提言・論考
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中国から見た「グローバルサウス（全球南方）」

川島 真

はじめに

本稿では中国から「グローバルサウス（中国語で「全球南方」）」という概念がどのように見えているのか、どう論じられているのかということを考察するものである。そのためには、中国自身の自己認識や世界観、対外政策の基調について理解する必要があろう。

実のところ、当初中国は「グローバルサウス」という言葉には懐疑的であった。2023年5月の広島サミットに際しても、グローバルサウスが（記者会見などに）取り上げられたことを批判し、グローバルサウスを地政学的争いに巻き込もうとしているから警戒せねばならないといった議論も見られていた1。ただ、2023年4月2日の「国合平」の一文では、グローバルサウス論への懐疑を示しながらも、結論としては2023年に第一回の「全球共享発展行動論壇首届高級別会議(First High-Level Conference of the Forum on Global Action for Shared Development)」が行われるのだから、その場を利用して「グローバルサウス」の結束を図るべきだなどとしている。ここでは括弧（「」）をつけているが、グローバルサウスという語を受け入れるように促しているようにも見える2。言葉に括弧をつけるということは、中国ではその言葉、概念を受け入れているわけではないということを示す。

そして、実際、2023年6月28日の対外関係法の制定（7月1日施行）の後、7月10日に「全球共享発展行動論壇首届高級別会議」が開かれると、その場で王毅政治局委員が「中国は世界最大の発展途上国であり、当然グローバルサウス陣営の構成員だ」と発言した3。この後も、BRICSの準備会合などで王毅はグローバルサウスに言及し続けた。そして、中国政府としての最大の転換は、8月22日のBRICSビジネスフォーラム閉会式であったと思われる。そこで習近平が、「中国は発展途上国として、『グローバル・サウス』の一員として、常に他の発展途上国と一蓮托生であり、発展途上国の共通利益を断固として守り、国際問題における新興国と発展途上国の代表性と発言権の強化を推進している」などと述べたとされている4。依然、括弧がついていることからその概念に賛同しているわけではないにしても、習近平がこの用語を使用したことは中国として公式にこの言葉を受け入れたことを示す。9月15日、李希がキューバで行われた「G77＋中国」の会議に出席した際にも、このグローバルサウスに言及し、中国がその構成員だとしている5。

このように中国は「グローバルサウス」という概念に対する立場を2023年の間に大きく変えたといっていい。その背景、理由について考察するのが本稿の目的である。

1. グローバルサウス・サミットの「衝撃」

グローバル・サウス論が提起された背景には、ウクライナ戦争後、中国・ロシアを専制主義国家だとし、民主主義国との対比を際立たせる論調が強まったことがあろう。そして、その両者以外の国々をグローバル・サウスだと位置付け、そのグローバルサウスが果たして民主主義国の側につくのか、それとも専制主義国の側につくのかといった議論が多く見られるようになった。そうしたこともあり、グローバルサウスという言葉について、中国側は懐疑的な視線を向けてきていた。

だが、この言葉を無視できなくなった一つの契機が、2023年1月12-13日にインド主宰でオンラインにて開催されたグローバルサウスサミットであった。だが、中国はこれには招かれなかった。中国外交部報道官の汪文斌は記者会見で、「我々としてもそのサミット関する報道を意識している。インドは、すでに中国側に対してそのような会議を開催する計画について知らせてきていた」などと述べ、中国としてはその会議について事前通知を受けていたと述べ、その上で中国の開発途上国への支援や関係性の強さを強調した6。これは、中国が事実上招かれなかったということを意味する。

