提言・論考
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習近平政権の国際秩序観
–国際政治は国際連合重視、国際経済は自由主義擁護−

川島真
東京大学教授

はじめに

中国の習近平政権はいかなる国際秩序観を有しているのだろうか。中国政府は昨今、現在の国際秩序について百年未曾有の転換点だとしている。その転換点にあって、中国は自らの想定する世界秩序として次のようなことを、公的には想定していると思われる。それは、国際政治については国際連合憲章に依拠した秩序を想定し、経済面ではおよそ自由で開かれた経済貿易秩序を想定している、というものである1。

目下中国は、国際政治の面では欧米諸国の価値観や、アメリカを中心とする安全保障体制に反発しながらも、かといって既存の国際秩序全体に反対するのではなく、国際連合とそれに関わる組織についてはそれを受け入れる。また、IMF、世界銀行、WTOなどといった経済枠組みは受け入れ、保護主義的な経済貿易政策に断固抗議し、自由で開かれた経済貿易秩序の擁護者として振舞っている。その結果、中国はむしろ既存の秩序の擁護者のようにも見えることになったのである。だが、政治面におけるリベラルな価値を中国が受け入れるということではないし、軍事安全保障面ではアメリカを中心とする枠組みと中国が対立するということでもある。そのことに留意しなければならないだろう。また、米中対立はこのような習近平の国際秩序観に変更を迫るものではなく、アメリカの保護主義的傾向を批判できるので、むしろそれを強固にしている面がある。

本稿では、習近平政権がこのような世界秩序観を有するに至った経緯と過程を、習近平自身や中国の言論を通じて考察してみたい。

1. 胡錦濤政権からの継承と新たな問題提起（2012-14年）

習近平は2012年秋に中国共産党の総書記となったが、直ちに積極的な言動を始めた訳ではない。胡錦濤の言葉を継承しつつ比較的慎重な言葉を外交に関しても述べていた。だが、習近平政権の外交理念の核になるような用語が2013年には次第に現れ始めていた。

まず、2013年3月のモスクワでの演説では、19世紀や20世紀型の植民地を持つ帝国主義や冷戦型の国際秩序を批判し、ウィンウィン型の新型国際関係を打ち立てるべきだとした2。この新型国際関係という用語はすでに胡錦濤期に使用されてはいたが、習近平期に入ってその外交理念の中枢をなす用語になっていく。また、習近平は一帯一路構想を提起したが、これもまた胡錦濤期の周辺外交を基礎として提起されたものであった。そして、一帯一路は新型国際関係の実験場として位置付けられることになった。

一帯一路は、中国とASEAN、上海協力機構など、胡錦濤政権の周辺外交政策の下で発展してきた地域的枠組を組み合わせたものであり、そこでインフラ投資を行いながら、国際公共財を提供し、秩序形成を導こうとするものである。無論、そこには政治的、軍事的含意もあるが、経済を前面に立てていたのは事実である。それは中国にとり、経済における国力の方が、政治、軍事よりも優位にあるからだ。政治、軍事面ではアメリカに対抗するだけの力がないのに対して、経済面ではアメリカに対抗することが一定程度可能であるし、影響力も小さくない。それだけに経済面では既存の国際秩序を支持し、その経済を利用して国際的影響力を強化しようとしている。

胡錦濤政権期からの一定の継承性は、2013年10月に北京で開催された周辺外交工作座談会でも明確になっている。習は、胡錦濤の用いてきた周辺外交にまつわる言葉を繰り返し用いつつ、「奮発有為して、周辺外交を推進し、我が国の発展のために良好な周辺外交を勝ち取り、我が国の発展にとってより多くの恵みをもたらし、同時に周辺国家とともに共同発展を実現するのだ」とか、「さらにより積極有為的に周辺外交工作を全うしていく」などと述べた3。これは、「（堅持）韜光養晦、（積極）有所作為」という胡錦濤政権の対外政策の基本概念を部分的に継承し、前半部の「韜光養晦」は継承せず、後半部を「奮発有為」、「積極有為」などとして継承的に用いている。

他方、この経済関係を基礎とした新型国際関係については、補完しなければならない面もあった。例えば、外交部長の王毅は、2013年９月に「正確な義と利」という概念について述べている4。これは、一帯一路の問題点を補完するものだった。つまり、中国がユーラシアからアフリカなどにインフラ投資を拡大していくのに際して、結局それが中国の利益を拡大するだけでないかとの懸念があった。それだけに「義」という中国独自の概念を持ち出し、中国は利益を追求するのではなく、むしろその義に基づいて、発展途上国の立場に寄り添うとしたのである。

