提言・論考
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米中関係と台湾内政のリンケージ
―強まる中国の分断工作―

はじめに

本稿は、アメリカのトランプ(Donald J. Trump)政権成立後の米中台関係を、台湾内政動向の観点から分析する。なぜなら、2024年の台湾総統・立法委員選挙では、民主進歩党(民進党)の頼清徳が総統に当選したものの、立法院では過半数を獲得できず(113議席中51議席)、中国国民党(国民党。国民党系無所属を合わせて54議席)と台湾民衆党(民衆党。8議席)を併せると過半数に達するという状況になったことで、かつての陳水扁政権期と同様に、中台関係の最前線が台湾内政に移ったためである1

他方で、中国の国内事情も、ますます政治的な工作の重要性を示している。習近平政権においては深刻な粛軍が進行しており、短期的に軍に頼って統一促進を進める状況にはなくなっている。むしろ、中国の対台湾工作は政治に重点が置かれており、その影響が台湾内政にも現れていると見た方がよい。

台湾における与野党の攻防は、内政から対外関係に到るまで多分野にわたるが、本稿では台湾の安全保障に大きな影響を与える国防特別予算がどのように扱われたかに焦点を当てて、米中台関係と台湾内政とのリンケージの動態を明らかにする。

「親中派」国民党主席の誕生

2024年以降、台湾では与野党間の対立が激化している。野党が立法院での多数を利用し、行政権、監察権、司法権を弱体化させ、立法権と地方政府を強化するような立法や予算審議(一部は違憲判決が出ている)を連発したことで、市民社会の反発を招き、「青鳥運動」や、国民党籍立法委員への「大罷免運動(大規模リコール運動)」が起きた。

ところが、2025年7月から8月にかけて行われた罷免投票の結果、国民党の立法委員は一人もリコールされなかった。賴清徳総統の支持率は10%以上急落し、一般的には民進党に打撃になったと考えられている。しかし、筆者は、大罷免運動は事実上朱立倫国民党主席を「罷免」することに成功したと評した2

2025年当初、朱立倫の再選見込みは堅く、その下で盧秀燕台中市長が2028年の総統選挙に出馬すると考えられていた。ところが、大罷免運動期間中の党中央のちぐはぐな対応が強い批判を招いたため、朱は再選を放棄し、盧に出馬を進めた。しかし、党中央を運営し、最大野党党首としてあらゆる課題に対応すべきポジションが突然前に現れた時、台中市長の任期途中だった盧はこれを固辞した。

このため、党主席選挙は本命不在となった。この中で当初当選が確実視されたのは、党内主流派の郝龍斌元台北市長であった。しかし、結果として「親中派」や「泡沫候補」と見なされていた鄭麗文が退役軍人党員の支持を獲得し、勝利したのである。これには、親中的態度を持つ退役軍人党員が多い国民党の党員構造が関係している。党主席選挙中、郝龍斌を支持する趙少康前副総統候補が、鄭麗文への支持が拡大した過程で「中国大陸の選挙介入がある」と批判したことさえあった3。こうして、台湾全体のみならず、国民党内の政治的立ち位置においても、「外れ値」に近い党主席が誕生したのである。

鄭麗文は、外省人二世だが、元々は台湾独立派であり、2000年代に民進党員から国民党党員に乗り換えた特異な経歴を持つ。その経歴の中で指摘されるのは、楊建綱(CKヤン)との関係である4。楊建綱は海軍出身の外省人で、ヤクザ組織である天道盟の背景を持ち、中国との関係が非常に深い企業家であり、今や「影の党主席(地下党主席)」とさえ呼ばれている。国民党内でも、こうした鄭麗文の背景を懸念する者は国民党内でも少なくない。

