提言・論考
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中国共産党の社会統治――実態と展望

小嶋 華津子

１． はじめに

この秋に五年に一度の党大会を控え、習近平政権は、「安定」を最優先に内外の情勢に対応しようとしている。台湾をめぐる対米関係の緊張、ゼロ・コロナ政策に伴う経済の停滞――もしこれらの問題で舵取りに失敗し、国民の生活が危機に晒されるようなことになったならば、社会不安を背景に、党指導部内の結束が乱れ、統治の不安定化を招く恐れがある。自由競争選挙のない中国において、社会の動静や民意の動向は必ずしも直接国政の動向に影響を与える訳ではないが、指導部の正当性や結束を揺るがす要因となる。社会の安定を維持することは、共産党政権にとって、党内から正当性を獲得するために重要なのだ。そのような認識に立ち、本稿では、習近平政権が、社会をどのように統治しようとしてきたのかを考察したい。

習近平政権が、2012年の発足時において、社会統治上差し迫った課題として認識していたのは、次の二点であったと思われる。第一に、国外の敵対勢力による「和平演変」の企てから一党支配体制を守らねばならないということである。「和平演変」とは、中国語で、アメリカを中心とするいわゆる「西側」の国々が、武力によらず、標的とした国の言論空間や、NGO、キリスト教会、知識人のネットワークなどを通じて、その国の世論に親「西側」的価値を普及させることによって最終的に社会主義政権を倒すことを指す。習近平政権は、中国が「和平演変」の次なる標的とされているという強い危機意識を有していた。このような危機意識は、2013年6月に、中国人民解放軍、中国社会科学院、中国現代国際関係研究院により製作され公開された教育宣伝用映画『較量無声（静かなる闘い）』に象徴的に現れている。本映画は、アメリカが戦後一貫して、世界各地で「和平演変」を実行してきた歴史を描いたものである。それによれば、アメリカ政府は、全米民主主義基金（NED）、国際共和研究所（IRI）、フォード財団、カーター・センター、アジア基金会、インターニュースなどを通じ、各国のNGOや知識人ネットワークを介して現地の世論に影響を及ぼし、中東欧・中央アジア諸国のカラー革命、「アラブの春」、オキュパイ・セントラルに至る一連の「和平演変」の試みを遂行してきた。そして次なる標的は、中国本土に他ならない。このような危機意識は、広く共産党指導部に共有されていたと思われる。第二に、政治・経済・社会の全ての面において、法と規律に基づく公正な統治を実現することにより、一党支配の正当性を強化しなければならないということである。中央・地方に蔓延していた腐敗、汚職の問題は、中国経済の正常な運営や社会の安定に危機的影響を及ぼしかねない深刻な問題として認識されていた。

そして、上記の課題を克服するために、習近平が足場としたのが、中央から地方、末端社会に至るまで張り巡らされた共産党組織の力であった。筆者の見るところ、習近平という指導者は、汚職にまみれた官僚組織には信用を置かず、他方で、中国共産党という組織には、一定の信用を置いているようである。無論、党と政府・官僚機構が一体化している現体制（党国体制）の下では、党も同様に、汚職等の問題を抱えているのであるが、習近平は、党であれば、教育によって規律を強化することができると認識したものと推測される。そのことは、中国共産党第19回全国代表大会（2017年10月。以下，中共19全大会）において「党政軍民学の各方面，東西南北中の一切を党が領導する」というフレーズを党規約に盛り込んだことにも象徴されている。習近平は、この方針の下、党の組織を活用することによって、社会統治上重要な２つの課題を解決しようとしてきたのであった。

そこで以下では、習近平政権の下で、党の組織を活用した社会統治の枠組みがどのように形成されつつあるのかに焦点を当てて論じたい。具体的には、①党の宣伝部門、党中央に置かれたサイバーセキュリティ・情報化委員会を通じた情報統制による「和平演変」からの防御の試み、②党の紀律検査委員会および政法委員会による、法と規律に基づく社会の実現について順次分析を行う。