しかし、経済を前面に出した習近平政権が政治、軍事面について何も問題提起しなかったのではない。2014年5月に上海で開催されたアジア相互協力信頼醸成措置会議の第四回首脳会議において、「アジアのことはつき詰めればアジアの人民がおこなうべきであるし、アジアの問題はつきつめればアジア人が処理をすべきだし、アジアの安全はつき詰めればアジア人が維護すべき」だとし、アジアの安全保障はアジアが担うべきだというアジア新安全保障観を提起したのだった5。無論、中国は軍事拡大が警戒されることを忌避しようとその平和的立場を強調することも忘れなかった。そうした点で、周恩来の平和友好五原則や内政不干渉原則は引き続き継承すべきものだと習近平政権にも位置づけられている。それは、2014年６月末にインドとミャンマーの首脳を招いておこなわれた平和友好五原則60周年のために一連の諸行事での議論にも表れている6。

このようなアジア新安全保障観を提起しつつも、対米批判を声高に展開したわけではない。2014年11月末に北京で開かれた中央外事工作会議での議論にあるように、互いに核心的利益を重視する「特色ある大国外交」をアメリカとの間で築くことを想定していた7。

以上のように、2012年に成立した習近平政権は、その対外政策や国際秩序認識の面で、胡錦濤政権のそれを継承しながら、新型国際関係、一帯一路、正確義利観、平和五原則や内政不干渉原則の継承、韜光養晦・有所作為に代わる「奮発有為」、「積極有為」の提起、そしてアジア新安全保障観、特色ある大国外交などと言った概念を相次いで提起した。

2. 国連重視の強調(2015年)

これらの一連の習近平政権期に提起された考え方が集約されたのが2015年の国連での演説であった。2015年9月末、ニューヨークの国連総会に立った習近平は演説をおこなった。習近平は、「中国は始終世界和平の建設者」であり、「和平発展の路を歩み、世界情勢がどのように変化しても、また自らがどのように発展しても、中国は決して覇を唱え」ないなどとしただけでなく、「中国は始終世界の発展の貢献者」であり、「ともに発展の道を歩み、引き続き互いに利益を得るウィンウィン関係のための開放戦略をおこな」うなどと、習近平政権としての考え方を示した。そして世界に向けて、「各国が中国の発展のための「追い風を受けた車」の乗り込むことを歓迎」するなどとして、欧米の築いた既存の秩序に代わる中国の国際秩序観に各国を誘うことも忘れなかった。

だがここで重要なのは、習近平が特に示した国連重視の姿勢だった。すなわち、「中国は始終国際秩序の維護者であり、協力発展の道を歩むことを堅持する。中国は最初に国際連合憲章に署名をした国であり、国際連合憲章の宗旨と原則を核心とする国際秩序と国際システムを継続して維護していく」として、国際連合とともにあることを、国際秩序の維護者であることを同義なものとして示したのだった。無論、そこでは中国が発展途上国に属するということも忘れなかった8。習近平は、国連持続可能な開発サミットにおいても、国連重視の姿勢を示すとともに、その多国間枠組みへの資金面、ヒューマンリソース面での支援を、犠牲を負いながらも、惜しまない姿勢を示したのだった9。このような国連重視の姿勢は、国内でも明確にされた。2015年10月の中国共産党中央政治局第27回学習会においても、「現在の世界にはさまざまな対立や不公平があるが、それは国際連合の宗旨や原則が時代遅れになったのではなく、むしろこれらの宗旨や原則がいまだに有効に履行されていないからだ」などと言った言葉で示されたのだった10。

2016年になっても習近平の国連重視の姿勢は崩さなかった。中国からすれば、既存の国際秩序は先進国により作られたものであるから、「国際連合憲章という宗旨や原則を核心とする国際秩序や国際関係をともに維護し、国際秩序をより公正で合理的な方向へと発展させるように促」すことが中国の任務だとしていたのだろう11。

3. 2016年7月からの強硬姿勢：世界秩序と国際秩序(2016-2017年)

しかし、2016年７月に常設仲裁裁判所で南シナ海をめぐる裁決が出ると、中国外交部はその裁決を「紙くず」とまで表現した。これは中国が既存の国際秩序に敵対、挑戦するとみられたが、中国としては裁決そのものというよりも手続きが問題だとして全面批判は避けたのだった。しかし、この行為は世界的に中国に対する猜疑心を生むことになった。