鄭麗文のこれまでの公の発言は論議を呼んでいる。例えば、「台湾周辺を飛び回る(中国の)軍用機は台湾を守っている」と発言したり、「台湾人に『私は中国人だ』と誇りを持って言わせたい」と発言したりしている5。習近平は、鄭の党主席当選の際の祝電で「国家統一の促進」に言及した。鄭はこの祝電に謝意を表明し、当選直後から「習近平主席と会談したい」という発言を繰り返した。就任直後には、欧州メディアであるドイチェ・ウエレのインタビューを受け、「プーチンは独裁者ではない。民主的に選ばれた指導者である」6と堂々と言ってのけた。鄭麗文が中国の聞きたい話題を発言していることは明らかである。言い換えるなら、鄭麗文は、中国にとって国民党における最重要の協力者となったのである。

図1および図2を見ればわかるように、鄭麗文就任後、頼総統と民進党の支持率が急回復している。頼総統の支持率は、大罷免運動前の水準まで回復したし、国民党支持と無党派支持が急落して、民進党支持者が急増した。台湾の主流民意は中国と距離を置き、現状を維持することにある。それに対して、国民党は党員投票の結果極端な「親中派」を党主席に選んだことで、中道有権者の支持を急速に失ったことが見て取れる。

図1 頼清総統の支持率推移(2024年5月~2026年4月)

(出所)「美麗島民調:2026年4月国政民調」、美麗島電子報、2026年4月28日、[https://m.my-formosa.com.tw/DOC_225352.htm]。信任度を支持率と読み替えている。

図2 台湾の政党支持率の推移(2024年5月~2025年12月)

(出所)「2025年12月『台湾人眼中的民主進歩党』」、財団法人台湾民意基金会、2025年12月15-17日、[https://www.tpof.org/%e7%b2%be%e9%81%b8%e6%96%87%e7%ab%a0/...]。

2.統一準備の完成期限の「延期」?―主要手段は軍事から政治へ

台湾内政の分極化は、中国による対台湾武力侵攻に好機を与えているように見える。米国の情報によると、習近平は2021年以前(おそらく2019年)に2027年までに台湾を攻略できる軍事的準備を整えるよう指示したとされる。中国による台湾への脅威増大というこの「デービッドソン・ウィンドウ」は2027年から2031年である7

その意味は何だろうか。2019年初頭、翌年に台湾では国民党への政権交代が起こり、アメリカではトランプ大統領は再選されると考えられていた。つまり当時、①習は4期目(2027~2032年)に台湾問題を「解決」することを前提に中国人民解放軍(解放軍)に8年近い準備期間を与えた、②国民党が2020年に政権に戻れば、その2期目に「強制的平和統一」がやりやすくなる、③不確実性の高いトランプが再選すれば2024年までは台湾に手を出しにくい、等の計算が働いていたことが想定される。

そうであるとすれば、習近平は、これらの計算が狂った2020年以降、すでに4期目の後半である2030~2031年ころを目標に仕切り直しをしていると見る方が自然である。すでに、2022年に始まったロシア・ウクライナ戦争が予想外に長引き、武力行使の不確実性が明らかになっていることも判断材料となっているだろう8

政治的環境に加えて、解放軍は相変わらず腐敗しており、忠誠心が弱く、態勢立て直しのための時間が必要となっている。このことは、2022年に三選してから、習近平自らが抜擢し、指導的地位に就けた解放軍指導部を粛清し続けていることからわかる。「重大な紀律違反」を問われ、2024年に李尚福国防部長と苗華政治工作部主任が、2025年に何衛東中央軍事委員会副主席が粛清され、2025年12月に張升民が副主席に任命され、その空席を埋めた。そして2026年1月には「中央軍事委員会主席責任制をひどく踏みにじり、破壊した」として張又侠中央軍事委員会副主席と劉振立聯合参謀部参謀長が粛清された9。以上の粛清により、中央軍事委員会は7名のうち5名が不在となった。しかも、おそらく調査はその下のレベルでも進行中である。

