提言・論考
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バイデン政権は米国を世界のリーダーに戻せるか
―「中産階級のための外交政策」をめぐって―

神谷万丈
防衛大学校教授

はじめに

「アメリカは戻ってきました。（America is back.）」2021年2月4日に行われた大統領就任後初の外交政策に関する重要演説の冒頭で、ジョー・バイデン（Joseph R. Biden, Jr.）米大統領は、ひとことづつ区切りながら力を込めて、「私が今日世界に聞いてもらいたいメッセージ」であるとしてこのフレーズを二度続けて繰り返した。これが、ドナルド・トランプ（Donald J. Trump）前政権の米国第一主義と訣別し、米国を国際社会のリーダーとしての役割を担える国に戻すという新大統領の決意を示す言葉であったことは、ホワイトハウスがこの演説を「世界におけるアメリカの立場に関するバイデン大統領による発言」との題名を付して発表したことからみても明らかである1。彼が続けて述べた、「われわれは同盟を修復し、いま一度世界に関与していきます。昨日の課題ではなく、今日、そして明日の課題に対処するために」という言葉は、1月20日の就任演説でも使われていたものであった 2。

だが、米国が「戻ってくる」ということは一体何を意味するのであろうか。それは、われわれがトランプ前大統領の登場以前に多年なじんできた米国の国際的リーダーシップの復活を意味すると考えてよいのであろうか。それとも、バイデン大統領の下での米国の「世界におけるアメリカの立場」には、過去とは異なる何かが含まれるとみるべきなのであろうか。

1. 米国の国際的リーダーシップの再構築――バイデンの一貫した外交目標

2019年4月に今回の大統領選挙への立候補を決意して以来、バイデンが外交面ではトランプによって傷つけられた米国の国際的リーダーシップの再構築の必要性を深刻に感じ続けていたことは間違いない。同年7月11日、ニューヨーク市で行った40分以上にわたる外交政策方針に関する演説の中で、彼は、トランプの「とっぴな政策や、基本的な民主主義的原則を支え損ねていることが、われわれの評判と、世界における立場と、世界を主導する能力を台無しにしてきました」と述べた。そして、「もしわれわれがドナルド・トランプにもう4年間を与えてしまえば――われわれは、世界におけるアメリカの名声や国々をまとめ上げていく能力を、二度と回復できないかもしれません」と警鐘を鳴らし、「米国のリーダーシップを修復すること」を大統領としての自分の使命とするとした 3。

この演説は、翌2020年の『フォーリン・アフェアーズ』誌3・4月号に彼が寄稿した論文「なぜアメリカは再び主導しなければならないのか――トランプ後の米国外交政策を救い出す」の内容を、ほぼそのまま先どりしたものであった。『フォーリン・アフェアーズ』誌への寄稿では、バイデンは、「（次の米国大統領は）われわれの評判を救い出し、われわれのリーダーシップへの信頼を再建し、新たな課題に迅速に対処するためにわが国と同盟諸国とを動員しなければならない」と述べた。そしてその上で、「私は大統領として、米国の民主主義と同盟を刷新し、米国の経済的未来を守り、いま一度米国に世界を主導させるために、ただちに措置を講じていく」と宣言したのである 4。

大統領への当選が（事実上）決まった直後にも、バイデンはこの外交信条をただちに繰り返してみせた。2020年11月24日に新政権の国家安全保障チームを発表した際の冒頭発言では、このチームは「アメリカは戻ってきており（America is back）、世界を主導する用意があり、世界から撤退するのではない」という事実を反映したものであり、「アメリカは、同盟諸国とともに働く時に最も力強い」との自らの「核心的信念を具体化したもの」であるとした 5。バイデンは、米国が「敵対者と対決する準備があり、同盟諸国を拒絶せず、われわれの価値のために立ち上がる準備ができている」と強調した。そして、大統領選挙に勝利した後に世界各国の指導者と行った電話会談で、彼ら／彼女らが「米国がグローバルなリーダーとしての歴史的役割を再び主張することをいかに心待ちにしているか」を知って強い印象を受けたとも述べている。バイデンが「アメリカは戻ってきた」というフレーズを用いたのはこの日が初めてのようであるが 6、トランプの国際協調軽視、同盟軽視によって傷ついた米国の国際的リーダーシップの再構築が大統領としての自らに課された外交上の最大の任務であるとの自覚は、選挙戦中から現在まで揺らぎをみせていないことがわかる。

