度な調整を有する総体連動作戦」と定義され、統合作戦の高度な段階だとされている28

人民解放軍軍事科学院の研究者である趙小卓は、ウクライナ軍による黒海艦隊旗艦であったミサイル巡洋艦モスクワの撃沈とHIMARSによるロシア軍臨時兵舎への攻撃を、探知・監視・情報伝達・指揮統制・精密打撃の各能力に優れた「システム体系作戦能力」として評価した29。ウクライナ戦争後に掲載された将来戦を検討する『解放軍報』軍事論壇の論説も、「システム体系作戦」構想と「一体化統合作戦」構想の重要性を指摘している30

(3)軍事力運用方針―物理領域・情報領域・認知領域の一体化

情報戦・心理戦をベースとする認知領域での戦いはウクライナ戦争で注目され31、人民解放軍もウクライナ戦争での認知領域での戦いから教訓を得ていると指摘されている32。他方、人民解放軍は認知領域での戦いを伝統的に重視し、輿論戦・心理戦・法律戦の所謂「三戦」を軍事作戦に取り入れてきた33。人民解放軍は認知領域での戦いを陸・海・空・宇宙という物理領域とサイバー空間や情報次元という情報領域と一体化して展開することを想定している34。物理領域・情報領域・認知領域での戦いの主な内容と戦力の関係を概念化したものが図-1である。

(出典)読売新聞2022年9月15日朝刊の報道を基に各種資料や報道を加味して筆者作成。

現実空間たる物理領域での戦いは陸海空+宇宙での破壊活動を伴う武力行使であり、主戦力は陸海空の各種アセット(ミサイル戦力も含む)による機械化戦力(火力・機動力)と無人機等の智能化戦力である。仮想空間は情報領域と認知領域に分けられる。情報領域はC4ISR能力や偽情報作成を主な内容とし、各種情報システムやサイバー攻撃・宇宙アセット・電磁波などの情報化戦力とAI・無人機・量子暗号技術などの智能化戦力が主たる戦力となる。認知領域は「三戦」を主たる内容とし、メディア・SNS・情報統制などの情報化戦力に加え、情報拡散をするAIなどの智能化戦力が主たる戦力となる。

人民解放軍は物理領域・情報領域・認知領域での戦いを単独で実施することなく、成果を最大化すべく一体化することを想定している。機械化戦力・情報化戦力・智能化戦力を掛け合わせて物理領域・情報領域での相手への破壊・麻痺を行い、その効果を最大化するために情報化戦力と智能化戦力を掛け合わせて認知領域で相手を制圧する。

(4)ベネズエラ侵攻への評価

こうした人民解放軍の軍事ドクトリン・作戦構想・軍事力運用方針は米国のベネズエラ侵攻作戦への評価でも確認できる。2026年2月2日付『解放軍報』は米軍のベネズエラ侵攻作戦を含む近年の特殊作戦を分析する論説を複数掲載した35

軍事科学院研究者の論説は、無人化・智能化技術の発展に伴い、特殊作戦は精密化、智能化、無人化、そして陸・海・空・宇宙という有形空間と電磁波・サイバー・認知などの無形空間を包含する全領域化へと進化し、「システム体系支援と精鋭部隊の勝利」という特徴が顕著となったと指摘した。また特殊部隊の行動の成否は、全領域作戦システム体系における情報、指揮、火力、後方支援などの有機的な融合にあると分析した。さらに認知戦の重要性に言及し、精密なナラティブの内包、焦点の誘導、心理的圧力を通じ、戦術行動を認知領域における衝撃とし、戦略的主導権を確保できると主張した。

他の軍事科学院研究者の論説は戦争形態が智能化へと加速的に進化し、特殊作戦も「智能により勝利する」ようになっていると指摘する。具体的には人工知能、ビッグデータ、クラウドコンピューティングなどの新技術が、戦場の状況認識、作戦の指揮統制、総合的な後方支援などの分野で優位性と潜在力を示し、特殊作戦は「脳庫+クラウド庫+武器庫」という基盤が求められるようになっていると指摘する。そして特殊作戦は物理領域での破壊だけでなく、情報領域や認知領域での駆け引きだと主張する。

