提言・論考
このエントリーをはてなブックマークに追加

核大国化を目指す中国の狙い

飯田将史

はじめに

中国は1990年代から軍の近代化を推進してきた。台湾有事といった中国が関わる紛争が発生した際に、米軍による介入を困難にすることを目指して、人民解放軍は艦船や航空機などの海・空の装備や、対艦弾道ミサイル（ASBM）を含む様々なミサイルを増強し、接近阻止・領域拒否（A2/AD）能力の強化を図ってきた。また中国は、情報通信技術（ICT）を軍事に応用する「情報化」や、宇宙、サイバー、電磁といった新たな領域における能力の強化にも注力しており、中国の軍事力は米軍との差を着実に縮めつつあるといえよう。

こうした通常戦力における能力の大幅な強化に加えて、近年では中国の核戦力の強化にも注目が集まっている。米国防総省は2022年に公表した報告書の中で、中国が保有する核弾頭の数が、現在の400発程度から、2030年には1,000発程度、2035年には1,500発程度に増加すると予測した 1。また2021年には、中国が大陸間弾道ミサイル（ICBM）を配備する地下格納庫（サイロ）を大量に増設しているとの報道や報告も相次いだ。「世界一流の軍隊」の構築を目標に掲げる中国は、核戦力においても米ロに並ぶ「核大国」となることを目指しているようである。

核戦力の急速な強化を推進している中国は、自らの核戦力の実態の公表や、核兵器の管理をめぐる国際的な対話を拒否してきた。「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」が指摘するように、「中国による透明性や有意義な対話を欠いた、加速している核戦力の増強は、世界及び地域の安定にとっての懸念となっている」 2。本稿では、中国の核兵器に関する従来の政策を確認するとともに、最近の中国による核戦力増強の実態と今後の方向性を分析したうえで、核大国化を目指す中国が何を目的とし、どのような戦略を採ろうとしているのかについて検討したい。

１ 核政策に関する中国の従来の主張

中国は1964年10月16日に初めての核実験を行い、米国、ソ連、イギリス、フランスに続く第5の核兵器保有国となった。この実験に合わせて中国政府は声明を発表し、核兵器を保有する目的や、核兵器に関する政策などについて立場を表明した 3。この声明は中国による核兵器開発について、「ますます増大する米国による核威嚇に直面」している中国にとって「余儀なくされたものである」と正当化し、「米帝国主義による核恫喝と核威嚇政策に反対する闘争において手にした重大な成果である」と指摘した。そして、中国による核兵器の開発は、「核大国による核の独占を打破し、核兵器の廃絶につながる」とし、「世界の平和を守る事業に対する巨大な貢献である」と主張した。

同時にこの政府声明は、その後の中国の核戦略の柱の一つとされる「核の先制不使用」にも言及した。「中国による核開発は防御のためであり、米国が発動する核戦争の脅威から中国人民を守るためである」としたうえで、「中国はいかなる時も、いかなる状況下でも、先に核兵器を使用することはない」と宣言したのである。また中国は、非核保有国および非核地域に対して核保有国が核兵器を使用すべきでないとの立場も表明した。この核の先制不使用と、非核国・地域への核の不使用は、中国の公式な立場として現在まで維持されている。中国が保有する核兵器の規模については、2002年の国防白書で「自衛に必要な最低水準」とする立場が示された 4。2019年に公表された最新版の国防白書は、①いかなる時、いかなる状況下でも核兵器を先制使用しないこと、②非核国・地域に対しては無条件で核兵器を使用しないこと、③いかなる国家とも核の軍備競争を行わないこと、④自らの核戦力を国家安全に必要な最低水準に維持すること、⑤他国の中国に対する核兵器の使用もしくは使用の威嚇を抑止することを目的とした自衛防御の核戦略を維持することなどを指摘している 5。

これまで中国は自らの核戦略について体系的に説明したことはないが、一般的には敵による核の先制攻撃を受けた際でも、敵に対して確実に核で反撃できる能力（第二撃能力）を保持することによって、敵による中国に対する核攻撃や核による威嚇を抑止することを目指したものと理解されてきた。マサチューセッツ工科大学教授のテイラー・フレイベルは、これを「確証報復核戦略（nuclear strategy of assured retaliation）」と呼び、少数であっても敵の先制核攻撃から生き残る高い残存性を持ち、敵に耐え難い被害をもたらすことが可能な核兵器を保有することで、敵の核攻撃と核威嚇の抑止を目指すものと説明している 6。また、中国社会科学院米国研究所戦略研究室主任の樊吉社は、中国が核開発を行う唯一の目的が中国に対する他国による核攻撃を抑止することであるため、中国は他国による核攻撃を抑止するに足る最低限の核抑止力を保持する政策をとっており、中国は米ロに対して「非対称な核抑止力」を保持するにとどまっていると指摘している 7。

