提言・論考
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習近平中国の軍事戦略

小原凡司

はじめに

中国が追求する安全保障環境は、建国以来、変化していない。それは、対外的には米国やロシア（ソ連）といった大国が中国に対して軍事力を行使できない状態である。この状態を創出するために必要なのは抑止力だ。1960年代の対象はソ連（当時）であったが、現在は米国である。中国は通常兵力で対等になり、核兵力で相互確証破壊を達成するために通常兵力および核兵力の増強に努めてきた。中国は、米国が中国に対する軍事攻撃を躊躇する間に、台湾統一等の自らの国家目標を達成し既成事実化しようとするのである。

国家目標（理想）と現状を埋めるのが戦略であることを考慮すれば、目標は変わらなくとも、中国を取り巻く国内外情勢の変化に伴ってその戦略は変化してきたと言える。中国は、建国当初、経済力が十分でなく、通常兵力と核兵力の双方を増強することが難しい状況にあった。1960年2月、中央軍事委員会は「両弾（ミサイルと原子力爆弾）を主とするが、ミサイルを第一とする」方針を明確にして核弾頭搭載ミサイルの研究開発を進め、1966年に「両弾結合（核弾頭をミサイルに搭載すること）」試験に成功した i。

中国は経済発展に伴って、核兵器だけでなく、通常兵力の増強も進めてきた。しかし、中国は双方を同時に進めてきた訳ではない。経済力が十分でなかった1960年代から中国は国内資源を核弾頭搭載ミサイルの開発に投入してきたが、それでも米国に対する核抑止が破綻するのではないかと恐れてきた。核弾頭や大陸間弾道ミサイル（ICBM）発射機の保有数について米国と中国の間に大きな乖離があると認識されてきたからである。2022年1月現在、米国の核弾頭保有数は5428発、中国は350発である ii。"Military Balance 2021" によれば、ICBMの発射機数は、米国の400基に対して中国は104基である。これら保有数の差が対米核抑止の破綻を招くのではないかと中国を不安にさせたのだ。

抑止は認識の問題である。中国の戦略核兵力が米国にとって耐え難いダメージを与えるに十分な能力を有していると米国が認識すれば抑止が働く。中国は米国との相対的な核兵力に自信を持てず、対米核抑止が破綻しても米国の対中軍事力行使を思い止まらせることができるよう、米国が言うA2/AD（Anti-Access/Area-Denial：接近阻止・領域拒否）能力を構築してきた。本稿では、上述の対米抑止を達成するための中国の戦略の変化が、習近平政権下でどのような形になっているのかを考察する。

１ 「積極防御」戦略の意義

習近平政権時代の軍事戦略の中心は依然として「積極防御」である。しかし、「積極防御」は戦略レベルでの防御的姿勢を指し、戦術レベルでの攻撃的姿勢を否定するものではない。2019年版国防白書『新時代的中国国防』は、「新時代の軍事戦略方針は、防御、自衛、後発制人（まず相手に手を出させ、有利な時機に反撃して相手を制する）の原則を堅持し、積極防御を実行し、「人が我を攻撃しなければ、我は人を攻撃しないが、もし人が我を攻撃すれば、我は必ず人を攻撃する」ことを堅持し、戦争の抑止と戦争の勝利の統一を強調し、戦略上の防御と戦役・戦闘上（戦術上：著者注）の進攻の統一を強調するものである」としている。

中国の防御的姿勢の内容は、通常兵力および核兵力における米中間の軍事バランスに対する中国の認識に基づいて決定される。中国は、米国と対等な軍事力を保有するため、計画を立てて軍備増強を進めてきた。習近平中央委員会総書記は中国共産党第19回全国代表大会における「報告」の中で、国防と軍隊を近代化する3段階の発展戦略を掲げ、第1段階として「2020年までに、機械化を基本的に実現し、情報化建設に重大な進展をもたらし、戦略的能力を大幅に向上させる」、第2段階として「2035年までに国防と軍隊の近代化を基本的に実現する」、第3段階として「21世紀半ばまでに人民解放軍を世界一流の軍隊にする」との見通しを示している iii。