国防大学研究者の論説は、計画期間の長さ、参加部隊の多さ、行動要求の高さを踏まえ、同作戦は統合作戦で実施される特殊作戦の多くの特徴を体現していると指摘した。そして、①態勢を構築し、有利な作戦の機会を捉える、②情報先行により、戦場の一方的な透明化を実現する、③サイバー攻撃により電力と通信網の無力化し、電磁波攻撃とミサイル攻撃の連携により侵入路を開拓する、④立体的に突入し、電撃的に逮捕するための迅速な攻撃と撤退を確実に実行する、という点をその特徴として抽出した。

(5)小括

人民解放軍にとってウクライナ戦争は、既存の軍事ドクトリン・作戦構想である「情報化局地戦争論」と、その基盤となる「システム体系作戦」構想および「一体化統合作戦」構想、また将来戦として検討している「智能化戦争」、そして物理領域・情報領域・認知領域での戦闘の一体化という軍事力運用方針の正しさを確認するものであった。その意味では、1991年1月の湾岸戦争が当時の人民解放軍に衝撃を与え、軍事ドクトリンを激変させたような事態は生じないものと思われる36

このようにウクライナ戦争が人民解放軍の軍事ドクトリン・作戦構想に与えた影響は限定的であったが、それは人民解放軍がこの戦争から教訓を得ていないことを意味するものではない。人民解放軍は、既存の方針の正しさを確認したうえで、戦略・政策レベルと作戦レベルにおいて、ウクライナ戦争の教訓を踏まえた調整を余儀なくされるものとみられている37

3.中国の対日安全保障認識

(1)中国と日米同盟の軍事バランス

2025年8月に公表された『令和7年版日本の防衛』(以下、『防衛白書』)はインド太平洋の安全保障環境に関して、「わが国は戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面している。ロシアによるウクライナ侵略により、国際秩序を形作るルールの根幹がいとも簡単に破られた。同様の深刻な事態が、将来、インド太平洋地域、とりわけ東アジアにおいて発生する可能性は排除されない。国際社会では、インド太平洋地域を中心に、歴史的なパワーバランスの変化が生じている」と表現している。そして、図-2に示したような軍事バランス状況を提示した38

図-2 日本周辺における主な兵力の状況(概数)

(出典)『防衛白書』、39頁。

2026年3月、防衛省は「防衛力の変革に向けた検討状況等」という資料を公表した。同資料は、「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」という所謂「戦略三文書」の改定に際して、中国と日米同盟の戦力比較を掲載した。それによれば、中国は陸上戦力(陸軍+海軍陸戦隊)100万人、近代型(第4世代・第5世代)戦闘機1,668機、空母3隻、近代型駆逐艦・フリゲート艦94隻、近代型潜水艦55隻、爆撃機219機に対し、日本側は陸上戦力13万人、近代型戦闘機330機、空母0隻、近代型駆逐艦・フリゲート艦51隻、近代型潜水艦22隻、爆撃機0機となっている(図-3)。さらに米軍の全世界における戦力として、陸上戦力(陸軍+海兵隊)62万人、近代型戦闘機2,204機、空母11隻、巡洋艦・駆逐艦111隻、潜水艦66隻、爆撃機120機を計上した39

図-3 日本周辺の安全保障環境

(出典)「防衛力の変革に向けた検討状況等(令和8年3月10日)」、13頁。

他方、こうした戦力分析は各種アセットの比較にとどまっており、中国が「情報化局地戦争」のなかで重視しているそれらのアセットを一つのシステム体系として運用するのに不可欠なC4ISRの能力は加味されていない。また「智能化戦争」において重要な戦力となる無人機・AIなどの能力も反映されてはいない。

(2)「2022戦略三文書」における対中抑止力強化

2022年12月、日本は2013年以来となる「国家安全保障戦略」、「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」の所謂「戦略三文書」を公表した。このうち、「2022国家安全保障戦略」は、「中国の対外的な姿勢や軍事動向等は、我が国と国際社会の深刻な懸念事項であり、我が国の平和と安全及び国際社会の平和と安定を確保し、法の支配に基づく国際秩序を強化する上で、これまでにない最大の戦略的な挑戦であり、我が国の総合的な国力と同盟国・同志国等との連携により対応すべきものである」と明記した40