アメリカの際戦略研究所(CSIS)の調査によると、2026年2月時点で、解放軍において過去4年の粛清実績101名の将官が粛清を受けた可能性があるという(党籍剥奪14名、免職/停職22名、行方不明63名、粛清後死亡の可能性2名)10。特徴として、①ロケット軍の歴代司令員4名が粛清され、陸海軍に比べ空軍は比較的生存率が高い、②2025年の粛清が突出して多い(62名)、③作戦系統の将官61%が粛清され、④南部戦区の粛清が最も多い。これは、台湾への軍事行動をすでに数年先送りにしていないとできない程の大規模な粛軍である。むしろ、台湾への軍事的準備の目標達成時期を遅らせたからこそ、習近平はまず解放軍の整頓を大規模に進めている可能性がある。

さらに、中国では、一部の軍装備開発責任者の名前が所属のウェブサイトから消えており、彼らも粛清された可能性が高い11。加えて、2025年から2026年にかけて行われた米軍によるイラン攻撃とベネズエラ攻撃により、米軍の能力の高さが明白となり、台湾への軍事行動における米軍の介入リスクを無視できないことが、習近平指導部に再認識された。その中で続く粛軍は、習近平の解放軍に対する不信感が高いままであることを意味している。

中国の台湾周辺における軍事行動は、政治的要因の影響を受ける。軍事訓練・演習は一義的には軍事的な必要性によりなされるが、同時に政治的なメッセージともなり得る。トランプが当選した後に行われた3回の大規模軍事演習は、演習名がなかったり、タイミングがずれたり、武器輸出への反応によってなされており12、トランプとのトラブルを回避したいという意図がうかがえる。

台湾周辺の中国軍用機の動向にも、台湾をめぐる対米配慮が見られる。図3を見ればわかるように、趨勢としては中国軍機の台湾の防空識別圏(ADIZ)への侵入回数は増えているが、政治的に敏感な時期である台湾総統選挙期間中である2023年10月から2024年1月までは大きく減少している。注目すべきは、トランプ・シフトと思われる減少である。それは、トレンド線から比べるとトランプが再選された同年11月から12月も減っており、さらにトランプ訪中を控える2026年1~2月も大幅な減少を見せていることである。明らかに中国は、トランプに無用な軍事的刺激を与えないよう行動を抑制している。

図3 台湾の航空識別圏(ADIZ)に侵入した中国軍機の回数(2020年9月~2026年2月)

(出所)"Taiwan ADIZ Violations," PLA Tracker, [https://docs.google.com/spreadsheets/d/1qbfYF0VgDBJoFZN5el...].

3.国防特別予算の審議拒否:深まる米中関係と台湾内政の連動

むしろ、中国は台湾に対して政治的な工作を強化している。これには、トランプ政権と台湾がともに政治的工作で一定の成果を上げることが可能であるという客観的状況が存在していることによる。

まず、トランプ個人とトランプ政権の間には、中国/台湾に対する政策の面で、大きなギャップが存在する。米中の貿易交渉が進んでいた2025年夏に、トランプは、米中貿易交渉をにらんだ台湾の動きを抑制した形跡がある。それは、①アメリカでのトランジットを必要とする賴総統の外遊中止、②米台安保対話の格下げ(アンカレッジでの実施)、③対台湾大型武器輸出の遅延に現れている13

その一方で、ルビオ(Marco A. Rubio)国務長官をトップとする国務省は、①2025年2月に「台湾独立を支持しない」、「台湾は中国の一部分である」という表現を削除した。さらに「両岸の相違が、脅迫ではなく自由を通じて、海峡両岸の人民が受け入れられる方法で解決されることを期待する」、「適切な状況下で台湾の国際組織への参加を支援する」と追加した。②9月に台湾の地位について「未定」であると明確にアナウンスした。