また、2020年10月29日に19期五中全会において決定された「第14次五カ年計画」は、「2027年の（人民解放軍）建軍百年の奮闘目標を確保する」として、「二つの百年（中国共産党結党百年および中華人民共和国成立百年）」に加えて、軍備増強に関する新たな「百年」の区切りを設けた iv。中国は、その経済力を背景に、2019年版国防白書で掲げた「機械化、情報化の融合発展を推し進め、智能化の発展を加速させる v」という目標を前倒しにしているようにも見受けられる。

2021年11月9日に発表された台湾の国防報告書は、これら中国の軍事戦略および軍備増強の状況を受けて、「人民解放軍の軍事戦略の発展は保有する最新兵器と融合し、人民解放軍は今や「先制攻撃」を仕掛ける戦略と能力を有することを示している」と述べている vi。中国の言う「積極防御」戦略は、中国の安全が脅かされたと指導者が認識すれば先制攻撃も辞さないという意味でもあり、中国の通常兵力および核兵力の増強に伴って、台湾だけでなく、日本や米国も警戒を強めていると言える。

しかし、中国は米国との全面戦争を想定していない。習近平政権下での軍事戦略方針は「情報化された局部戦争に勝利する」ことであり、胡錦濤時代の「情報化条件下における局部戦争に勝利する」という方針から大きく変化した訳ではない。「局部戦争」に勝利することを方針としているのは、未だ、通常兵力において米国と均衡が取れていないと認識するからだと考えられる。

2022年8月2日から3日にかけて、ペロシ米下院議長が台湾を訪問し、中国は強く反発した。7月26日には中国国防部スポークスマンが「米国が強行すれば軍は座視しない」と述べ vii、反発は台湾を取り囲み封鎖するかのような軍事演習として具現化したが、米中両軍は直接の軍事衝突を避けるように距離を保った。中国人民解放軍の部隊の動きや演習を見れば、中国が懲罰を与えようとした相手は台湾であることが理解でき、中国人民解放軍が米軍との戦闘を避けなければならないと考えていることを示唆している。

２ 通常兵力の増強

先述のように、中国は、米国に対して通常兵力で対等になり、核兵力で相互確証破壊の状況を作り出すことを理想とし、主として経済的な理由により、まず核弾頭を搭載したミサイルの開発に国内資源を集中し、経済発展に伴って通常兵力の増強も加速してきた。

通常兵力の増強は、核抑止が破綻しても、台湾有事への軍事介入を含め、中国に対する軍事力行使を米国に思い止まらせることを目標に行われ、運用の変化に反映されてきた。例えば、中国海軍の運用の変化は、艦艇の近代化および大型化が可能にしたものである。2015年版中国国防白書『中国的軍事戦略』は、「海軍は近海防御と遠海防衛の戦略的要求に照らして、徐々に近海防御から近海防御と遠海防衛の結合型への転換を実現し、複合、多機能、高効率の海上作戦体系を構築し、戦略的抑止および反撃、海上機動作戦、海上統合作戦、総合防御作戦、総合保障能力を向上させる」とし、これまで近海防御を戦略的要求としてきた海軍が遠海防衛に係る作戦を遂行し始めたことを示した viii。

中国海軍では、2014年に初の052D型駆逐艦が就役しており、以後、大量に建造され、2022年7月現在、改良型を含めて25隻が就役している。また、1万トン級の055型駆逐艦は2014年12月に建造を開始したとされ、中国は「055型駆逐艦の作戦任務は、これまでの中国海軍の駆逐艦が列島線内または限定的に列島線を突破して作戦任務を遂行するのとは異なり、第二列島線を越えた遠洋、さらには全地球的な戦略に貢献する」とし、「空母戦闘群に配備される主要駆逐艦となる」としている ix。中国海軍が、外洋での運用を想定する型式を統一した大型艦艇を大量に保有し始める時期に、「遠海防衛」戦略が取り入れられていった。