2. バイデン大統領の外交方針のもう一つの柱――「中産階級のための外交政策」

だが、バイデンの外交方針には、もう一つ別の柱が一貫して存在してきたことにも注意が必要である。彼は、大統領候補に名乗りを上げた直後から、自らの政権が「中産階級のための外交政策（a foreign policy for the middle class）」を採用することを唱え続けているのである。この標語は、先にふれた『フォーリン・アフェアーズ』誌の論文で用いられたことによって広く世界で知られるようになった。

・・・私の政権は、アメリカ人がグローバル経済で成功できるように、中産階級のための外交政策を整える。中国であろうと他の誰であろうとそれに対する将来の競争に勝利するために、米国は、技術革新力を高め、世界中の民主主義諸国の経済的な力を結合して、不正不当な経済的活動に対抗し不平等をなくしていかなければならない。経済安全保障は国家安全保障なのである。・・・ 7

しかし、「中産階級のための外交政策」をバイデンが口にしたのはこの時が初めてではなかった。彼は、2019年7月11日のニューヨーク市での外交政策演説で既に、上の引用と言葉の順序までほぼ同一の表現で、自分が政権に就いたならば「中産階級のための外交政策」を推進することをうたっていたのである。米国の外交は国民の多数を占める中産階級に利益をもたらすものでなければならない、というのが「中産階級のための外交政策」の出発点となる発想であった。演説でバイデンは、経済安全保障は国家安全保障に他ならないのに、「この国中に、われわれが基本を無視してきたがために苦しんでいるコミュニティが多く存在します」と述べ、「われわれの貿易政策は、自国内から、われわれの最大の資産である中産階級を強化することによって始められなければなりません」と主張したのであった 8。

これは、単なる選挙向けのキャッチフレーズではなかった。バイデンは、大統領当選後も「中産階級のための外交政策」の旗印を降ろさず、彼の外交・安全保障チームの主要ポストにこの概念を主唱してきた人物を登用しているのである。典型的なのが、国家安全保障問題担当大統領補佐官へのジェイク・サリバン（Jake Sullivan）の起用である。

この人事こそは、「中産階級のための外交政策」の実践に関して新大統領がいかに本気であるかを象徴する出来事であるとみられた。なぜならサリバンは、2020年9月にカーネギー国際平和財団から発表された報告書『米国の外交政策を中産階級のためによりよく機能させる』の共著者に名を連ねていたからである 9。

この報告書は、コロラド、ネブラスカ、オハイオの3州での、多数の中産階級の市民へのインタビューに基づいて、従来の米国外交の問題点と将来のそのあるべき姿について分析・提言を行ったものである 10。インタビューが行われた3州は、近年の選挙結果からみてコロラドが民主党優位、ネブラスカが共和党優位、オハイオが接戦州であり、インタビュー対象者の構成が党派の片寄りを持たないように配慮されている。だがこの報告書は、バイデンのために書かれたものというわけではない。カーネギー国際平和財団がこの報告書を生み出した研究プロジェクトを設置したのはトランプ政権発足の年である2017年のことであり、バイデンが「中産階級のための外交政策」を唱え始めるよりも前のことであった。プロジェクトのメンバーには、民主・共和両党の政権に高位の政策決定者として加わっていた者たちが選ばれており、報告書は超党派的政策のものとなっている 11。

しかしながら、バイデン大統領に対する外交・安全保障に関する最高位のアドバイザーがこの報告書に共著者に名を連ねていたという事実は重い。しかも、中産階級の立場の改善が急務であるとのサリバンの思いは、決して軽いものではなかった。彼は、トランプ現象の背景には、経済的格差の猛烈な拡大によって米国の中産階級が不利な立場に追い込まれているという現実があるとの問題意識を、かねてから抱いていた。そして、米国は今や大恐慌の直後などに匹敵する「もう一つの転換点」に立っており、米国政治はフランクリン・ルーズベルト（Franklin D. Roosevelt）にとっての経済恐慌との戦い、リンドン・ジョンソン（Lyndon B. Johnson）にとっての貧困との戦いなどと同様、中産階級を救い再建するという新たなミッションに立ち向かわなければならないと主張していた 12。

