提言・論考
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習近平政権の推進するナラティブ戦略と日本―
形成、目的、行動とのリンケージ

中国はやはり「政経不可分」の国だった。2025年11月7日の衆院予算委員会で高市総理が「存立危機事態」に関する発言をして以来、再び中国リスクを警戒する認識が広がっている。中国側は当初、旅行や商業イベント等の人的交流を停止することで限定的な圧力を加えていたが、次第に「再軍事化」や「新型軍国主義」という新しいナラティブ(言説、物語)による批判を強化し、年が明けた2026年からは安全保障を事由として日本向け両用品目輸出管理の強化や日本企業等の計 20 団体をそれぞれ「輸出規制管理リスト」および「注視リスト」に記載して輸出規制の対象とした。

ただし中国は引き続き日本の貿易におけるおよそ20%を占める最大の貿易相手国であり、9万3000人あまりの日本人が在住する隣国である。日中関係の安定が重要であることに異論はないだろう。そして、いかに安定化させるかの方策においてはまず、習近平政権が何を目的として対日圧力を強化しているのかという中国側の意図を理解する必要がある。

習近平政権が行う対日圧力には主として、様々なツールを介した日本批判の拡大と、中国の国内法に基づいた経済の武器化、そして海上民兵の活動などを含む軍事的な恣意行動とがある。すなわちナラティブによる圧力、経済を介した圧力、軍事的な威圧の3パターンだ。さらに自由貿易における安全保障例外を根拠として、日本の防衛産業そのものに圧力をかけることを目的とする制裁がある。

中国の高市政権に対する圧力に対して、結果として日本世論は政権批判よりも政権支持へと向かう傾向を見せ、複数の世論調査において支持率が60%前後の高水準を維持している結果が示された。それでも中国が日本批判を止めない事からすれば、そこには「日本の国内世論を分断する」こと以上の狙いがあると想定される。中国の国内世論への影響や、特定国や国際社会に狙いを定めた戦略的ナラティブとしての効果を看過すべきではないだろう1。

とりわけ近年、中国が形成する独自のナラティブ(言説、物語)は表面的には学術としての論理構成を伴うことが多い。歴史解釈を踏まえた理論武装と、実際の行動との連動が顕著になってきた。そのため、その浸透を妨げるには専門性の高い対抗的ナラティブが必要とされるだろう。さらに中国発のナラティブを生成AIがデータとして捉え、中国ナラティブに基づいた情報を再生産するようになれば飛躍的に波及する可能性がある。本稿ではこうした問題意識から、習近平政権の外交ナラティブの特徴を考察する。

習近平政権による国際秩序構想の拡充

中国共産党は成立当初から、自らの行動を正当化するプロパガンダ政策を実施してきた。党内には党中央委員会に直属する宣伝部という専管部門があり、宣伝、教育、啓蒙等のプロパガンダ政策を担当している。同じく党中央委員会に直属する統一戦線工作部があり、人的・組織的ネットワークを介して世論の統制や誘導を図っている。さらに習近平政権が成立した2013年頃から、中国国内ではシンクタンク等の専門家を動員して、歴史や国際政治におけるナラティブを学術的に理論化する政策が顕著となった2。それは2013年の中国共産党第18期中央委員会第3回全体会議(三中全会)の決定に「社会主義文化強国を建設し、国家の文化的ソフトパワーを強化するためには(中略)全党および全国各民族人民が団結して奮闘するための共通の思想的基盤を強固にしなければならない」と明記したうえ、「文化の開放レベルを向上させる。政府主導、企業主体、市場運営、社会参与を堅持し、対外文化交流を拡大し、国際的な伝播する能力と対外話語体系の構築を強化し、中華文化の世界への発信を推進する。対内・対外宣伝体制(原文:内宣外宣体制)を整備し、主要メディアの国内外への展開を支援する」との対外方針を示したことに既に明らかであった3。こうして形成されたナラティブの対象は、中国国内の人々に対する誘導に止まらず、第三国や国際社会に対して浸透を図り、中国ナラティブを国際社会の共有認識とする外交戦略とも連動している。

習近平政権のナラティブにおける最大の特徴は「大国意識」にあるだろう。それは中国自身が大国としての立場を確立してきたことと無縁ではなく、中国がグローバル・リーダーとしての地位を確立するための論拠となっている。

例えばかつて中国は、アメリカ主導の国際秩序を批判はするが、それに代わるビジョンを提示する能力はないと指摘されていた。だが習近平政権のもとで近年は「人類運命共同体」構築を理念とする国際秩序構想の理論化が進んでいる。この構想は、「人類運命共同体」という目標をグローバル発展イニシアティブ(Global Development Initiative: GDI)、グローバル安全保障イニシアティブ(Global Security Initiative: GSI)、グローバル文明イニシアティブ(Global Civilization Initiative: GCI)、グローバルガバナンス・イニシアティブ(Global Governance Initiative: GGI)という4つのイニシアティブ論(「4大グローバル・イニシアティブ」)が支える構造となっている。また、一連のイニシアティブの実践の場と位置付けられるのが、「一帯一路」イニシアティブ(Belt and Road Initiative: BRI)である。同構想は2013年に 習近平 が提起したもので、インフラ整備、物流ネットワーク、経済回廊構築を通じた「連結性(connectivity)」の強化を基盤とする戦略論である。