中国は空母の配備も急いでいる。2012年9月には中国初の空母「遼寧」が就役し、2019年12月に中国2隻目となる空母「山東」が就役した。中国は、「山東」を中国初の国産空母と称している x。さらに、2022年6月17日、電磁カタパルトを装備し、中国海軍で初めてCATOBAR（Catapult Assisted Take Off But Arrested Recovery）方式を採用した003型空母が上海江南造船所で進水し、「福建」と命名された。中国は米国に次いで２番目に電磁カタパルトを採用した国になったのである。

海軍の他、人民解放軍空軍は、「空と宇宙を統合し、攻防を調整する」という原則の下、戦略認識、空爆、防空・対ミサイル、情報対峙、空中投下作戦、戦略投射、総合兵站の能力を高め、「自国防空部隊」から「攻防一体の部隊」に移行しつつある xi。

人民解放軍ロケット軍は、「核兵器と通常兵器を保有し、全次元的な抑止力を持つ」という原則に基づいてミサイルの研究開発と在庫の更新を進め、全部隊の共同攻撃能力を強化し、「外国軍に対する全次元的な拒否」という目標を達成しようとしている。また、中国は極超音速兵器の開発も進めており、2019年10月1日に挙行された建国70周年記念軍事パレードにおいて、極超音速滑空体を弾頭として搭載したDF-17が公開された。

人民解放軍戦略支援部隊は、「既存のシステムを統合し、民と軍の資源を融合する（軍民融合）」という原則に従って、航空宇宙、サイバースペース、電子対決の領域で戦力を統合し、研究開発中の実験部隊を新しい能力を備えた完全な戦闘部隊に転換する努力を進め、情報化戦争に勝つための重要戦力に転換している。

こうした通常兵力の急速な増強にもかかわらず、中国人民解放軍は未だ米軍には勝利できないと考えている。例えば、ペロシ下院議長訪台に対する中国の反応を見て、米国の空母は現在でも効果的な兵器であることが明らかになったという声も聞かれる。中国海軍も米海軍に対抗すべく、空母の建造、配備を進めているが、艦艇システムだけでなく、艦載機や艦載機搭乗員の面でも問題を抱えている。中国の最新の軍備は、戦力化が進んでいるものと未だ十分でないものが混在していると言える。

３ 核兵力の増強

中国は戦略核兵器としての大陸間弾道ミサイル（ICBM）の改良、開発、配備を継続している他、A2/ADの主力となる中距離ミサイル（IRBM）および準中距離ミサイル（MRBM）の開発も積極的に行ってきた。その中には、IRBMであるDF-26およびMRBMであるDF-21Dといった対艦弾道ミサイル（ASBM）が含まれる。両ミサイルとも、核弾頭および通常弾頭の双方を搭載可能である。

射程2000キロメートルとされるDF-21Dは山東半島付近および海南島にも配備されており、この二つの部隊で東シナ海および南シナ海を射程に収めるだけでなく、横須賀および佐世保に停泊している米海軍水上艦艇を常に標的にすることができる。また、射程4000キロメートルとされるDF-26は、第二列島線を越えて中国に接近しようとする米国の増援部隊を洋上で攻撃することができる。さらに中国は、H-6K大型爆撃機に搭載できる射程2500キロメートルのCJ-10巡航ミサイルも保有している。

これらA2/ADの能力は、米中間のICBM能力の差異によって核抑止が破綻しても米国の対中軍事力行使を思い止まらせることを目的に構築されてきた。しかし、中国は戦略核兵力の分野で自信をつけつつある。民間の衛星画像からも、現在、中国が内モンゴル自治区や甘粛省にICBMサイロを建設中であることが確認できる。中国はこれまで、山中にトンネルを掘って建築した格納庫に保管したICBMを発射台に引き出して発射する、あるいは、TEL（Transporter, Erector, Launcher）に搭載して機動展開して発射するといった方式でICBMを運用してきた。核兵器の保有は最小限に抑え、それら核兵器が敵の第一撃後も残存できるように運用して報復攻撃を行うという最小限核抑止である。