バイデンがサリバンを国家安全保障問題担当補佐官に選ぶ際に、こうした問題意識や、米国外交のあるべき姿は「中産階級のための外交政策」であるとする考え方がとりわけ重視されたことは、2020年11月24日に国家安全保障チームの主要メンバーを発表した際に彼を次のように紹介したことにはっきりと表れていた。

ジェイクは、経済安全保障が国家安全保障であるという私のビジョンを理解しています。そして、それは私が中産階級のための外交政策と呼ぶもののかじ取りを助けるでしょう 13。

カーネギーの報告書の執筆陣からは、1月に入って、共編者の一人であるサルマン・アーメッド（Salman Ahmed）も国務省政策企画室長に起用された。バイデン政権の外交政策の方向性に、この報告書の内容が反映されていく可能性はますます高まったとみてよかろう。

このように、バイデン政権の外交には、米国が主導する世界の再構築と、「中産階級のための外交政策」の推進という2つの柱が並存し、それらの両立が目指されていることがわかる。だが、それは決して容易なことではなさそうである。両者はどこまで整合的なのか。あるいは両者の間には、いかなる緊張や矛盾が認められるのであろうか。

3. 「中産階級のための外交政策」の背景にある問題意識 14

カーネギーの報告書から読みとれる「中産階級のための外交政策」の背景にある基本的な問題意識は、米国の外交は国内外からの信頼を取り戻す必要がある、というものである。まず、国民に支持されない外交政策は力を発揮できず、長期にわたって維持される保証もない。また、外交政策が力を発揮するためには、国外からの支持も重要である。ところがトランプ政権の外交は、「ある米国の政権と結んだ合意が次の政権への移行を切り抜けて生き残るのかどうか、あるいは数十年間にわたり持ちこたえてきた同盟構造がなお所与とみなせるものなのか」について、同盟国やパートナー国の信用を傷づけてしまった。米国外交にとっては、これら2種類の信頼を取り戻すことが急務となっている 15。

このうち、米国の外交政策に対する米国民の支持をいかにして回復するかに焦点を当てたのがカーネギーの報告書である。米国の外交は、国民の多数を占める中産階級に支持されなければ力を発揮できない。そのためには、中産階級から、自分たちに利益をもたらすものだとみられている必要がある。ところが、外交・安全保障の専門家やエリートは、これまでこのことを軽視してきた。報告書は、従来米国の外交政策に関しては3種類のビジョンが主に唱えられてきたが、いずれも中産階級に十分な利益をもたらすものとはなってこなかったとして、以下のように厳しく批判している 16。

(1)「親ビジネス、親グローバル化のアプローチ（"pro-business and pro-globalization approach"）」

これは、ポスト冷戦期の米国での外交政策論議を主導してきたリベラル国際主義者の主張を指すもののようである。このグループは、米国のビジネスの利益を増進し、米国の価値を海外で促進するような外交・安全保障政策が、米国の中産階級の利益を増進すると信じてきた。また、自由で開かれた国際経済システムの構築のために努力し、民主主義と人権の拡大を目指す外交・安全保障政策が、米国の中産階級の利益を促進するとも信じてきた。米国がグローバルなリーダーシップをとり続けることが、米国の国益を促進し、中産階級の利益にもつながると考えてきた。ところが、そうした政策の結果は、米国の中産階級の利益を十分に増進するものとはなってこなかった、と報告書はいう。確かに、米国の豊かさは全体としては大いに増大してきたが、その成果は不平等に分配され、中産階級はこうした外交が自分たちに利益をもたらしているとは感じることができてこなかったからである。

外交専門家は、そのような不満が出てくるのことを、単なる「コミュニケーションの問題（communications problem）」としてとらえ、国民に外交政策についての十分な情報が伝えられ、理解が深まれば政策は支持される、と考えがちである。だが、そうした見方は正しくない。中産階級の自国外交に対する不満は、米国のとっている政策が自分たちの雇用、賃金などの向上につながっていないとの実体的な感覚に基づくものであるからである。

(2)「アメリカ・ファーストのアプローチ（America first approach）」

トランプの米国第一主義のロジックはこうした不満に応えようとしたものとして理解できる。だが、それは実際には、ある種の労働者の利益にかなうものではあっても別のある種の労働者の利益が犠牲にされているという問題や、その他の米国にとって死活的な国内外の安全保障上の利益が損なわれているという問題をはらんでいる、と報告書はいう。報告書によれば、3州でインタビューを受けた中産階級の市民は、トランプの外交のアプローチの一部の側面を歓迎しつつも、次のような点では懸念を表明したという。