こうした中国の核戦略は、概して「最小限抑止戦略」と呼ばれている 8。その特徴としては第1に、核による反撃能力を保有することで、敵の先制核攻撃を抑止することを目指しているため、自らによる敵に対する核の先制攻撃が考慮されていないことである。そのため中国は核兵器の先制不使用を宣言できるのである。第2は、数は少なくても能力の高い核兵器を保有しなければならないことである。とりわけ保有する核兵器の残存性を高めることが重要であり、中国は大規模な地下核基地の建設やミサイルの固体燃料化による機動力の向上、隠密性の高い潜水艦発射型弾道ミサイル（SLBM）の開発などを進めてきた。そして第3は、中国の核兵器が敵国の大都市など民間の住民やインフラをターゲット（対価値：カウンター・バリュー）にしていることである。少ない核兵器で反撃を行う場合、敵の核兵器や関連施設を攻撃（対兵力：カウンター・フォース）するのでは敵の核戦力を無力化することは難しく、効果的な抑止を期待することはできない。限られた数の核兵器で敵を抑止するためには、被害が甚大となるカウンター・バリュー攻撃が現実的な選択といえるだろう 9。

２ 中国による核戦力の大幅な強化

しかしながら中国は、核の先制不使用や最小限の核保有といった政策に変更がないと強調しつつも、その核戦力の質と量の両面における急速な強化を推進している。中国は1980年代から、米国に対する主たる戦略核兵器として液体燃料式のICBMであるDF-5Aを少数保有し、およそ20基とみられるサイロを中心に運用してきた。しかし2010年代半ばには、個別目標誘導複数弾頭（MIRV）を搭載可能にしたDF-5Bを新たに配備した。MIRVの導入により、中国は1基のICBMで複数の核弾頭を異なるターゲットに向けて突入させることが可能となった。また、2000年代半ばには、初めての固体燃料式のICBMであるDF-31の配備を開始し、2010年代後半には、その大幅な能力向上版であるDF-31AGを配備している。固体燃料のDF-31は短時間で発射準備が完了し、発射台付き車両（TEL）に搭載して任意の場所から発射可能であり、敵による攻撃からの残存性が大幅に向上する。さらに中国は最近になって、固体燃料式でMIRVを搭載可能な最新のICBMであるDF-41の配備を開始した。現時点で中国は、およそ300基のICBMを運用していると見られる 10。

中国は、ICBMの増大に合わせるように、サイロの増設も推進している。これまで中国が運用するサイロの数は20基程度と見られていたが、甘粛省の玉門で約120基 11、新疆ウイグル自治区のハミで約110基 12、内モンゴル自治区のオルドスで約90基 13の増設作業が進展していると見られており、近い将来に中国は300基程度のサイロを運用することになると思われる 14。サイロ数の大幅な増加は、中国のICBMの残存性の向上につながるものといえるだろう。

また中国は、ICBMより射程の短い中距離弾道ミサイル（IRBM）や準中距離弾道ミサイル（MRBM）の配備も進めている。2010年代半ばに配備が始まったIRBMであるDF-26は、通常弾頭と核弾頭の双方を搭載可能であり、グアムを射程に収める4,000キロ程度の飛距離を有するとされている。また、2000年代から配備が始まったMRBMであるDF-21Aとその改良型であるDF-21Eは、射程が2,000キロを超えており、日本を含めた中国の周辺地域を核攻撃可能である。中国が自国周辺の戦域における使用を念頭に置いた核兵器の強化を図っていることは、21世紀に入ってからの新たな動きとして注目に値しよう。

さらに中国は、マッハ5を超える高速で飛翔する極超音速滑空体（HGV）を搭載したMRBMであるDF-17を最近配備した。HGVは高速で飛翔するだけでなく、滑空しながら軌道を変化させることができるため、既存のミサイル防衛システムでは対応が困難だとされている。DF-17は核弾頭も搭載できると見られており 15、中国は敵のミサイル防衛網を突破する高い能力を有する新たな核兵器を保有したことになる。また中国は2021年7月に、HGVを搭載した部分軌道爆撃システム（FOBS）の実験を行った。中国が打ち上げたHGVは、地球の軌道上をおよそ40,000キロにわたって飛翔したという 16。従来の弾道ミサイルシステムと異なり、FOBSは任意の方向から目標を攻撃することが可能なため、ミサイル防衛システムによる対処が難しいといわれる。中国によるHGVとFOBSの開発推進は、米国のミサイル防衛システムに対抗できる核戦力の確立を狙ったものといえるだろう。