「なぜ中国は招かれなかったのか」、ということについて中国国内では様々な議論が生じた。多く見られる議論は、インドがG20の議長国として開発途上国の意見を代表する存在として自らを位置付けようとした、というものである。また、世界第二の経済大国である中国はそもそも開発途上国ではないと見られたのではないかという議論もあった。他方で、インドが中国を故意に排除したという議論も見られる。そうした意見では、非同盟諸国、開発途上国の中の主導性をめぐる中印間の争いがその背景にあるとする7。興味深いのは、中国・インド洋フォーラム(Indian Ocean Region Forum on Development Cooperation)との関係性を指摘する議論である。この会合は2022年11月21日に雲南省昆明で開催された。主管したのは、中国国家国際発展合作署（CIDCA）であった。会議に参加したのはインドネシア、パキスタン、ミャンマー、スリランカ、モルジブ、ネパール、アフガニスタン、イラン、オマーン、南アフリカ、モザンビーク、タンザニア、セイシェル、マダガスカル、モーリシャス、ジブチ、ケニア、オーストラリアという19カ国であり、インドは含まれていなかった8。インドではこれについて疑義が呈されることになった9。中国国家国際発展合作署（CIDCA）は11月28日、記者会見において徐偉が次のように述べた。「インドはインド洋地区の重要な大国であり、中国国家発展合作署と雲南省人民政府が主催した中国・インド洋フォーラムにおいては、当然インドに招待状をお送りした」10。つまり、インド側に招聘状を出したがインドが参加しなかった、というのである。ではインドはなぜ中国の招聘に応じなかったのか。それは、第一に中印国境における衝突であろう。これによってインドの対中世論は極めて悪化した。2023年7月に発表されたPew Research Centerの世論調査によれば、インドにおける中国へのネガティブな印象が67％に達していた。2019年には46％、2015年には32％であったので、大きな変化である11。第二に、中国が2018年から開催している「環ヒマラヤ国際フォーラム」にインドは招かれておらず、第3回のフォーラムが2023年10月5日に開催されるなど、様々な国際的な枠組みにおいて中印間で「摩擦」が生じていることも確かである。

2. 中国のグローバルサウス論への警戒と転換

このように元々グローバルサウス論に警戒を有していた中国だが、2023年1月のグローバルサウスサミットに招かれなかったことによって、単純に西側諸国が用いる対中牽制用語という評価だけでは不十分になった。誰が発展途上国を代表するのかという問題について、インドからの「突き上げ」があるように印象付けられたからである。

しかし、中国自身のグローバルサウス論を単純に受け入れたわけではなかった。疑念は継続したのである。中国のグローバルサウス論への疑義を示す議論が、それを「醉翁之意不在酒（酔翁の意は酒にあらず）」に準える議論だ。それによれば、第一にアメリカなどの西側諸国はグローバルサウスの開発、発展のために資金を投入し、その際に様々な規範、政策アジェンダなどを持ち込み、ディスコースを掌握して、グローバルサウス諸国を同化しようとしている、という。第二に、アメリカがインド太平洋戦略などを用いて、グローバルサウスを争点化して、発展途上国の分断、具体的には中国と他の発展途上国との間を分断しようとしている、という。中国と他の新興国、開発途上国とを争わせ、漁夫の利を得ようとしている、というのだ12。ただ前述のように、この議論の結論はグローバルサウスの括弧（「」）付けながらも、それを受け入れ、そこでグローバルサウスとの連帯を深めるべきだというものだった。

外交部の幹部で中国外交協会会長となった呉海龍は、2023年6月のインタビューで次のように述べている。「一部の西側の国家が依然として冷戦的な思考を固守しており、集団としてのまとまりを重視する政治を行なって、『グローバルサウス』概念を利用して発展途上国陣営を分化させ、その力を削ぎ、イデオロギーや社会制度の面で踏み絵を踏ませて、発展途上国に対してどちらの陣営に入るのか選択を迫るようにしているのだ。一部の国家、とりわけ中国の発展途上国としての地位を否定しようとするような国は、発展途上国と中国との離間を図り、グローバルな発展の国際環境や協力しようとする雰囲気を壊そうとしているのである」13。これもまた、グローバルサウス論を西側諸国の対中牽制として受け入れる議論である。