しかし、ICBMサイロは民間衛星からでも確認できるほど明確に位置を暴露しており、移動させることもできない。敵の第一撃を許せばICBMサイロおよびサイロに格納されているICBMが生き残ることは難しいということである。そのため、サイロを用いてICBMを運用するということは、敵がICBM発射の兆候を示した時点で自らのICBMを発射するLOW（Launch on Warning）という戦略の採用を示唆するのである。2021年11月に発表された米国の米中経済安全保障調査委員会の議会報告書は、中国が最小限核抑止を逸脱し、「限定的な核兵器先制使用」という新戦略を進めていく可能性に言及している xii。

他方、サイロを用いたICBMの運用は、中国が米国との間で相互確証破壊という状況を達成できるという認識を持つに至ったからこそ採用されるものである。中国は、核弾頭数を増加し、多弾頭化されたICBMを開発し配備してきた。" SIPRI Year Book 2022" によれば、2022年1月現在、中国の核弾頭保有数は350発であるが、2021年11月3日に米国防総省が発表した" Military and Security Developments Involving the People's Republic of China 2021" は、2030年までに中国が1000発以上の核弾頭を保有するとの見込みを示している。

また、中国はICBMの開発も継続している。中国最新のICBMであるDF-41シリーズは、2019年10月1日の軍事パレードにおいて初めて公開された。DF-41は射程14000から15000キロメートル、多弾頭化され最大10基の子弾を搭載できる。一方、米国のICBMミニットマンⅢは多弾頭化されているものの、搭載される子弾は3基である。ミニットマンは1950年代に開発が開始された、古い設計のミサイルである。

こうした状況が、中国が相互確証破壊に基づく対米核抑止に自信を持ち始めた背景にあると考えられる。中国が戦略核兵力で米国に並びつつあると認識すれば、これまで対米核抑止の破綻を懸念して構築してきたA2/ADの能力分を中国がアドバンテージとして認識する可能性がある。今後は、中国を抑止するために、米国およびその同盟国が中国のアドバンテージを埋める努力をしなければならなくなっているのである。

４ 複合的手段による対米抑止の試み

中国は非物理的手段を用いたハイブリッド戦の重要性を理解している。習近平総書記は、2014年4月に開かれた中央国家安全委員会の第1回会議において総体的国家安全保障観を提起した。当時の習近平総書記の説明によれば、総体的国家安全保障観とは、政治安全保障、国土安全保障、軍事安全保障、経済安全保障、文化安全保障、社会安全保障、科学技術安全保障、情報安全保障、生態安全保障、資源安全保障、核（原子力）安全保障等を一体化した国家安全保障体系である xiii。その後、宇宙安全保障、深海安全保障、サイバー空間安全保障等、具体的に示される範囲は拡大している。

一方の米国は伝統的に「政治戦（Political Warfare）」という概念を用いている。1948年4月、米国の外交官であったジョージ・ケナン氏は、広義の定義として、政治戦とは国家目標を達成するために、戦争に至らない全ての手段を国家の指揮の下に使用すること、としている xiv。ウクライナ侵略に伴って経済やエネルギー資源を含む全てを武器化しているロシアと同様、米国と中国も全ての手段を用いて対立し、あるいは戦略的競争を行なっているのである。こうした状況はハイブリッド戦がすでに生起していると捉えることもできる。

ハイブリッド戦には、経済制裁や海上・航空封鎖等による物流の遮断といった経済的手段の他、衛星や海底ケーブルといったネットワーク・インフラの破壊・無力化やサイバー攻撃、ディスインフォメーション・キャンペーン等によって敵の情報通信を撹乱・妨害して、情報的に孤立させ、あるいは適切な意思決定を阻害する情報戦や認知戦（Cognitive Warfare）が含まれる。

また、認知戦には、軍事演習や艦艇・航空機による接近といった軍事的手段を用いて敵に恐怖を与え、あるいは心理的に圧迫することも含まれる。2021年版台湾国防報告書は、すでに中国が台湾に対してこのような認知戦を仕掛けているとしている。ハイブリッド戦においては、軍と民の区別が困難である。そして経済的および外交的手段を用いた他国や地域に対する影響力の拡大も軍事的に利用される可能性がある。