まず、トランプの外交政策は、たとえば関税引き上げがある種の製造業の生産拠点の海外への移動を防ぎその業種で働く者の雇用を守るが、一方では他の製造業における海外からの直接投資を冷え込ませて雇用に害を及ぼすというように、中産階級の中に勝者と敗者を生み出していること。トランプ政権の対中強硬路線も、全体としては3州で支持政党の違いを超えて支持されているが、たとえば農業部門における雇用の多いネブラスカでは、米中関税戦争が農産物の対中輸出の大幅減につながっていることなどが懸念されている。

次に、トランプの外交政策が短期的利益にばかり焦点を当てていること。たとえば、トランプは石炭産業を保護するとしてパリ協定から離脱したが、気候変動に関して米国がいかなる政策をとろうとも、市場が石炭から天然ガスなどに移行していく動きは止められないことは、インタビューを受けた中産階級市民のかなりの部分が認識している。にもかかわらず、米国第一主義アプローチには、短期的利益の考慮から「一歩退いてより広い戦略的トレンドを見据える」姿勢が欠けている。

第3に、トランプ流の世界に対するゼロサム的アプローチの危険性。3州でのインタビューの結果が示しているのは、実は多くの中産階級市民は米国が国際協調の中で役割を果たすとか、困っている国を支援する、国際紛争に介入するといったことに全面的に反対しているわけではないことである、と報告書はいう。そのような行動の必要性、すなわち米国がそうした役割を放棄すれば世界の不安定化につながり米国の中産階級の経済的利益を動揺させかねないということなどは、かなり理解されている。ただし米国がそうした行動をとる際には、それが自分たちの利益につながるものでなければならないと考えられているのである。そうした観点からすると、世界に対するゼロサム的アプローチは適切ではないことになる。米国の中産階級市民は自国の海外への軍事介入にさえ全面的に否定的というわけではない。ただし、「彼らは、国がそのパワーを思慮深く行使し、効果的で前向きの変化をもたらす最善の機会を選択的に追求することを望んでいる」のであると、報告書はいう 17。

(3)「経済的正義、気候変動、および外交政策の非軍事的手法に焦点を当てる社会的リベラルアプローチ（socially liberal approach focused on economic justice, climate change, and nonmilitary means of foreign policy）」

米国外交をめぐる論議にみられるもう一つの主張は、左派急進派によるものである。このグループは、トランプ流の世界に対するゼロサム的見方を排除しつつ、親グローバル化のアプローチにも反対する。米国の国内政策と対外政策の両方における経済的・社会的正義の重要性や、国家安全保障政策における気候変動問題の中心性を強調する。そして、外交政策における非軍事的手法を重視し国防費の削減を説く傾向が強い。国内におけるより強力な社会保険プログラムと、野心的な環境問題対策と、国内における産業政策と、海外における多国間主義外交の組み合わせの必要性を強調するこのグループは、新型コロナウイルスによる危機の下で自らのアプローチに自信を深めているようであるが、中産階級の市民に十分な利益をもたらすものにはなり得ていないと報告書は批判する。

なぜならまず、このアプローチは、気候変動問題への対応を重視する一方で、それが石炭、石油、ガスなどの業種の中産階級労働者の利益を損なうことに対しては十分な考慮を払っていない。同様に国防費の削減についても、政府の国防支出への依存度の高い一部の地域の中産階級労働者の利益が損なわれかねないという問題への配慮が足りない。

さらに、トランプの米国第一主義と同様に、こうした急進派の外交アプローチでは、米国が性急に防衛費を減らせば長期的な安全保障上・経済上のリスクにつながり、それが米国自身の中産階級に不利益をもたらしかねないという問題が直視されていない。

(4)第4のアプローチとしての「中産階級のための外交政策」

かくして、米国の外交政策に関してこれまで唱えられてきた3つのビジョンは、いずれも中産階級に十分な利益をもたらすものと感じさせることに成功してこなかった。カーネギーの報告書がこれらに替わる第4のアプローチとして提唱するのが、「中産階級のための外交政策」である。