中国は陸上発射型の弾道ミサイルと共に、いわゆる「核の三本柱（トライアド）」を構成するSLBMと戦略爆撃機の強化も推進している。中国は2000年代後半から新型の戦略原子力潜水艦（SSBN）である094型（晋級）の配備を開始し、2010年代初めまでに4隻を就役させた。この094型SSBNは、射程が7,000キロ程度とみられるSLBMであるJL-2（巨浪2）を搭載しているとされ、米国本土を攻撃するためには太平洋へ進出する必要があるとみられていた。中国は最近になって、改良型の094型2隻を就役させ、6隻のSSBNによる継続的な核抑止パトロールを開始した上に、これまで094型に搭載されていたJL-2が、射程が9,000キロを超えるとされる新型のJL-3（巨浪3）に換装されたとみられる。こうした能力の強化によって、中国は南シナ海や渤海などの近海からSLBMで米国本土を攻撃する能力を獲得しつつある 17。さらに中国は、094型の後継艦である096型（唐級）の開発も進めていると見られている。

米国の核戦力との比較において、中国が最も立ち遅れているものが戦略爆撃機である。中国の戦略爆撃機の主力であるH-6Kは、航続距離や兵器搭載量（ペイロード）などの面で能力が劣っており、搭載できる核兵器も自由落下型の核爆弾に限られていると見られている 18。しかし中国は戦略爆撃機の能力強化にも注力している。中国は最近、新型の戦略爆撃機としてH-6Nを運用し始めた。H-6NはH-6Kに空中給油機能を付加したものであり、航続距離が大幅に向上していると思われる。またH-6Nは、中国が開発中の空中発射型弾道ミサイル（ALBM）を搭載することが可能と見られており、中国の戦略爆撃能力の大幅な向上が見込まれる。さらに中国は、ステルス型の新型戦略爆撃機であるH-20も開発中と見られており、インターネット上にはその写真が数多く流布している。

３ 変化する中国の核戦略

最近の中国による核戦力の質と量の両面における急速な増強は、これまで一般的に理解されてきた中国の核兵器に関する政策から大きく逸脱するものである。米国防総省が予測する通り、中国が2035年までに1,500発の核弾頭を保有することになれば、新戦略核兵器削減条約（新START）で配備できる核弾頭数を1,550発に制限されている米国とロシアに並ぶ数の核弾頭を配備可能となる。しかも中国は核弾頭の運搬手段である地上配備型の弾道ミサイルやSLBM、戦略爆撃機の能力の強化、多様化、配備数の増加を図っており、核のトライアド能力の面でも米ロに匹敵する立場に至ると考えられる。そうなれば、もはや中国が保有する核兵器が米ロに対して数的に少ないとは言えず、最小限の第二撃能力を保持することで敵による核攻撃を抑止するという従来の立場とは大きく食い違うことになる。中国は質と量の両面において米ロと対称的な核能力の保有を目指しているように思われ、これまでの米ロとは「非対称な核能力」の保有に止めるとの方針は事実上放棄されつつあるといえよう。

中国が米ロと対称的な核戦力を保有することになれば、中国と米国の間にいわゆる相互確証破壊（MAD）の状況が生まれることを意味するだろう。中国は核弾頭の運搬手段の能力を飛躍的に向上させており、これは中国の核戦力におけるカウンター・フォース能力の強化をもたらしている。また、中国は地上配備型のレーダーの強化や、早期警戒衛星の打ち上げなどにより、いわゆる「警告即発射（LOW）」の態勢の確立を目指しているともいわれる 19。いずれも中国の米国に対する戦略的な核抑止力の強化につながるものであり、米中間でのMADの成立へのプロセスを加速させることになるだろう。中国が戦略レベルで米国に対する確固たる抑止力を確立すれば、いわゆる「安定・不安定のパラドックス」が米中間で生起して、地域・戦域レベルにおける中国による通常戦力の行使が容易になる可能性がある。中国は西太平洋の戦域において、通常兵力で米国に対して優位に立っているともいわれる。しかも中国は多数のIRBMとMRBMを保有し、低出力の核弾頭の開発も目指していると見られており、戦術核能力も強化されつつある。