２．情報統制による「和平演変」からの防御

習近平政権が、その露骨な社会統制の姿勢を内外に示したのは、政権発足後ほどなくして始まった徹底した思想・言論統制であった。習政権は2013年5月、中共中央弁公庁より「現在のイデオロギー 領域の状況に関する通達」を発布し、共産党の権力を転覆させる危険な思潮として、1「西側」の憲政民主、 2「普遍的価値」、3市民社会、4新自由主義、 5「メディアの自由」など「西側」のメディア 観、6歴史的「虚無主義」の宣揚 1、7改革開放 への疑念の７つを列挙し、これらの「誤った」価値がインターネット等を通じて国内に流入しないよう、党がメディアを掌握し、国民に対するイデオロギー工作を徹底させるよう呼びかけた 2。思想・言論統制は、今や中国の人々の主たるコミュニケーションの場となっているインターネット上の言論空間にも及んだ。習政権は、「サイバーセキュリティ法」（2017年6月施行）をはじめ、「インターネットコメント書き込みサービス管理規定」(2017年10月施行)、「ミニブログ情報サービス管理規定」(2018年3月施行)など、インターネットを通じた情報の発信や流通に規制をかける法や規則を続々と制定した。

また、法や規則の制定と併せて、党を中心としたインターネット情報の管理体制を構築した。まず、党中央に、習近平自らを主任とする中央サイバーセキュリティ情報化領導小組を発足させた。これは、サイバーセキュリティと情報化に関し、党・政府の関係部門の意見を調整し、政策方針を決定する党中央の組織である。習政権はさらに、2018年2月に採択された「党と国家の機構改革深化法案」により、同領導小組を中央サイバーセキュリティ情報化委員会に格上げし、従来国務院の工業・情報化部が行ってきたコンピューターネットワーク・情報安全管理センターの管理を、同委員会弁公室の管理へと移管した。なお、弁公室のトップには、党中央宣伝部副部長で、習近平の福建省時代の部下である庄栄文を登用した。

３．法と規律に基づく社会の実現 。

習政権が、法と規律に基づく社会の実現を託したのは、党の紀律検査委員会と政法委員会である。紀律規律検査委員会とは、党内の規律を強化するための組織であり、政法委員会とは、公安、検察、司法部門を統括する党の組織である。

①紀律検査部門による巡視・巡察

習近平政権は発足するや、紀律検査委員会の権限を強化し、各行政レベルの紀律検査部門によって、中央から地方に至る大々的な反腐敗キャンペーンを断行した。反腐敗の実施においては、2015 年 8 月と 2017 年 7 月の二度に わたり「中国共産党巡視工作条例」を改正し、巡視・巡察と呼ばれるシステムの整備を進めた。このうち「巡視」とは、中央及び省レベルの党委員会が党・国家・軍の機関などに対して、一定期間チームを派遣して、規律の遵守状況を徹底的に検査し、問題を摘発するというものであり、「巡察」とは、市や県のレベルの党委員会紀律検査部門が、同様に所管する党・国家・軍の機関などに対し同様の検査を実施することを指す。

巡視や巡察の対象は、国有企業、大学、メディアなどにも及んだ。大学については、中央が管轄する31の大学が、中央巡視チームの巡視対象となり 3、巡視の結果は一部公表された。例えば、北京大学に関しては、人員の任用、経営する企業の管理上の混乱、付属病院に関わる汚職や腐敗の問題が顕著であるとの評価が下された。その結果を受けて、北京大学では2018年10月、大学執行部の再編が断行され、それまで大学党委員会書記を務めていた郝平は学校長に格下げになり、北京市党委員会副秘書長兼政法委員会常務副書記、北京市国家安全局党委員会書記を務めていた邱水平が、新たに党委員会書記に就任した。巡視を経て、各大学は何事につけても当局の承認を得ねばならなくなり、学問の世界に一定程度確保されていた自由すら失われてしまった。