しかし、このようなグローバルサウス論への懐疑を持ちながらも、2023年7月に議論は大きく転換した。この転換は、前述のように7月10日の「全球共享発展行動論壇首届高級別会議」における王毅発言を契機とする。王毅は、7月24日、南アフリカのパンドール外相と会談し、そこで「BRICSは新興市場の代表と発展途上大国が対話と協力を強化する最も重要なプラットフォームであり、同時に『グローバルサウス』が戦略的な対話を展開していく上での最も重要な場である」と述べた14。新興市場と発展途上国が弁別されているのは、ロシアなどを発展途上国とはしていないためであろう。また、7月25日に南アフリカのヨハネスブルグで行われたBRICSの国家安全事務高官会議において、グローバルサウスに言及し、その定義を行った。これを受けて、外交部報道官の毛寧が「グローバルサウス（全球南方）」について説明した。それによれば、「『グローバルサウス』とは、新興市場国家と発展途上国の集合体」だという。そして、王毅が行った「グローバルサウスの協力について提出した四つの主張」は以下の四点だという。それは、「第一に、衝突を排除し、共に和平を構築する。第二に、活力を奮い立たせ、共に発展を促す。第三に開放的で包容性を保ち、共に進歩を謀る。第四に一致団結し、共に協力を進めていく」ということだった。王毅は、「独立自主こそが『グローバルサウス』の政治的基調であり、発展振興こそが『グローバルサウス』の歴史的使命であり、公道正義こそが『グローバルサウス』の共同の主張だ」としたのである。王毅によれば、「中国は当然ながら『グローバルサウス』の一員であり、永遠に発展途上国のファミリーの一員」だとしたのである15。

このように中国は「グローバル・サウス」を自らの言葉で位置付け直し、先進国の世界観に基づくグローバルサウスとは異なる理解を示した。そして、昨今では括弧（「」）がつかないグローバルサウスの使用例も見られはじめている16。ただ、それはまだ定着はしていない。

3. 中国の世界観と「グローバルサウス」の位置付け

それでは中国の「グローバルサウス」論への批判とその後の転換は何を意味するのであろうか17。中国の国家目標や対外戦略は2017年秋の第19回党大会での習近平演説で明確に述べられている。2049年の中華人民共和国成立100周年を目標にして、社会主義現代化強国となり、また中華民族の偉大なる復興の夢を実現するという。一般に台湾統一が民族の夢だとされてきたことから、2049年の台湾統一が含意されているとも思われる。他方、2049年には新型国際関係が実現するとされており、これはアメリカに代わって中国が世界秩序を主導することが想定されていると考えられている。そのため、対外政策の面では対米関係こそが基軸となる。

その対米関係については、目下のところ長期的で激しい「競争(competition)」関係にあると位置付けられている。その競争に際しては、衝突しない、協力できるところでは協力するという条件がつけられている。この難しい関係性を維持するために、意思疎通(communication)を緊密にし、関係を管理(management)していくことが必要になる、ということだ。この関係性の整理はアメリカ側も受け入れている。

中国自身はすでに世界第二の経済大国であり、一人当たりGDPも一万元を超えているが、自らを発展途上国だと位置付けており、しばしば発展途上大国だとしている。これは先進国から構成されるOECDやG7などには加わらないことを意味しており、むしろG77の側に自らを位置付けることを意味している。だからこそ、先進国が提起するようなグローバルサウス論は、中国と発展途上国とを分離するような議論であり、受け入れられないのである。このことは、1950年代以来の平和友好五原則を中国が堅持していることからも説明ができる。あくまでも「非同盟諸国」、「発展途上国」として国際社会において振る舞うことが前提である。但し、1980年代初頭以来の独立自主の外交方針も維持されており、同盟国を持たないこと、基本的に全方位的な外交を行うことも維持されており、先進国と正面から衝突することも避けられているのである。

ただし、先進国との衝突は避けているとはいえ、習近平政権は既存の国際秩序にも強い疑義を呈している。胡錦濤政権までは国際秩序は先進国が主導するが、それに対して発展途上国として修正を加えるのが中国の役割だとしてきたが、習近平政権は中国が国際秩序形成を主導しているとしている。それだけに西側先進国の主導する国際秩序に強い疑義を呈し、西側の価値観、アメリカを中心とする安全保障ネットワークを強く批判し、国際連合や（中国的な理解に基づく）国際法については共有するとしている。中国国内ではアメリカを中心とする西側先進国への警戒、批判は極めて強められている。中国としては、「先進国vs非先進国」という世界認識の下で自らを「非先進国」の代表と位置付けようとする。これは、「先進国／専制国家／グローバルサウス」という世界観とは大きく異なるものであり、だからこそ先進国のグローバルサウス論を、中国と他の途上国との分断を図るものだとし、また西側諸国がグローバルサウスに規範や価値を押し付けようとしている、と中国側は考えるのである。