「国家防衛戦略2022」はこうした対中認識に基づき、日本のとるべき防衛政策のアプローチとして、以下の3点を明記した。第一のアプローチとして、日本自身の防衛力の抜本的強化の必要性が提起された。具体的には、「スタンド・オフ防衛能力」、「統合防空ミサイル防衛能力」、「無人アセット防衛能力」、「領域横断作戦能力」、「指揮統制・情報関連機能」を強化するとされた41。第二のアプローチとして、日米同盟の更なる強化が提起された。具体的な項目としては、「日米共同の抑止力・対処力の強化」、「同盟調整機能の強化」、「共同対処基盤の強化」、「在日米軍の駐留を支える取組」が指摘された42。第三のアプローチとして、自由で開かれたインド太平洋構想(FOIP)に基づく同志国との連携が提起された。ここでは豪州、インド、欧州諸国、韓国、ASEAN諸国など、多くの国々との多角的・多層的な防衛協力・交流を積極的に推進することが明記された43。「防衛力整備計画2022」は、「国家防衛戦略」に基づいて、今後求められる防衛費や陸・海・空の自衛隊の装備やC4ISRなどの強化方針が明記された。

(3)中国人民解放軍の対日警戒感の強化

2022年12月、譚克非・中国国防部報道官は戦略三文書に関して、中国の脅威を意図的に誇張していると指摘し、「これに断固として反対する」と発言した。そして日本が近年、平和憲法や「専守防衛」政策に著しく背き、「外部からの脅威」を口実に防衛費を大幅に増額し、宇宙、ミサイル防衛、極超音速兵器などの分野における軍事技術の研究開発を強化し、日米軍事協力を深化させ、いわゆる「反撃能力」の構築を図り、 米国との「核共有」を喧伝し、他国の後ろに付いて特定の国々との「小集団」を形成し、すでに地域の平和、安全、安定に対する現実的な「挑戦」となっていると批判した。さらに台湾問題に関しても、

「日本はかつて対中侵略戦争を仕掛け、台湾の同胞を含む中国人民に甚大な災難をもたらした」「台湾問題には日本側が口を出す余地はなく、日本側がすべきことは、歴史を銘記し、罪責を反省し、約束を守り、言動に慎重を期すことである」と批判した44

これ以降、人民解放軍は『解放軍報』紙上において、再三にわたり、戦略三文書で明記された日本の安全保障政策への警戒感を露にし、批判を展開していた45。その批判の対象は戦略三文書に明記された日本の安全保障政策のほぼ全てに及ぶものであった。

2023年3月30日付『解放軍報』論説は日本が統合司令部を設置することを批判したうえで、南西諸島における離党防衛と地対艦ミサイルの配備、護衛艦「いずも」の改修、極超音速ミサイルや弾道ミサイル技術の開発強化などを非難した46。4月20日付『解放軍報』は、日本政府が開始した政府安全保障能力強化支援(OSA:Official Security Assistance)を、日本が「同志国」と認める国への軍事援助であり、アジア太平洋地域の安全と安定に深刻な危害をもたらすと批判した47。5月8日付『解放軍報』は日米韓の安全保障協力を、「地域諸国間の陣営化や対立を招き、地域の安全保障情勢に深刻な打撃を与えることになる」と批判した48。こうした批判の中には、日本の安全保障政策を歴史問題と結びつけ、「日本の新たな軍国主義の動きは、日本国民を恐怖と不安に陥らせただけでなく、アジアの近隣諸国や国際社会における、日本の今後の方向性に対する警戒感と懸念を一層強めている」と批判するものもあった49

2025年11月、高市早苗首相は、衆議院予算委員会での質疑の中で台湾有事に関して、「武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースである」と発言した50。この高市首相の発言は決して従来からの政府見解から逸脱するものではなかった51

しかし、中国はこの高市発言に強く反発した。中国外交部報道官は2025年11月10日の記者会見において、「日本の指導者は先日、国会で台湾に関する誤った発言を公然と行い、台湾海峡への武力介入の可能性を示唆した。これは中国の内政への粗暴な干渉であり、『一つの中国』原則、日中間の4つの政治文書、および国際関係の基本原則に著しく違反するものであり、日本政府がこれまで行ってきた政治的公約とも著しく矛盾しており、その性質と影響は極めて悪質である」と高市発言を批判した52。11月14日、中国国防部報道官も高市発言に対し、外交部発言を踏襲したうえで、「これは戦後の国際秩序への挑戦であり、『台湾独立』勢力に対して極めて誤ったシグナルを送るものであり、その性質と影響は極めて悪質であり、極めて無責任かつ極めて危険である」「日本が歴史の教訓を深く汲み取らず、あえて危険を冒し、さらには武力によって台湾海峡情勢に介入しようとするならば、中国人民解放軍の鉄壁の防壁の前に頭から血を流し、痛ましい代償を払うことになるだろう」と述べ、高市発言を戦後国際秩序への挑戦と位置付け、日本が歴史問題で反省していないと批判した53。これ以降、中国側は対日批判の度合いを強めていった。『解放軍報』でもそれまで以上に対日批判の言説が目立つようになった54

