提言・論考
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中東情勢と日本のエネルギー安全保障

小林 周
日本エネルギー経済研究所中東研究センター研究員

はじめに

本稿では、不確実性を増す中東情勢とグローバルなエネルギー動向が、日本のエネルギー安全保障に与える影響について考察する1。

近年、中東情勢が不安定化し、域内諸国が緊張状態にある中で、突発的な武力衝突が発生するようになった。日本は石油・天然ガスの供給を中東地域に依存しており、中東の不安定は日本のエネルギー安全保障や経済に深刻な影響を与え得る。他方で、現状では日本が短期的に「脱・化石燃料依存」や「脱・中東」を実現することは容易でない。この点を踏まえると、日本はエネルギー資源の中東地域への依存が当面は続くことを前提として、中東の情勢不安定化に対応可能な体制を構築する必要がある。同時に、日本として中東安定化への貢献の重要性も高まっているといえよう。

不確実性を増す中東情勢と米国の関与低減

近年の中東情勢の変化の背景には、地域における米国の関与低減、ロシアの軍事的影響力拡大、さらに中国の進出という戦略環境の変化が指摘できる。特に、トランプ政権下の米国が中東への関与を低減させ、「調停者」としての役割を放棄しつつあることの影響は大きい。他方で、ロシアはシリア内戦への軍事介入や軍事基地の構築、各国への兵器・軍需品の販売など、中東における軍事プレゼンスを高めている。また、中国の推進する「一帯一路」構想において、中東は経済関係を中心に重要な位置を占める。

このように変化する環境下で、中東域内諸国は独自の外交・防衛政策を展開するようになったが、各国が国益を追求することで、地域全体の安定が阻害されている。域内では、イスラエルとイランおよび親イラン勢力、イランと湾岸アラブ諸国、サウジアラビア・UAE・エジプトとカタール・トルコのように、多層的な対立・協力の構造が生まれている。その結果、地域協力枠組みである「湾岸協力会議（GCC: Gulf Cooperation Council）」は機能不全に陥った。さらに、「アラブの春」による内戦を経験したイエメン、リビア、シリアでは、政府の統治機能が弱体化しており、国境管理や治安維持が十分に行われていない。その中で、レバノンのヒズブッラー、パレスチナのハマース、イエメンのフーシー派、イラク・シリアのクルド武装勢力、シリアの反政府勢力、イラクのシーア派民兵組織など、強力な非国家主体が台頭し、国家と同等の影響力を持つようになった。

以上の通り、各国が地域の安定より国益を追求し、地域の紛争解決メカニズムが機能せず、一部の国家で政府が弱体化し、非国家主体が台頭した結果、中東域内では偶発的な武力衝突が発生しやすくなっている。それだけでなく、対立する諸国の対話チャネルが限定的になったことで、衝突の連鎖によるエスカレーションの可能性が高まっている。

ここで、米国のエネルギー政策と対中東政策の変化について触れておきたい。トランプ政権は、「An America First Energy Plan」を政権公約として掲げ、国内エネルギー資源の最大活用、対外石油依存からの脱却、化石燃料生産に対する環境規制の緩和、シェールオイル・ガス生産の最大化による雇用増、クリーンコール技術開発の促進、石炭産業の復興などを進めてきた2。また、シェールオイル・ガス生産の増大などによって、米国は2020年に純輸出国に転じ、2050年まで純輸出国であり続けると予測されている3。米国は、対中東政策においても、このエネルギー需給における優位性を、外交政策とリンケージさせていくとみられる。つまり、自国のエネルギー安全保障が確立され、外部から影響を受けにくい状況において、より強硬な外交政策を取る余地が広がるということであり、対イラン政策はその実例だとみられる4。石油・ガス価格には強い関心を寄せるものの、資源の安定供給のためのシーレーン防衛には消極的であり、米国が航行の自由を担保することは一方的な負担であると考えている。そのため、同盟国を含めた各国に「負担の分担（burden sharing）」を求めている。

エネルギー自給率の高まりは、米国にとって中東の戦略的重要性を低下させているといえよう。もちろん、中東における米国の権益はエネルギーだけではなく、その他の経済権益、同盟・協力関係、各地の米軍基地や駐留米軍など多岐にわたる。エネルギー安全保障に直結はしないが、中東で事業を行う米国系エネルギー企業は重要な存在でもある。しかしながら、自国のエネルギー安全保障のために米国がリスクやコストを負担しながら中東の安定化に貢献する必然性は低下している。この点を踏まえると、日本の対中東関与やエネルギー安全保障のあり方にも変化が求められているといえよう。