②政法委員会による社区統治

次に論じたいのが、党の政法委員会の統括のもとに進められつつある「社区」統治の状況である 4。「社区」とは、行政の末端である郷・鎮・街道レベルの下に設けられた都市居住区の単位であり、おおよそ数千世帯で構成される。従来、社区の統治は、社区居民委員会による住民自治などに関しては民政部門、公衆衛生に関しては衛生部門、不動産管理に関しては建設部門、治安に関しては公安部門というように、政府の各部局が、それぞれの管轄領域を分掌していた。これに対し習政権は、党の政法委員会に、これらの各部局を統括させる方向で、社区統治の再編を進めてきた。

習政権は、周永康人脈の排除と重要ポストへの習の腹心の抜擢により、政法委員会を党中央と習政権に従順な組織として再編しながら 5、政法委員会の組織を、行政の最末端にまで張り巡らせていった。「中国共産党政法工作条例」（2019年1月施行）には、県レベル以上の全ての地方党委員会に政法委員会を設置すること、郷・鎮・街道レベルの党組織全てに政法委員を配置すること、政法委員会がそれぞれ所管する居住区に設置された社会治安総合治理センターを統括し、社会統治の改善を進めていくことが定められた 6。そして、社会統治の再編と同時に進められたのが、社会治安総合治理センターをプラットホームとする公共安全監視メカニズム「雪亮プロジェクト」であった。同プロジェクトは、県、郷・鎮、村・社区に途切れなく監視カメラを設置するものであり、そのうちAI監視カメラは「天網プロジェクト」によって全国的にネットワーキングされている。政法委員会による社会統治は、こうした情報通信技術を重要な統治の手段としているのである。

コロナ禍は、上記のような社区統治体制の形成途上で生じ、防疫という差し迫った課題を突きつけることによってその速度をいっそう高めたと言えるだろう。中央政法委員会は2020年2月、「社会治安総合治理センターとグリッド連絡員（中国語：網絡員）の役割をよりいっそう発揮させ、感染拡大の予防管理の第一予防線を着実に構築することに関する通知」を発布した。これは、社区をさらに小さなグリッドに区分し、それぞれのグリッドに人員を配置して、住民の監視やサポート、管理を行う態勢を構築するよう指示する通知であった。通知を受けて、実際に各居住区には、不動産管理業者、住民のリーダー、ボランティアなどがグリッド連絡員として配置された。そして、彼らが対面あるいはSNSなどを通じて作成した住民の詳細なデータや、雪亮プロジェクトによる監視カメラのネットワーク、健康コードなどを活用した防疫体制が整備されていった。それは、少なくとも感染拡大の防止という意味では、一定程度の効果をあげた。

2020年4月には、党中央の政策調整機構として中央政法委員会の下に、郭声琨（中央政法委員会書記）を組長とする平安中国建設協調小組を設置した。同小組にはさらに５つの専門チーム（公共安全チーム、社会治安チーム、市域社会統治チーム、政治安全チーム、社会安定維持チーム）を置き、それぞれ政法委員会の指導者に統括させた。党中央の動きを受けて、地方にも党政法部門を中心に、平安建設領導小組が設立された。上記の体制の下、中国全土で、公安国家の統治枠組みが作られつつあると言って良いだろう。

③社会団体の統治における政法部門、紀律検査部門のプレゼンス

社区ばかりでなく、地域を超えたアソシエーションの管理においても、党の紀律検査委員会や政法委員会による統制を強化してきた。とりわけ、「西側」諸国による「和平演変」のエージェントになりかねない「境外」NGOについては 7、「境外 NGO境内活動管理法」（2017年1月施行）により、公安部門での登記を義務付けるとともに、国家の統一、安全、民族の団結に支障をきたすような活動を禁じ、実際に「境外」と繋がりのあるアドボカシー団体関係者を拘束した 8。