2016年７月25日、アメリカの大統領補佐官スーザンライスが訪中して習近平と会談した。この時習近平は、中国が既存の国際秩序に挑戦しようとしているのではないかとの疑念に対して、「中国が強大になろうとも、中国は決して覇権を求めない。中国は決して既存の国際秩序にも、また国際規範にも挑戦する意図はない（When China grows strong, it will never seek hegemony. China does not intend to challenge the current international order or rules either）」などと述べたのだった12。習近平は、いわゆる新型大国関係についても述べていた。これらは、2015年までに形成されてきた習近平政権の国際秩序観や外交理念の延長戦上にある。

だが、それより以前の同月6日、イギリスのチャタムハウスで講演をおこなった全国人民代表会議外交委員長傅瑩は、「中国と国際秩序の将来（"China and the Future of International Order"）」と題する講演を行なっていた。ここで傅瑩は、世界秩序(world order)と国際秩序(international order)とを使いわけ、アメリカによる既存の秩序を前者の世界秩序(world order)、中国が主導するであろう新たな秩序を後者の国際秩序(international order)だとしていた。傅は、前者の世界秩序は一般にパックス・アメリカーナとされるもので、三つの要素から構成されているとした。それは、①アメリカと西側の価値、②アメリカの軍事同盟網、③国際連合とその組織、である。この世界秩序は国際秩序の歴史的背景であり、また近代において機能したものだったし、アメリカはそれを支えつつも、同時にその秩序の主導者としてそこから多くの利益を得てきた、と傅は述べた。そして中国自身は、国際秩序に対して貢献する存在であり、その国際秩序とはすなわち、国際法の諸原則を含む③の国際連合とその組織であり、世界秩序と重なりを持ちつつも、完全に一致するわけではないものだ、とする。そして中国はその国連の創始者であり、受益者でもあり、支持者でもあるのであって、あらゆるものすべてを新たに創出する意図はない、というのである13。そしてこれらを習近平国家主席の言葉として引用したのだった。この世界秩序と国際秩序といった言葉の弁別、そして国連を両者の糊しろとするといった概念整理は、以後も多くの研究者に引用されるようになった。

2017年1月、ジュネーブの国連事務局で演説を行った習近平は傅瑩の言葉とも重なる表現で国連重視を引き続き証明した。ここでは「中国が国際連合を核心とする国際体系（システム）を引き続き維持擁護する」などと述べたのだった14。

この2016年に一層に明確化された中国の国際秩序観を受けて行われたのが、2017年秋の第19回党大会の２時間半に及ぶ習近平の演説であったといっていい。ここでは、二つの100年が強調され、2049年にはアメリカに追いつくという国家目標が明確にされた。また、具体的な対外政策面では中国の対外開放も強調された。つまり、中国が閉鎖性を有するのではなく、一帯一路に基づく国際協力、国際コミュニケーションを推進して、コネクティヴィティを高めていくとしたのだった。無論、そこではそれが発展途上国、低開発国重視という論点も同じく重視されていた15。他方、極めて重要なこととして、習近平は対外政策を共産党の中央外事工作委員会に一元化することを提案した。それは中央だけでなく、地方にも及び地方の外交工作とも連携させて、中央と地方の対外政策、事務関連の全体を中央外事工作委員会に一元化させるということであった。このような政策決定過程の中央への一元化は他の領域でも見られる、習近平政権の特徴であった。

2017年12月末の駐外使節会議では第19回党大会での対外策に関わる「内と外」の一元化も含め、これまでの習近平政権の国際秩序観や政策理念が総合的に述べられた16。そして2018年初頭の習近平の新年の言葉では、いくつかの新たな挑戦に言及がなされていた。中国は、「始終世界の平和の建設者、グローバルな発展への貢献者、そして国際秩序の維護であり続ける」存在として位置付け、「目下、人類の和平と発展の前景にはすでに期待もあれば、憂慮もあるが、中国に対しても自らの立場や態度を表明するような期待もある」から、必要があれば声を上げる、ともしている17。2016年の傅瑩のスピーチの世界秩序から国際秩序へという変容過程や中国の立ち位置、2017年の習近平による2049年にアメリカの追いつくという国家目標を踏まえて、次第に「声を上げる」ことを視野にいれた言説が育まれていたと見ることもできるだろう。

4. 米中対立の下での世界秩序観と外交理念(2018年-)