こうした流れのなか、2025年12月26日の記者会見で外交部報道官は、「中国は、平和を愛するすべての国々と共に、軍国主義の復活や『新型軍国主義』の形成を図るいかなる危険な行為も断固として阻止し、第二次世界大戦の勝利の成果を共に守り抜く」と発言し、日本に対し「新型軍国主義」とのフレーズに基づく批判を開始した55。2026年2月28日、中国国防部報道官も記者会見で、「国際社会は、日本の『新軍国主義』の妄動に対して高度な警戒心を抱き、断固としてこれに抵抗し、手を携えて第二次世界大戦の勝利の成果と戦後の国際秩序を守り抜かなければならない」として、「新型軍国主義」というフレーズによる批判を開始した56

「新型軍国主義」というフレーズは、中国が日本に見出している歴史修正主義、危機の語り、軍備拡張、対台湾関与を、一つの体系的傾向として束ね直すための概念装置と指摘されている57。ただし、上述の通り、2022年12月の戦略三文書の発表以降、人民解放軍は日本のほぼ全ての安全保障政策に関して一貫して批判的であり、そうした批判を歴史問題と結び付けていた。かかる事実を踏まえれば、人民解放軍はこのフレーズを必ずしも単なる高市発言への批判として使用しているわけではなく、それまでの対日警戒感・対日批判の流れを踏襲した集大成として使用していると言えよう。

4.おわりに

ウクライナ戦争では無人機の積極的な運用、サイバー・電磁波空間の重要性、認知領域での戦いなどが注目されたが、それらは人民解放軍が2014年頃から進めてきた「情報化局地戦争」と、将来戦のために今後推し進めていくだろう「智能化戦争」という軍事ドクトリンの正しさを証明するものであった。また人民解放軍は、「情報化局地戦争論」のなかで基本的な作戦形式とされている「システム体系作戦」構想と「一体化統合作戦」構想の正しさも確認することができた。そして、人民解放軍は陸・

海・空・宇宙という物理領域とサイバー空間や情報次元という情報領域、さらに認知領域での戦いを一体化して展開するとの軍事力運用方針が妥当であると判断した。その意味では、人民解放軍において湾岸戦争後のような軍事ドクトリンの激変は生じないものと思われる。

中国はかかる軍事ドクトリン・作戦構想・部隊運用方針に基づき、豊富な資金と優れた技術力を活用して軍事力整備を展開してきた。その結果、インド太平洋地域では歴史的なパワーバランスの変化が生じていると評価されるようになった。

そうした歴史的なパワーバランスの変化が生じているなか、日本政府は現在2022年12月に作成された戦略三文書に基づき安全保障政策を遂行している。戦略三文書では、中国を「最大の戦略的な挑戦」と位置づけ、(1)日本自身の防衛力の抜本的強化、(2)日米同盟の更なる強化、(3)自由で開かれたインド太平洋構想(FOIP)に基づく同志国との連携、によりそうした動きに対処していくことが定められた。

これに対して、人民解放軍は戦略三文書で示されたほぼ全ての安全保障政策を否定的に捉え、批判してきた。こうした批判の中には、日本の安全保障政策を歴史問題と結びつけるものもあった。

2025年11月の高市首相の台湾有事をめぐる発言は従来からの政府見解から逸脱するものではなかった。それにもかかわらず、中国はこれに強く反発した。そして2026年1月以降、中国外交部は「新型軍国主義」というフレーズで対日批判を強化した。同年2月以降、人民解放軍もこのフレーズに基づき対日批判を展開した。ただし、人民解放軍のなかでこのフレーズは必ずしも高市発言への批判としてだけに使用されているわけではなく、それまでの対日警戒感・対日批判の流れを踏襲した集大成として使用されている。

中国の軍事力の強化は、今後も日本にとって最大の戦略的挑戦であり続けるだろう。そうした中国に対処するためにも、日本は今後中国がどのように軍事ドクトリン・作戦構想・軍事力運用方針を深化させていき、それに基づいてどのような軍事力整備を強化し、その軍事力を如何に運用していくのを引き続き注視しなければならない。

(杉浦康之 防衛研究所地域研究部アジア・アフリカ研究室長)

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