先述の米中経済安全保障調査委員会の議会報告書は、中国のラテン・アメリカおよびカリブ諸国への影響力の拡大に懸念を示している。中国は、同地域において軍民両用となり得る港湾や空港の建設プロジェクトへの関与を強めている他、アルゼンチンには人民解放軍戦略支援部隊が運用する衛星観測施設が建設され、2018年から運用されている。ラテン・アメリカに衛星観測施設を有することは、中国本土からコマンドできない位置にある衛星等を観測し制御できるようになることを意味する。中国は2021年8月に、極超音速滑空体を用いた部分軌道爆撃システム（FOBS: Fractional Orbital Bombardment System）の実験に成功しており、宇宙を潜伏場所とする「自律型潜伏突撃戦」を実現するために、こうした施設が使用される可能性もある。

５ 中国が想定する将来の戦闘様相

国際秩序の分水嶺とも言われるプーチン氏のウクライナ侵略は、戦略核兵器を保有する国が核の使用をチラつかせて国際社会を恫喝すれば、侵略戦争を含む、実力による現状変更が可能であるという秩序を国際社会に広めかねない。

このような国際情勢の変化は、中国の情勢認識にも反映され、戦略の変化につながると考えられる。中国はロシアの主張を支持し、中国メディアは積極的に米国非難を繰り広げている。例えば、新華社は3月31日から4月5日にかけて6本からなるシリーズの「新華国際社評」を掲載した。社評は、中国がいう「ウクライナ危機」の黒幕は米国であり、開始したのも米国であると、米国を批判する内容である。このような報道を見れば、中国の軍事的目標が対米抑止であることに変化はないと考えられるが、現状に変化が生じているのである。

概して言えば、現段階では中国の台湾武力侵攻のハードルは上がっている。それは、中国がウクライナ戦争から以下のような教訓を得ているからだ。

第一は、核の恫喝の有効性である。プーチン大統領のウクライナ侵略は、核兵器を保有する大国が核戦争へのエスカレートを仄めかして武力行使すれば欧米や国際社会がこれを止めることができないことを明らかにしてしまった。

第二は、ハイブリッド戦の効果が未知数であるということである。サイバー攻撃、ネットワーク・インフラやライフラインの破壊、輸送路の遮断といった作戦の効果は事前に測ることが難しい。

第三は、国際世論に対する認知戦の難しさである。特に、ハイブリッド戦の効果が不十分で戦争が長期化すれば、侵略者の言い訳や嘘は通用しなくなる。

第四は、戦争が長期化すれば、国際社会に結束する猶予を与えるということである。その結果、侵略国は厳しい経済制裁等を課される可能性がある。

第五は、国内世論統制の重要性である。権威主義国家にとって最大の脅威は国内にある。特に、自軍に多くの死者が出れば、戦争を始めた指導者に対する批判が高まる。

こうした教訓を踏まえて、中国は、効果を測ることが難しいハイブリッド戦の強化だけでなく、物理的手段をもって短期の内に台湾を占領できる能力の構築を加速させるだろう。中国が台湾統一を諦めることはない。台湾が中国のハイブリッド戦に対抗する能力構築に努めていることも、中国のハイブリッド戦の効果を不明確にしている。

中国は、現在の人民解放軍に不足している、陸上兵力の渡海能力構築に注力すると考えられる。現在までのところ、中国海軍の075型強襲揚陸艦は３番艦まで進水しただけで、４番艦以降の建造が確認できない。一方で、近年、中国人民解放軍の民間船舶を使用した陸上兵力の渡海を含む着上陸合同演習がますます頻繁に実施されている xv。これら演習の内容から、人民解放軍の台湾着上陸作戦に民間のRORO（Roll on/Roll off）船が使用されるのではないかと注目されている。

しかし、非武装の民間船が第一陣の着上陸部隊を輸送することは難しい。最も損耗が激しい第一陣は依然として海軍の輸送力に依らなければならないだろう。現在、中国海軍は071型ドック揚陸艦を8隻保有し、075型強襲揚陸艦3隻体制を整えようとしており、さらに膨大な数の戦車揚陸艦も保有している。それでも台湾着上陸作戦を成功させるには不足であると見積もられている。