このような趨勢の下で、2018年に入ると次第に米中対立が顕在化していった。2016年から2017年に明確化した中国のアメリカに対する挑戦姿勢がアメリカを刺激した可能性もあるが、アメリカとの対立を受けても、必ずしも中国がその国際秩序観や対外政策理念を全面的に改定したり、調整したりしたというわけではない。むしろ関税問題などで、アメリカの保護主義的傾向を批判する中で、国際経済、貿易の面では「自由で開かれた」秩序を重視する姿勢が浮き彫りになったということができる。

2018年3月、全国人民代表大会で李克強総理は中国の対外開放性にも言及し、開放型の経済を推し進めているともしていた18。2018年６月に北京で開催された中央外事工作会議では、国際情勢を把握する上での正確な歴史観、大局観、役割観（角色観）が提起された。特に役割観については、「ただ各種の国際現場を冷静に分析し、自らをそこに位置づけ、わが国と世界との関係性の中で問題を捉え、世界の枠組みが変化する中での我が国の地位と役割を明確にし、客観的に我が国の対外方針をめぐる政策を策定する」とされ、「目下、わが国は近代以来もっとも良い発展の時期にある」として中国が世界の中で新たな発展の機会を得ようとしていると自ら認識していると明言した。また、大国間関係をうまくマネージすることも提起され、「全体として安定した、バランスの取れたかたちで発展していく大国関係の枠組みを構築するようにしなければならない」と、アメリカでトランプ政権が成立したことを踏まえた発言も見られる。さらに、外交大権は中央に属すると、外交権の一元化も合わせて確認されている19。

2018年12月の改革開放40周年の記念式典でも、米中対立にも関わらず、「我が国は日に日に世界という舞台の中央に近づいている。我が国は国際社会公認の世界平和の建設者になり、グローバルな発展の貢献者になり、国際秩序の維護者になるのだ」というように、自らが世界の舞台の中央に接近していると自信をのぞかせた。それと同時に、「中国はどこまで発展しても、永遠に覇を唱えない」などと、決して覇道に向かわないことを明言していた20。こうした傾向は2019年まで続いた。2019年10月１日の中華人民共和国建国70周年の記念式典でも習近平は簡潔に国家目標を繰り返したが、そこでも「いかなる力も我々の偉大なる祖国の地位を脅かすことはできないし、いかなる力も中国人民と中華民族の将来を妨げることできないのである」などとアメリカを牽制するような言辞が含まれていた21。だが、興味深いのは米中対立の下で、中国が自由貿易について言及し、保護貿易に反対する機会が増えたということだ。例えば、2018年11月のAPECにおいて、ペンス副大統領は中国批判の演説を行っていたが、習近平は「各種の自由貿易の枠組みについて、我々は開放性、寛容性、透明性の原則を堅持しなければならない」などと述べていた22。

おわりに

本項では、中国の習近平政権はいかなる国際秩序観、外交理念を有しているかということを時系列的に検討してきた。結論的には、中国はアメリカを中心とする秩序を「世界秩序」として批判し、中国自身は国際政治面では国連重視、国際経済面では自由で開かれた体制を維持する「国際秩序」を導くとしていた。具体的には、国際政治については国際連合憲章に依拠した秩序を想定し、経済面ではおよそ自由で開かれた経済貿易秩序を想定している、ということである。中国は、国際政治の面では欧米諸国の価値観や、アメリカを中心とする安全保障体制に反発しながらも、国際連合とそれに関わる組織についてはそれを受け入れ、他方で国際経済の面ではIMF、世界銀行、WTOなどは受け入れ、保護主義的な経済貿易政策を批判し、自由で開かれた経済貿易秩序の擁護者として振舞う。

2012年に政権を継承した習近平は、2014年までの間に新型国際関係などと言った外交理念や一帯一路政策などを提起しつつ、2015年には国連重視の姿勢を明確にした。2016年に国際秩序と世界秩序の区別を明確にして、世界秩序、国際秩序と中国との関係性を明確に示し、2017年にはその国際秩序の実現を2049年に設定した。これはアメリカに追いつくことも意味していた。2018年には米中関係が緊張したが、それによってこうした秩序観や外交理念は大きく調整はされず、むしろアメリカを保護主義として批判しつつ、国際経済秩序の面で中国が自由で開かれた体制を擁護しているという姿勢を明確に示すようになった。

その結果、中国はむしろ既存の秩序の擁護者のようにも見えることになった。だが、それは政治面におけるリベラルな価値を中国が受け入れるということを意味しない。そのことに留意しなければならない。無論、軍事安全保障面ではアメリカを中心とする同盟国体制を明確に批判していることは言うまでもない。この「わかりにくさ」を理解せず、中国のある側面から全体を推し量ると、中国の立場や意図と見誤ることになるだろう。

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