核戦力を大幅に増強している中国共産党政権にとって、安全保障上の最大の課題は台湾の統一といってよいだろう。2022年10月に開催された第20回中国共産党全国代表大会（党大会）の活動報告で、習近平総書記は「台湾問題を解決し、祖国の完全統一を実現することは、党の決してゆるがない歴史的任務である」と指摘した上で、武力行使の選択肢は「外部勢力の干渉と、ごく少数の"台湾独立"勢力分子とその分裂活動に向けたもの」だと言明した。同年11月に米国のバイデン大統領と会談した習近平主席は、「台湾問題は中国の核心的利益の中の核心であり、中米関係において越えてはならないレッドラインである」と警告した 20。急速な近代化を遂げてきた人民解放軍の能力が、外部勢力である米国の台湾問題への介入の阻止を重要な目的としていることは明らかである。

このような中国共産党政権の戦略的な目標と、近年の中国による核戦力の大幅な増強を合わせて考えれば、その狙いは米国に対する強力な核抑止力を確立することで、台湾をはじめとした地域の問題に対する米軍による介入を抑止し、自らの軍事行動を優位に展開することにあるといってよいだろう。米国との間でMADを確立するだけでなく、戦術核の能力も強化し、核兵器使用のオプションを増やすことで、戦域レベルにおける中国による核兵器使用の信憑性は高まることになる。そうなれば、中国は核戦争へのエスカレーションを恐れることなく、通常兵器による米国やその同盟国、台湾などへの攻撃に踏み切りやすくなるだろう 21。核兵器による威嚇が、地域の戦争に対する米国の介入を抑止する効果は、ロシアによるウクライナ侵略でも注目された。清華大学ロシア研究院副院長の呉大輝は、ロシアによる核威嚇が米国とNATO諸国によるウクライナ戦争への参戦を抑止した効果は明らかだと指摘している 22。

中国が保有する核戦力を他国への威嚇の手段として用いる場合に、大きな障害となり得るのがこれまで宣言してきた核兵器の先制不使用である。「中国はいかなる時も、いかなる状況下でも、先に核兵器を使用することはない」のであれば、中国は他国に核兵器の使用をほのめかして威嚇することができないのである。このハードルに関して、元国連軍縮大使で、中国の核政策に関する権威である沙祖康が注目すべき発言をしている。2021年9月に開催されたシンポジウムで沙祖康は、「中国と米国が核の相互先制不使用で合意するか、米国が中国の戦略兵力の有効性を損なう措置を止めない限り、先制不使用は米国に対して適用されるべきではない」と主張したのである 23。米国に対する核の先制不使用を放棄することになれば、米国およびその拡大抑止を受けている同盟国に対して、核による威嚇を行うことが可能となる。もちろん沙祖康は元外交官であり、その発言は中国政府の公式な立場を代表するものではないが、これまで宣言されてきた公式の政策と明らかに異なる意見が中国国内で大きく報道された点には注意が必要である。今後、同様の意見の表明が続くか否かを観察すべきであろう。

これまでの議論を踏まえれば、中国の核戦略が大きな転機を迎えていることは間違いない。従来の中国の核戦略は、米ロに比べて少数だが確実な第二撃能力を保有することによって、他国による中国への核攻撃や核による威嚇を阻止することを目的とする非対称なものであった。ところが、近年の中国の核政策を見る限り、中国は米ロと質と量の両側面における対称的な核戦力を保有することにより、核攻撃や核による威嚇を行う能力を背景にして、他国に中国の要求を強要することを目指す方向へ向かっているといえるだろう。

おわりに

核戦力を大幅に増強している中国が、いわゆる「最小限抑止戦略」から「核による強要戦略」へと向かうことになれば、日本の安全保障は極めて厳しい状況に直面せざるを得ない。戦略レベルだけでなく、戦術レベルでも中国の核戦力が米国に接近すれば、中国による戦域における核使用のハードルは下がり、米国が提供する拡大抑止に対する同盟国の不安感が高まることになろう。中国は周辺諸国を圧倒する強力な通常戦力を既に構築しており、尖閣諸島などをめぐって日本に対する軍事的な威圧を大幅に高めることも想定される。また、中国の核大国化によって、これまでの米ロによる二極システムから、米中ロによる三極システムへと変化することにより、核をめぐる軍拡競争や、核兵器を使用するインセンティブが高まるとも指摘されている 24。今後、台湾海峡や東シナ海、南シナ海、朝鮮半島などをめぐって、中国による軍事的な威圧はますます高まることになるだろう。日本としては反撃能力を含めた抑止力の強化に尽力すると同時に、核抑止をめぐる米国との対話を深化させていく必要があるだろう。

（防衛研究所地域研究部中国研究室長）

提言・論考
カレントトピックス
秋山通信