GDI、GSI、GCIは、経済、軍事、価値という3つの領域において中国が世界的にリーダーシップを発揮することを目指す概念であり、いわゆる「覇権」や「帝国」と呼ばれる抜きんでた支配力を持つ国家となる構想である。もともとはこの3つの概念を「3大グローバル・イニシアティブ」と称していたが、2025年9月の「上海協力機構プラス」会議において追加的にGGIを提起して、国際秩序の形成に関与する姿勢を明確にした。GGIは世界の「多極化」を前提としてグローバル・サウス諸国の発言力拡大や、より包摂的な国際統治体制の構築を目指す概念であり、後述する対米戦略との重複が認められる。

歴史ナラティブの再政治化

中国政治における「歴史」は中国共産党の統治の正統性を担保する重要な政治ツールである。中国の大国意識の論理は、経済・軍事大国としての自覚だけでなく、「100年の恥辱」を乗り越えた「中華民族は立ち上がり、豊かになり、強くなる」という独自の発展論に支えられていると言っても過言ではない。2017年10月の中国共産党第19回全国代表大会(第19回党大会、他の党大会も同様に表記)では、習近平総書記の講話において「中国の特色ある社会主義は新時代に」入って「強くなる」時代が始まったと定置した4。この解釈を集約したのが「新時代の中国の特色ある社会主義」として知られる政治思想論である5。また2021年には中国共産党建党100周年を迎え、11月の中央委員会第6回全体会議において「中国共産党の100年の奮闘の重大な成就と歴史的経験に関する決議」(いわゆる「第3の歴史決議」)を採決した。この中で「新時代」は第18回党大会以降にあたり、「習近平同志を核心とする党中央」が中国に「歴史的な変革を生じさせた」とする6。

中国における「歴史」の政治性は、習近平政権の下で右肩上がりに強化されてきた。特に足元では、2022年から習近平主席の指示により「自主的な知識体系」――あるいは「自主知識体系」と表記する論考もある――の国家戦略が継続している。「自主的な知識体系」は「中国特色のある哲学社会科学の学科体系・学術体系・話語体系」を構築するうえでの「中核」と位置付けられており、哲学、歴史、政治、法律などの幅広い分野で独自の理論構築を推し進めるための政治キャンペーンである7。

例えば2025年に戦後80周年を迎えるにあたり、中国政府が展開した「3つの80周年」キャンペーンがある。これは「抗日戦争勝利80周年」、「国際連合創設80周年」、「台湾光復80周年」を重視する政治キャンペーンであり、台湾や日本に対して批判的な言説が表出しやすい政治環境をもたらした。

特筆すべきは、中国のサンフランシスコ体制を否定する論法であろう8。その主眼は「台湾地位未定論」をめぐる米中台のナラティブの競争にあり、2025年に緊張が高まった。中国の対台湾政策は、台湾周辺海域での軍事演習等の軍事的圧力、台湾の特定の産業に対する経済的威圧、中国の国内法に基づいて制度論を推し進める「法的アプローチ」によって包括的に展開されている。これらを言説の面から正当化するナラティブがサンフランシスコ平和条約をめぐる戦後国際秩序の議論として表面化したのである。

端緒となったのは2025年5月の「ソ連・大祖国戦争勝利80周年」であった。習近平国家主席は関連する記念式典のためロシアを訪問するにあたり、5月7日の『ロシア新聞』に「歴史を鑑とし共に未来を作り出す」と題した文章を発表した。そのなかで習は台湾に関して「今年は台湾光復80周年にあたる。(中略)『カイロ宣言』や『ポツダム宣言』など、一連の国際法上の効力を有する文書はいずれも、中国による台湾への主権を確認しており、その歴史的・法理的事実は疑う余地がなく、国連総会第2758号決議の権威は挑戦を許さない」と独自の歴史観を表明した9。

これに対して台湾では、当初はカイロ宣言第3項「満洲、台湾及澎湖島の如き日本国が清国人より盗取したる一切の地域を中華民国に返還する」を根拠として台湾は中華民国に帰属することを主張する、従来通りの反論を表明した。だが頼清徳政権は7月頃から、サンフランシスコ平和条約は日本の放棄した「台湾および澎湖諸島」の帰属先は規定していないため、台湾の帰属先は未定だとする「台湾地位未定論」を展開するようになった。9月にはアメリカの代表機関である米国在台協会(AIT)や米国務省も「台湾地位未定論」を表明するにいたり10、「歴史」を論拠とする米中台の確執が強まっていた。そして、こうした台湾問題をめぐるナラティブの競争が、中国が対日批判を強化する伏線となり、「軍国主義復活論」や「新型軍国主義」として表出する遠因であった。

中国ナラティブの拡大に備える

中国ナラティブはすでに、歴史認識と戦略目標の双方を踏まえて練られた国際秩序のグランド・ストラテジー(大戦略)の様相を呈している。国際秩序をめぐるビジョンと台湾や日本に対する批判的ナラティブに相互に整合性が見られるように、論理構成が洗練されてきており、第3国の人々の歴史認識に浸透する可能性がある。実際に、5月のプーチン大統領と習近平主席の首脳会談では共同声明において「現在、日本が『再軍事化』を加速させ、地域の平和と安定を深刻に脅かしており、国際社会や地域諸国はこれに強い警戒感をもつ」と明記した。こうした言説にどのように対処するのか、対抗的ナラティブをどう形成・発信していくのか。日本もまたナラティブ戦略を再検討する必要があるだろう。

(江藤名保子 学習院大学教授)

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