また、着上陸作戦は攻撃側に大量の死傷者を出す可能性が高く、中国国内の批判を招きかねない。そうすると、中国が考える陸上兵力の主体は無人機になる可能性がある。中国人民解放軍は、AIと融合した致死性自律型兵器（LAWS）を用いた智能化を目指すと明言している。智能化戦争における戦闘様相は「機械対人間」あるいは「機械対機械」になるとしている。中国は、数千、数万にも及ぶ無人機がAIと融合され相互に協調しながら敵を攻撃する自律型集団消耗戦、自律型潜伏突撃戦などを想定しているのである。中国は、自軍の死傷者を最小限に抑えるためにも、ミサイル等による空爆の後に台湾の防衛兵力を攻撃するために大量の無人機を使用する作戦を実施する可能性もある。2021年11月に開催された珠海航空ショーでも、無人機のブースには多くの種類の無人機が展示された。

おわりに

2022年6月10日から12日、シンガポールにおいてアジア安全保障会議（シャングリラ・ダイアログ）が開催され、この会議に合わせて米中国防相会談が実施された。しかし、中国はこの会談でも米国との緊張が緩和されるとは認識していなかった。中国政府のホームページは、国営新華社の報道を引用して、シャングリラ・ダイアログに参加した魏鳳和国防部長がオースティン国防長官と会談したという事実と、中国側の主張を米国に伝えたという内容を短く掲載するに止まっている。

新華社が詳細に報道しない一方、中国のタブロイド紙は同会談の内容を報じている。しかしその報道も、中国が米国に「重要な３つのシグナル」を送ったという一方的な内容である xvi。その３つとは、①「ガードレール」設置のために米国が何をなすべきか、②台湾をもって中国を抑え込むことはできない、③ウクライナ問題で中国の利益を損ねてはならない、である。「ガードレール」とは、2021年11月に実施された米中首脳テレビ会談においてバイデン大統領が、軍事的誤算などによって米中間の競争が紛争に発展しないよう習近平主席に「設置」を呼びかけたものである。

先述の記事は、米軍と中国軍の間のホットライン増設は米国によって米中関係のレッドラインに挑戦する口実にされる可能性があると否定的な見方を示し、魏部長が「中国の発展に対する正しい見方こそが米中関係に確固たる「ガードレール」を設置する唯一の方法である」と米国に念を押したと伝えた。

アジア安全保障会議の開催期間中も中国は米国を中傷し続けた。例えば、6月9日から12日、新華社は、新華国際時評として「米国の対中政策論評シリーズ」4本を掲載した。その一は「米国こそ米中関係に危害を加える者である」、その二は「米国こそ台湾海峡の平和の破壊者である」、その三は「米国こそ民主、人権を踏みにじる者である」、その四は「米国こそ国際秩序の破壊者である」と題された論評である。

その新華社は、最終日の魏鳳和国防部長のスピーチに合わせてアジア安全保障会議を総括した。記事は、米国のインド太平洋戦略に対する懸念が示されたと主張し、一方で魏鳳和国防部長が掲げた「全地球的安全保障イニシアティブ」が広く歓迎されたと報じている。同イニシアティブは、2022年のボアオ・アジア・フォーラムにおいて習近平主席が提起したものだ。同イニシアティブは、2021年の国連総会で習近平主席が提起した「全地球的発展イニシアティブ」と共に、今後、欧米主導の秩序に対抗する中国主導の国際秩序として主張されていくと考えられる。

新華社の「米国の対中政策論評」シリーズを見ても、中国の国際秩序構築と台湾統一は同等に重要な問題である。全世界に適用されるべきであると中国が主張する国際秩序の中で台湾武力侵攻が正当化されるのかどうか、その論理にも注意が必要である。

中国が米国との関係改善の見込みがないと認識する以上、米国の軍事介入を回避する手段は軍事力を用いた対米抑止しかない。台湾が独立を宣言する場合を除き、中国が台湾武力侵攻を決心するのは米国の軍事介入を回避できると認識した時であると考えられることから、今後も米中間の抑止力構築の競争は激化し、中台関係は米中間の軍事バランスに影響される状況が継続すると考えられる。

（笹川平和財団上席研究員）

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