また、習政権は、規律ある市場の構築を掲げ、その一環として、計画経済期の遺産である業界団体と行政機関との人事・財務等の面における癒着ないし一体化の解消を推進してきたが、ここでも重視されたのは、紀律検査委員会の役割であった 9。業界団体と行政機関との分離については、2015年7月に中共中央弁公庁・国務院弁公庁により「業界団体・商会と行政機関との分離に関する総合方案」を発布し、強力に推し進めた。その際、並行して進めたのが、業界団体における党組織の建設であった。習政権は、法案の発布とほぼ同時期に、党中央組織部より「行政機関との分離後の国家レベルの業界団体・商会の党建設工作管理体制の調整に関する弁法（試行）」を発布し、行政機関との分離後は、党中央直属機関工作委員会、中央国家機関工作委員会および国務院国有資産監督管理委員会党委員会の統括の下に業界団体の党建設を進め、党の政策方針を忠実に執行するよう団体を教育するとともに、団体の党組織並びに会長・副会長・秘書長などの人選を行うよう求めた。この方針の下、具体的には、団体の党組織の書記が会長に、紀律検査委員が監事に就任することが推奨された。すなわち、習政権は、団体と行政機関との人事・財務・機能面での全面的分離を進める一方で、業界団体の運営全般における党の関与の強化を図ってきたのである。

④新疆問題、香港問題との接点

最後に補足的に触れておきたいのが、上記の動きと、新疆問題、香港問題との接点についてである。共産党には、党が組織として入り込みにくい社会集団――知識人や私営企業家、華僑、少数民族、宗教関係者など――を体制の側に引き入れるための部署として、統一戦線部が置かれている。習政権は、統一戦線部についても、組織の強化や人員増を進めるとともに、従来国家機構として、少数民族や宗教の問題を統括してきた国家民族事務委員会および国家宗教局を中央統一戦線部に編入することによって、党が民族や宗教に関する業務を直接統括する枠組みを構築してきた。しかし同時に指摘するべきは、このような動きと併せて、近年、統一戦線部と政法委員会の融合が進められてきたということである。

例えば、2000年に党中央に設置された中央新疆工作協調小組は、設置当初は政法委員会の下に置かれてきたが 10、周永康事件を受けて、2012年11月以降は、統一戦線部の管轄へと移された。しかし他方で、同小組において依然として政法委員会系統が影響力を強めていることは、四川省公安庁庁長、四川省党委員会政法委員会書記、中央政法委員会副秘書長、公安部副部長を歴任した侍俊が、2018年8月に中央統一戦線部副部長に就任し、中央新疆工作協調小組弁公室の主任を務めていることからも推測される。

2020年6月に「国家安全維持法」が施行された香港についても、本土の政法委員会の影響力が急速に強まりつつある。同法に基づいて香港には、国家安全維持公署が設置され、そこには、中国本土の国家安全部門や公安部門から、総勢300人規模とされる要員が派遣された。このように、政法委員会のプレゼンスは、新疆や香港などに着実に拡がりつつあるのである。

４．おわりにー中国共産党の社会統制と「民意」

では、上記のような習政権の社会統治に対し、民衆はどのような認識を持っているのだろうか。これについてはあまり客観的なデータがないが、筆者の見るところ、リベラル知識人たち、そして少数民族や香港の人々の間には、思想・言論統制、さらには政法委員会による強権的統治に対する不満が鬱積しているものの、国民の多数は受容している。大方の国民は、個別の不条理や不公正に対しては、インターネット上で声を上げたり、時に集団抗議運動を通じて訴えたりするが、体制の崩壊による混乱は求めていない。彼らは、アメリカをはじめとする「民主主義」国の統治が、格差や差別、コロナ禍などに象徴される危機管理などの面において深刻な問題を抱えていることをすでに心得ている。新疆や香港の問題についても、総じて無関心である。

そして、習近平政権もまた、こうした大方の「民意」に応えるべく、社会統制を強めながらも他方で、地方や基層のレベルで民意を吸い上げ、アカウンタビリティを強める方向で、体制の調整を進めている 11。今後も微調整を図りながら、一党支配体制のレジリエンスの強化に努めていくだろう。多くの国民の期待値と政府の対応が、「体制維持」の範囲内で均衡している限り、反体制運動が沸き起こる状況は想定しにくい。仮に体制に綻びが生ずるとするならば、それは下からの運動というよりむしろ、国民の生活や安全に関わる重大な失政により党指導部内に結束の乱れが生じる場合、ないしは経済の急速な失速により共産党政権が社会統治のコストを賄えなくなる場合であろう。

（慶應義塾大学教授）

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