現状では、米国、イラン、イスラエル、サウジアラビアのいずれも戦争は望んでいないといえる。トランプ政権は中東での武力行使を躊躇はしないが、イランのソレイマーニ司令官や「イスラーム国（IS）」のバグダーディー指導者の暗殺、シリアのアサド政権の化学兵器使用に対するミサイル攻撃のように、いずれも限定的な攻撃にとどまり、全面戦争は回避してきた。しかし、イラン、イスラエル、サウジアラビアなどが計算を誤ったり、圧力を高めようとした場合、または非国家主体が突発的に武力攻撃を行った場合、局所的な対立が過剰な反応を引き起こし、エスカレーションによって中東域内で「意図せざる戦争（unwanted war）」を引き起こす可能性は否定できない5。

脆弱さを増す日本のエネルギー安全保障

このように中東情勢が不確実性を増す中で、中東に石油・天然ガス資源を依存する日本のエネルギー安全保障は脆弱さを増している。

各国がエネルギー政策を考える上でもっとも大事な点は、「安全性（Safety）」を前提とした上で、安定供給（Energy Security）、経済効率性（Economic Efficiency）、環境への適合（Environment）のバランスを取ることにある。エネルギーを安定的に供給するためには、エネルギー源となる燃料などを安定的に調達することと、継続的なエネルギー供給を確保することが求められる6。

日本のエネルギー自給率は1割を切っており、原油、天然ガス、石炭といったエネルギー資源の大部分を輸入に依存している。また、再生可能エネルギーや原子力の大量導入には技術的、経済的、社会的な課題を抱えていることから、エネルギーの安定供給において大きな課題を抱えている。日本のエネルギー自給率は、2000年代には20%前後の水準を保ってきたが、2011年の東日本大震災以降に原子力発電の発電量が減少したため、一時は6%まで低下した。近年は再生可能エネルギーによる発電量の増加や原発の再稼働、省エネルギーの進展などによって自給率が回復しつつあるものの、10%程度にとどまっている。

加えて、日本の地理・気候条件はエネルギーの安定的確保に不向きであると指摘される。地理的には、島国であり隣国とのエネルギー・インフラの接続がないことから、欧州やユーラシア諸国のように国家間でエネルギー資源や電力を融通しあうことが難しい。さらに、近年は東シナ海・南シナ海における緊張が高まっており、有事の際にはエネルギー供給の観点からもシーレーン安全保障が脅かされる可能性が指摘される7。気候面では、近年の自然災害の激甚化とエネルギー・インフラの老朽化に伴い、国内のエネルギー供給が寸断される事例が増加している8。

エネルギーにおける3E+Sの考え方

出所：資源エネルギー庁9

このような状況下、中東における地政学リスクの増加は、同地域から原油の8割以上、天然ガス3割弱を輸入する日本のエネルギー安全保障を脅かす大きな要因となっている。それでは、リスク回避のために原油・天然ガス輸入の中東依存度を低減させるという選択肢はどの程度現実的なのだろうか。結論からいえば、中東依存度を短期に急減させることは難しいという見方が強い。

まず、世界で確認されている原油の約半分が埋蔵される中東では、輸出余力が大きいために原油の大量購入・積荷が可能であり、輸入国にとって経済性に優れている。原油の生産コストも、世界で最も低い。逆に中東以外の産油国では、原油の生産量や開発コストが安定しない場合が多く、中長期的に安定した量の原油を確保することが難しい10。また、主要な産油国の中では日本を含めたアジア諸国にとって相対的に距離が近く、輸送コストを抑えることが可能である。

さらに、日本が長期にわたって中東から大量の原油を輸入してきた経緯から、日本国内の製油所の多くは中東産原油の精製を想定して設計・運転されている。このため「経路依存」が発生しており、原油の輸入元を中東以外の地域に振り分けることは、技術面、経済面で容易ではない。また、政府が企業を統制可能な中国などとは異なり、日本政府として民間の石油会社に対して中東依存度を下げるよう規制をかけることは難しい。

中東産油国の一部は、石油市場における需給のバランスを取るために原油の生産量を抑え、余剰生産能力を蓄えている。このため、急な石油需要の高まりにも追加供給に応じることが可能である。ただし、輸入国にとって、緊急時にも安定的に原油を確保するためには、余剰生産能力を持つ中東産油国との平時からの関係維持が重要となる。

もちろん、日本の原油輸入量はピーク時の1990年代半ばから日量150万バーレル（b/d）減少しており、今後も人口減少や省エネ技術の発展によって石油需要は減少すると見込まれている。一方で、原油の輸入量・消費量が減ったとしても、上述の要因から、中東依存度が短期に減少するとは考えにくい。仮に石油需要が減少した分を全て中東からの輸入量低減に当てたと想定しても、中東依存度は2019年時点の9割弱から7割程度にとどまると見込まれている。