アメリカの台湾防衛への関与についても、ヘグセス(Peter B. Hegseth)国防長官は、5月に開催されたアジア安全保障会議において、2027年までに習近平が台湾侵攻の能力をつけるよう支持したことに言及した。ヘグセスはまたアジア諸国が国防費を増加させる必要があり、アメリカの同盟国・パートナーが威嚇されたり従属させられたりすることを許容しないと発言し、中国を強く牽制した14

次に、トランプ自身も台湾抑制と台湾支援の間で揺れた。トランプは「台湾は台湾だ」と発言してから11月の慶州APEC首脳会議に臨み、習近平と会談している。しかも、12月には過去最大規模である111億ドル規模の武器輸出を発表している15。このように、米中間の経済交渉プロセスの中で、トランプのみが台湾問題について対中妥協をする機会の窓を開けることがあるのである。

こうしたトランプ政権の状況が、台湾内部の国防特別予算の審議拒否と「習近平・鄭麗文会談」の開催をめぐる動きの中で展開された。それは台湾の野党内部の親中派vs.親米派の闘争という形で展開された。

鄭麗文は2025年11月1日の党主席就任直後から習近平との会談を熱望する発言を繰り返した。他方で、頼清徳総統は、同月28日に8年で1.25兆元(約400億米ドル)の複数年度国防特別予算を提起した16。国民党と民衆党は同予算案の委員会審議入りを、2026年3月まで引き延ばした。これは、4月初旬に予定されていたトランプ・習近平会談前に、鄭麗文・習近平会談の実現を狙ったものと考えられる。しかし鄭麗文は、この時点では中国から招待されなかった。

トランプが中国との交渉や、ベネズエラやイランへの武力攻撃に気を取られている内に、台湾が国防特別予算を成立させるよう、国務省の出先である米国在台協会(AIT)のグリーン(Reymond Greene)代表等は、メディアの取材を受け、野党指導者と精力的に面会して説得を行い、SNSなどでも積極的な発信を行った17

また、2月12日に超党派の米上下両院議員34名が連名で台湾の立法院、院内各党団責任者、野党党首等に書簡を発出し、台湾に国防特別予算を成立させるよう呼びかけた18。民衆党の黄国昌党主席や次期総統候補の呼び声が高い盧秀燕は、アメリカをそれぞれ1月と3月に訪問した。台湾を重武装するというアメリカ政府の意図は明確であった。

ところが、2月28日に始まったアメリカのイラン攻撃が短期で終息しなかったため、トランプ訪中は5月に延期された。つまり、鄭麗文の訪中がない一方で、11月の統一地方選挙が迫り、国防特別予算を通さないままでいると、国民党は批判を受けて、選挙で劣勢に陥る可能性が増大した。

アメリカが国防特別予算成立に向けて積極策に出る中、3月5日に、民進党と民衆党の賛成により、立法院で行政院の1.25兆元(8年間)、国民党の3800億元+n(nは任意の自然数であり、増額可能性を意味する)、民衆党4000億元の三案が委員会審議に付されることとなった19。これ以外に8000億元や9000億元というような数字も出ては消えていた。こうして、国防特別予算の金額を1.25兆元に近づけるか、それとも3800億元に止めるか、ということが政治的争点となったのである。

このプロセスの中で、台湾における中国の立場が急速に悪化した。3月24日に、民衆党の立法委員候補比例代表名簿に載る可能性があり、物議を醸したことがある徐春鶯が「反浸透法」および「銀行法」違反容疑で起訴された。彼女は中国籍配偶者(陸配/中配)として、立法委員を目指した。しかし、彼女自身は名簿に載ることを諦め、同じ陸配の李貞秀が名簿の下位に載ったが、2026年に立法委員(比例代表枠)に繰り上げ当選したのである。

ところが、徐の起訴書には、上海の統一戦線工作団体からの金銭授受を含む浸透工作が赤裸々に書かれており、民衆党を使った中国の浸透工作が白日の下に曝されたのである20。李貞秀もまた、中華人民共和国国籍を保有していた問題がネックとなって党内での支持を失い、党を除名され、立法委員を失職した。