1)今日の、より相互に結びついた安全保障上、経済的、および社会的な環境のダウンサイド・リスクにはるかにより直接的に対応し、その利益がより広く共有されることを確かにすべくより多くの注意を払う。
2)国際的なリーダーシップ、関与、およびポジティヴサム思考を通じて共有された繁栄とグローバルな安全保障を前進させる。
3)米国の外交を補強し、グローバルな安定を培い、米国経済が依存しているグローバル市場へのアクセスと統合の継続を確かにするために、頑強な国防態勢を維持する。

これが、報告書が示す「中産階級のための外交政策」の骨子である 18。

これは、一見したところでは米国がトランプ以前のリベラル国際協調主義に回帰することを提言しているようにみえなくもない。だが、「中産階級のための外交政策」は、ひとつの重要な点で従来型のリベラル国際主義の外交政策とは異なった志向性を有している。それは、外交政策の成功・失敗を中産階級に利益がもたらされているかどうかで判断するという考え方である。2021年2月4日の記者会見で、サリバンは、「中産階級のための外交政策」では、「われわれが外交政策や国家安全保障において行うあらゆることが、ひとつの評価基準によって測られる。それが勤労者世帯の生活をよりよい、より安全な、より余裕のあるものにするかどうかだ」と述べている。そして、たとえば貿易政策について、バイデン政権は「世界を多国籍企業にとって安全にしようとするのではなく、米国内で雇用を創出し賃金を上げようとするのだ」と説明している 19。

この志向性と、米国が主導する世界の再構築というバイデン政権の掲げるもう一つの外交政策の柱は、果たしてどこまで両立可能なのであろうか。

4. 世界のリーダーとしての米国の役割の強調――「中産階級のための外交政策」の一側面

「中産階級のための外交政策」の唱道者らが、それが米国の国際的リーダーシップの再構築という目標と矛盾しないとみていることは明らかである。たとえば、カーネギーの報告書は次のように言う。

米国は、その巨大な富と力を、中産階級の福祉を向上させるのを助けることになるグローバルな経済復興を形づくるために用いるべきである。米国は、ゼロサム的なものの考え方を排除し、グローバル経済の崩壊は全てのアメリカ人にとって破滅的たり得ることを認識すべきである 20。

これは、世界がコロナ禍の下にある現状では、世界経済の回復こそが米国と世界にとっての最優先課題であるとの認識に基づいた記述であるが、そこからは米国が世界のリーダーの役割を果たさなければならないという強い意識が感じられる。カーネギー国際平和財団がこの報告書に基づいて行ったウェビナーでも、サリバンを含む執筆者たちが、米国が世界でのリーダーシップを回復する必要性について論じている 21。

これに、議会で指名を承認された翌日にアントニー・ブリンケン（Antony J. Blinken）新国務長官が語った「アメリカのリーダーシップは世界中で必要とされている。そして、われわれはそれを提供する。なぜなら、世界は米国がそこにいる時に、諸問題を解決し諸課題に対応できる可能性がはるかに高いからだ 22」という発言や、冒頭に紹介したバイデン大統領自身の言葉を重ね合わせてみた時、そこに浮かび上がるのは、世界を米国が再び主導しなければならないという力強いメッセージである。そうした対外姿勢に力を持たせるためには幅広い国民の支持が必要であるという考えから、中産階級が利益を感じる外交政策が求められると説くことは理解できる。

5. 「中産階級のための外交政策」は米国第一主義につながるか

だが、そこにはいくつかの問題が指摘できる。

「中産階級のための外交政策」は、米国の中産階級が、自国による対外政策、特に対外関与がより「思慮深く（judiciously）」、「選択的に（selectively）」行われるべきだと考えているとの現実を重んじる。そして、そうした国民の希望を無視した外交・安全保障政策は支持されず成功しないと考える。

しかし、米国の対外関与がより思慮深く選択的に行われるべきであり、その選択の基準は中産階級に利益がもたらされるかどうかであるとの主張から導き出される外交姿勢は、トランプの米国第一主義に近いものになってしまうおそれはないのか。サリバンらは、対外関与にも一定の積極性を示すのが、「中産階級のための外交政策」のトランプ流との違いであるという。そして、中産階級の市民の多くも米国の対外関与が長い目でみて自分たちに利益をもたらすことを理解していると強調する。しかし、一般論としてはそうであっても、個々の「対外関与」が「中産階級のため」になっていることを中産階級の市民に納得させることには、しばしば困難が伴うのではないか。そうであるとすれば、「中産階級のための外交政策」は、実際には多くの場合、米国第一主義の外交政策と同様に、米国の内向き姿勢につながってしまうのではないか。