他方、習近平政権が主張する新型国際関係は、経済を基礎としてウィンウィンの関係を築き、それがパートナーシップへと発展、さらには運命共同体へと昇華するというものだ。民主主義など西側の価値観を持ち込まないのがその特徴だろう。この新型国際関係は、中国の理解する国連憲章の理念を体現するものだとされ、一帯一路もまた新型国際関係の実験場だと位置付けられている。王毅が求める「グローバルサウス」との協力関係も、基本的にこの新型国際関係の延長にある。そして中国は、新型国際関係の延長上に、グローバル発展イニシアティブ、グローバル安全イニシアティブを提起しており、これは経済を基礎とした関係性を次第に政治、安全保障へと展開させていくことを含意したものだと考えられるが、特に後者の安全保障面での関係性が今後どのように発展途上国と築かれていくのかは未知数だ。

このように、習近平政権が想定しているのはあくまでも、先進国、とりわけアメリカと対峙、競争することである。だからこそ、2023年1月にインドがグローバルサウスサミットに中国を招聘しなかったことは中国にとっては「衝撃」であっただろう。そのために中国としてはインドからの問題提起にも対峙しなければならなくなった。つまり、先進国の側からだけグローバルサウスが提起されているのなら、中国はグローバルサウスという概念を批判しつつ、発展途上国という言葉を使い続ければよかった。しかし、インドがこの言葉を使用するだけでなく、それによって発展途上国の主導性を表現しようとしたことで、同じく非先進国、発展途上国を代表しようとする中国にとっては無視できなくなったものと考えられる。また、少なからぬ発展途上国の首脳がこのグローバルサウスという言葉を用いるようになったことも中国にとっては圧力になったものと考えられる。

中国自身が世界認識、国際秩序認識、また対外政策は基本的に先進国との対抗軸、また対米関係を中心に練り上げられており、同じ「非先進国」内部での競争関係は十分に織り込められてはいない。それだけに、インドとの間で国境紛争があろうとも、また地域枠組みでも競合関係にあろうとも、インドがグローバルサウスサミットを開き、中国を招かなくても、中国としては苦言を呈するにとどまったのだと考えられる。

おわりに

本稿では、中国における「グローバルサウス（中国語で「全球南方」）」概念の見え方、論じられ方について考察した。当初、それへの批判的意見が大勢を占めたが、2023年7月にはそれが転換されたのだった。

「先進国vs非先進国」という対立軸を想定している中国、またその「非先進国」を主導することを自負している中国としては、「先進国／専制国家／グローバルサウス」という世界観は受け入れられないものであり、またグローバルサウス論自体が中国と発展途上国とを分断するものだと認識されたのである。また、平和友好五原則を堅持し、自らを発展途上（大）国だとしているからこそ、中国が先進国による「グローバルサウス」論を受け入れられなかったという面もある。

しかし、インドがグローバルサウスサミットを実施し、また中国を招かず、少なからぬ発展途上国の首脳もこのグローバルサウスという用語を使う中で、2023年7月に中国は方針を転換し、王毅が自らグローバルサウスを「新興市場国家と発展途上国の集合体」だと定義しなおし、グローバルサウスとの関係性を明確にした。これは、先進国のこの言葉の使い方を受け入れず、自らの世界観に基づくグローバルサウス理解に基づいた定義を提起し、この言葉の「話語権（ディスコース上のイニシアティブ）」を得ようと競争する意思を示したということである。ただ、現在もグローバルサウスに括弧は消えておらず、その競争は積極的な競争というより、ディフェンシブなものだと見ることもできるだろう。

中国がこのような姿勢をとることの一つの背景には、インドの存在があるだろう。中国の世界観、国際秩序観、対外政策は基本的に先進国との競争、対峙を基調としており、発展途上国との関係性はほぼ定数であり、そこに競争があるということは十分に想定されているとは言い難い。インドとの間で国境紛争や南アジア地域の国際枠組みをめぐる問題での摩擦があっても、インドとの競争関係までは中国の国際秩序観や世界観には十分に織り込まれていない。こうした意味で、グローバルサウス論は中国にとって新たな問題提起となっている。果たして、今後の中国がインドとの競争関係を踏まえて理念や戦略を調整するのか、ということは継続的に考察することが求められる。なお、なぜ2023年7月に方針が転換されたのか、6月末に制定された対外関係法との関係があるのか否かということなど、十分に解明されていないことは少なくない。これらの課題も引き続き考察が必要である。

（東京大学教授）

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