加えて、3月26日に柯文哲民衆党前主席が、汚職で一審実刑17年判決が下され、2028年に総統選挙に出馬する機会が絶たれた。民衆党の好感度は25.8%まで下がり、反感度は56.5%まで上がり、柯文哲の信認度は24.4%まで落ち、不信任は64.7%に達した21。民衆党の泡沫政党化は、誰の目にも明らかである。つまり、民衆党を利用した中国の影響力工作は破綻したと考えられる。

国民党においても親中派が劣勢になった。3月中旬に明らかになった馬英九前総統とその側近である蕭旭岑(国民党副主席)の決裂もまた、中国の「現地協力者」の減少を意味した。これで、馬英九は中台間の橋渡し/ブローカーとしての役割を事実上終了することとなった。このことにより、中国にとって党内最大の親中派である鄭麗文の価値が相対的に上昇した。

決定的だったのは、次の総統選挙の国民党最有力候補である盧秀燕台中市長(2028年総統選挙の有力候補)が訪米後に8000億元から1兆元の国防予算支持を発表したことである。しかもその媒体は親民進党系の『自由時報』であり、独占インタビューとして3月30日に一面トップで取り上げられた22。盧の国防特別予算支持は明確であった。同日、アメリカのシャヒーン(Jeanne Shaheen)上院議員等の連邦議会代表団が台湾に到着した。

4.習・鄭会談とトランプ・習会談――国防特別予算大幅減額の政治力学

盧のインタビューが公表されたわずか数時間後、国務院台湾事務辦公室の宋濤主任が鄭麗文の招聘を発表した23。話題は一夜で転換し、盧の勢いは一気に食い止められた。中国にしてみれば、対台湾武器輸出は、トランプと国民党による挟殺により阻止しなければ意味がない。先に国民党が予算を通してしまえば、議会の圧力もあり、トランプは早々に武器輸出を決めるであろうし、逆にトランプが武器輸出を早々に発表してしまえば、国民党は近づく選挙のプレッシャーのため、予算を止め続けられなくなる。

鄭麗文は4月7日~12日に中国大陸を訪問し、無難に習近平との会談をこなした。中国は経済的誘因を含む10の措置を発表した24。これには、「92年コンセンサス」を堅持し、「台湾独立」に反対するという政治的基盤等の前提条件の下で、①福建省沿岸地域と金門・馬祖島との間で水道、電力、ガス、橋梁の接続、②両岸間の直行旅客便の全面的な正常化を推進し、金門とアモイ新空港の共同利用を支持、③台湾の農水産物の中国本土への輸入を円滑化、④台湾漁船の寄港および水揚げに対応する埠頭等の建設を検討、⑤台湾の食品製造企業の中国本土での登録、台湾産食品の中国本土への輸入の円滑化、⑥台湾向け小口商品取引市場を新設し、中小・零細企業が中国本土市場を開拓できるよう支援、⑦台湾で制作された番組を、中国本土で放送することを認め、中国本土のショートドラマ制作への参加を認可、⑧上海市および福建省在住者の台湾への個人旅行再開を推進、などが含まれる。

習近平・鄭麗文会談に関する美麗島電子報、震伝媒、TVBSの世論調査では、TVBSを除きネガティブな評価が大きく上回った。おそらくTVBSの回答者には国民党支持者が多いことが推定される25。ただし、美麗島電子報の世論調査では、鄭麗文の不信任が変わらず54.7%と高止まりする一方で、信任度が4月に7.6%上昇して31.5%に達した。これはおそらくメディアへの露出が増えたことによる影響であると考えられる。いずれにせよ、鄭麗文と習近平の会談は、台湾では事前予想よりも好意的に受け止められた。