次に、「中産階級のための外交政策」が経済に焦点を当て、その中でも特に米国の経済的利益増進が重視されていることが、バイデン外交にどのような影響を与えるのかという問題がある。サリバンは、2020年12月29日にナショナル・パブリック・ラジオに出演してバイデン外交の見通しを語った際に、バイデン外交では「われわれが外交政策と国家安全保障において行うことのあらゆる要素は、究極的には、ここ米国における勤労者家庭の、中産階級の人々の、普通のアメリカ人にそれが与える影響によって測られる」と述べた 23。これは、先に紹介した2月4日の記者会見での発言と同趣旨であり、米国の中産階級市民の経済的利益増進につながらない外交政策はとらないという政権としての意思表明とみなすことができる。また、カーネギーの報告書が掲げた5本柱の政策提言からも 24、「中産階級のための外交政策」が中産階級の経済的利益を何よりも重視していることは明らかである。そのことはまた、バイデンやサリバンが好んで口にする「経済安全保障政策は国家安全保障政策である」という言葉にも反映されているといえよう。

しかし、そうであるとすれば、米国は「普通のアメリカ人」に経済を中心とした利益をもたらさない外交政策をとることは難しいということになる。ここで、「普通のアメリカ人」が外交によって自らにもたらされる利益をどのようにとらえるかが問題になる。バイデン大統領は、2月4日の外交政策演説で、「外交への投資は、単に世界のためにそうすることが正しいから行うというものではありません。われわれはそれを、平和と安全と繁栄の中に生きるために行うのです。われわれ自身のありのままの国益のために行うのです」と述べた 25。こうした広い国益観に基づいたものである限り、中産階級の利益の重視は米国の対外政策に問題を生じさせることはない。だが、外交に詳しくない一般市民の国益観は、より狭いものになりがちである。「中産階級のための外交政策」が「普通のアメリカ人」の狭い経済的利益の主張の上に遂行された場合、それは実質的には米国第一主義に近い外交政策をもたらしてしまい、米国の国際的リーダーシップの復興を妨げてしまうのではないか。

むすびにかえて――「中産階級のための外交政策」論のロジックの問題点

なお、「中産階級のための外交政策」論には、原理的な問題も存在するように思われる。それは、米国外交が米国の中産階級の利益促進につながっていないという現実を是正するためには外交自体の変革が必要である、とのロジックは妥当かどうかという問題である。

なぜなら、「中産階級のための外交政策」の提唱者は、いずれも、米国のこれまでの外交が米国の富を増大させてきたことは認めているからである。にもかかわらず、米国内における経済的格差は悪化の一途をたどり、多くの中間階級市民はそれに苦しみ、不満をつのらせている。それを解消するためには、外交の根本的改革が必要であるというのが「中間階級のための外交政策」の基本的主張である。

だが、米国の富が全体として増大してきているということは、米国のこれまでの外交は、それ自体としては成功であったということを意味するのではなかろうか。確かに米国内での経済格差の問題は深刻で、トランプ現象を生み出す大きな要因ともなったわけである。しかし、この問題の根源は米国国内における利益の分配のなされ方にあるのであり、外交のあり方に原因を求めるのは筋違いなのではないであろうか。言い換えると、米国における国内格差の問題を解決するために変革が必要なのは米国国内の法や制度なのであって、米国の外交はうまくいっているとみるべきではないのか。外交をいくら変えても、格差を生み出す国内の法や制度がそのままでは、中産階級の不満はおさまらず、結局は米国の世界への消極的な姿勢につながってしまいやすいのではないか。

本稿における分析が示しているのは、米国が世界が期待するような国際社会のリーダーとして「戻ってくる」ことができるかどうかは、バイデン政権がその目標と中産階級市民の利益を最優先にした外交の両立を図れるのかどうかにかかっているということである。だが、これら二つの方向性の間には必ずしも整合的でない面が存在する。したがって、それらの両立の成否は、現時点では予断を許さないと考えざるを得ない。

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