この間、台湾内部では、国民党内部で、3800億元にするか、8000億元にするか(つまりnを4200億元にするか)の意見相違が激しくなっていった。習近平と会見したばかりの鄭麗文主席にしてみれば、習との関係を維持するために軍事特別予算を最低限に抑える必要がある。他方で、その路線に従えば、2026年11月の地方選挙や2028年1月の総統・立法委員選挙を控える候補・潜在的候補は、民進党に「親中売台」の議題を与えることとなる。そもそも国民党の体制派は親米派が大部分を占めているのである。

同予算通過に積極的であると見られ、票決期限をトランプ訪中の約1週間前に設定した韓国瑜立法院院長に対して、季麟連国民党副主席は「党を売ることで栄達を求めている」、「党籍を剥奪すべき」と非難するに至った。また鄭麗文の意を体しているとみられる党幹部は、「3800億元を超える予算を支持する者はCIAの走狗である」と発言した。

8000億元を支持する趙少康はこれに対し、背後に指示を出している人(CKヤンとみられる)の存在を暗示しながら「では3800億元を主張する者は中共の走狗なのか」と反論し、季麟連の処分を求めるに至った。党員の中で人気の高い韓国瑜を批判したのは、親中派が犯した最大のミスであった。

票決期限の5月8日が迫り、5月14日のトランプ・習近平会談が迫るなか、国民党内の親中派と親米派の分裂は激しさを増した。表1にまとめたとおり、国民党は国防特別予算の金額をめぐって分裂状態になり、鄭麗文は党内親米派に押し切られそうになった。そうなれば、彼女の党内での指導力は無力化される。

表1 国防特別予算の金額に対する各勢力の支持分布

国防特別予算の金額支持表明背景
1.25兆元政府・与党、米国、侯友宜新北市長(国)、陳永康立法委員(国)陳永康は元海軍司令。侯友宜は「政府とほぼ同じ」と発言。
8000億元~1兆元盧秀燕台中市長(国)盧は最有力の総統候補。
9000億元凌濤桃園市市議会議員(国)凌濤は朱立倫前国民党主席の側近。
8000億元趙少康前副総統候補(国)、徐巧芯立法委員(国)趙は「戦闘藍」指導者であり徐はそのメンバー。韓国瑜立法院院長(国)、国民党立法院党団も8000億元支持と見られる。
4000億元民衆党柯文哲前党主席は金額についてより柔軟。
3800億元+n鄭麗文国民党主席、国民党中央習近平との会談をバックに金額を抑制。

(出所)台湾の各種報道を元に筆者が作成。

結局、票決期限当日、鄭麗文は黄国昌との党首会談の結果という体裁をとって7800億元という金額を提起し、両党の立法委員はその予算を通過させた。中国にしてみれば、鄭麗文に影響力を行使しても、予定の三分の二程度の予算が通ったことになる。鄭麗文は「+n」というカードを使って予算を増額し、8000億元から200億元を減額することで面子を保った。他方親米派は金額が8000億元に近づき、選挙対策としてはぎりぎりの金額であった。

ただし、アメリカからの武器購入部分は通過したが、ドローンの米台共同開発・委託生産を含めた台湾の軍需産業振興や、新兵器の市場からの購入などの費目は削除され、別予算への振り分けが検討されている。国民党内の親米派と親中派の綱引きは、こうして痛み分けとなった。こうして、台湾の国防特別予算がぎりぎりで通過した直後のタイミングの5月14~15日にトランプは訪中して習近平と会談した。会談前に、中国側がトランプから「台湾独立に反対する」というような発言を引き出したがっているという噂が流れた。

首脳会談で、台湾問題に関する発言をプレイアップしたのは中国側である。習近平が「(台湾問題の)処理を誤れば、両国はぶつかり合い、さらには衝突に至る可能性があり、中米関係全体をとても危険な境地へと押しやってしまう」と発言したことが、米中首脳会談の最中に速報された26。中国は、習近平が台湾問題について、トランプに対して「毅然とした態度を示した」ことを国内外に印象づけた。ただし、この会談は、共同コミュニケもなく、共同記者会見もなく、関税に関する交渉はなされず、友好ムードを演出するだけで、米中間の合意事項は極めて少ない会談であった27

台湾で国防特別予算がすでに通過しているため、中国がトランプに対して台湾への武器売却を止めることは期待できない。ところが、トランプは会談後に、メディアのインタビューで、習近平から台湾を守るかどうかを聞かれて何も答えなかったこと、台湾への140億ドル相当の対台湾武器輸出についてまだ決めておらず、近く決定するつもりであることに言及した28。さらにトランプは、トランプは北京で、習近平と武器輸出についてたくさん話し合ったと言い、それを「とてもよい交渉カード」と表現した29。トランプが、対台湾武器輸出を、中国から何かを引き出すための交渉カードとして使おうとしていることは明白であった。台湾が国防特別予算を通過させたことは、トランプの「交渉カード」である台湾への武器輸出の価値を高める効果を生んだことになる。

他方、鄭麗文は、習近平との会談を実現し、地方選挙対策として国防特別予算を通過させ、それにもかかわらず中国には「台湾における最大の協力者」としての印象をつけることができたのであり、国防特別予算削減のプロセスにおける最大の受益者であると言える。問題は国民党が2026年11月の地方選挙で大負けしなければ、2028年の総統・立法委員選挙まで彼女が国民党の指導者であり、さらに総統候補になる可能性さえあることである。習近平は、「鄭麗文カード」を切ったことで、アメリカの対台湾武器輸出を一時的に遅らせることができるかもしれないが、次期総統選挙では、自らに不利になる選択をしてしまった可能性がある。

おわりに

本稿の分析を経て、以下の3点が明らかになった。

第1に、中国の対台政策の重点は、軍事から政治へと移っている。中国は武力行使の準備完了期限を先延ばしにし、当面は政治的手段(統一戦線工作および認知戦)で、民進党から国民党への政権交代を図り、統一へ近づける傾向を強めているものと考えられる。このことは中国が軍事手段を放棄したことを意味しない。あくまで軍事的な準備をする間、政治的手段をより重視するようになったということである。

第2に、立法院の「ねじれ」現象により、米中関係と台湾内政のリンケージがさらに強まっている。それは、かつて国防増強を進める民進党と野党との間の対立であったが、アメリカと台湾の政府・与党が推進する国防特別予算をめぐって、米中間の駆け引きと与野党の駆け引きに加え、国民党内親中派と親米派の駆け引きに焦点が移った。結局、大幅に減額したとはいえ、立法院はトランプ訪中前に国防特別予算を通過させた。

第3に、台湾の統一地方選挙の結果が2028年の総統・立法委員選挙の帰趨を占う鍵となる。鄭麗文の親中路線は、選挙の洗礼を受けていない。ところが、地方選挙は国防・外交・安全保障などのナショナル・アジェンダよりも、地方の事情や候補者などの要素が強く反映される。つまり、「大敗北」さえしなければ、国民党では鄭主席が留任し、極端な親中派主席の下で国民党は2028年の選挙を戦うこととなる。

中台関係の最前線は、2024年の選挙結果により台湾内部に移ったが、中国の勢力がさらに強まったことで、さらに国防特別予算をめぐって、最大野党である国民党内部に最前線が移った。その最前線においては、台湾の安全保障はもはや選挙で不利な扱いを受けないための名目に過ぎず、その本質は、選挙で政権を握ることを目指す勢力と、中国をバックに政権を握ることを目指す勢力との間の権力闘争になった。成熟期に入った台湾の民主主義は、政治の分極化を抱えながら、自らの安全をどこまで保障できるかを試されている。

(松田康博 東京大学教授)

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