日本の原油輸入量と中東依存度

出典：資源エネルギー庁「資源・エネルギー統計年報・月報」をもとに作成

日本の原油輸入先

※2019年5月以降、イランからの原油輸入は停止
出所：資源エネルギー庁11

エネルギー地政学とホルムズ海峡

これまでみてきた通り、日本のエネルギー自給率は1割に満たない状況が継続しており、エネルギー供給における中東依存度は、引続き高いレベルで推移する可能性が高い。これらの点を踏まえれば、中東情勢の不安定化は日本のエネルギー安全保障に大きな影響を与えると想定される。また、エネルギーの問題とテロ・治安の問題が結びつく事件も増えるだろう。例えば2013年にアルジェリア南部で発生した「イナメナス事件」では、天然ガス施設が武装勢力に襲撃され、10人の邦人が命を落とした。また、2019年6月に日本の海運会社が保有するタンカーがホルムズ海峡付近を航行中に攻撃を受けた事件は、中東情勢の不安定化が日本の権益にとって直接的な脅威となるリスクを浮き彫りにした。

ロバート・カプラン（Robert Kaplan）は、地政学的な観点からエネルギーについて考えるためには、エネルギーの供給地と消費地、そしてそれらを結ぶルートに焦点を当てる必要があると述べた。そして、チョークポイントやシーレーンといった概念が重要な意味を持つと指摘した12。「エネルギー地政学（energy geopolitics）」は、必ずしも古典的な国家間の戦略的競争を前提とした考え方ではないが、国家の存続および発展に不可欠なエネルギーの安定的確保のためには、地政学や安全保障、国家戦略と組み合わせた視点が求められる。この点は、石油・天然ガスのパイプラインが国境を越えて張り巡らされるユーラシアや中東地域において顕著である。

エネルギー地政学の観点からは、中東の産油・ガス国の不安定化にとどまらず、輸送ルート、大規模な自然災害や紛争など、多様な供給途絶や市場変動のリスクを検討する必要がある。中東地域には、ホルムズ海峡、バーブル・マンデブ海峡、スエズ運河など、原油の供給に関わるチョークポイントが複数存在しており、政治変動や紛争は供給途絶のリスクを高めやすい。これらのリスクは、緊急増産を担保する生産国の余剰生産能力が不十分な場合、あるいは供給途絶時における備蓄放出や相互融通など国際的な協力体制が未整備な場合、価格の急騰をもたらす可能性がある13。

特に、ホルムズ海峡は石油・ガス輸送におけるチョークポイントとしての重要性が極めて高い。同海峡は中東のペルシャ湾岸から世界各地に原油を輸出する際に必ず通る地点であり、2016〜18年にかけて、グローバルな原油・石油製品輸出の21％がホルムズ海峡を通過した。この内訳をみると、欧米向け航行量が減少した一方で、アジア向け航行量が増加している。特に日本と韓国は依存度が高く、日本向け原油の85%、液化天然ガス（LNG）の30%、韓国向け原油の70％以上、LNGの約40％がホルムズ海峡を経由している。他方で、中国では政府が石油企業に対して原油の購入先を多角化するよう統制することが可能なことから、原油輸入における中東依存度は約30％に抑えられており、ホルムズ海峡危機におけるリスクは相対的に低いといえる。

ホルムズ海峡の代替輸送ルートとしては、①サウジを横断する「東西パイプライン（Petroline）」および②UAEのHabshan-Fujairahパイプラインが想定される。サウジアラビアは、緊張が高まるイランと相対するペルシャ湾へのエネルギー輸出や経済産業の集中を避け、紅海への関与による経済・安全保障面での機会拡大やリスク分散を求めてきた。1981年にはホルムズ海峡を迂回する送油・ガスルートである「東西パイプライン」が完成した。同パイプラインは2016年時点で480万b/dの輸送能力、100万～280万b/dの余剰送油能力を持つとされる。同様に、UAEもホルムズ海峡を通過せずに原油の輸送が可能なHabshan-Fujairahパイプライン（送油能力150万b/d）を2012年から操業させた。

しかし、これらの代替輸送ルートをもってしても、ホルムズ海峡の安全保障リスクは解消されない。まず、２つのパイプラインの輸送能力は合計800万b/d程度で、ホルムズ海峡の航行量1,700万b/dを代替できる量ではない。また、ホルムズ海峡周辺で大規模な武力衝突が起きた場合には、代替パイプラインも巻き込まれる可能性があるだけでなく、石油会社、海運会社、保険会社などが現地情勢をリスク視して操業を制限させることで、日本の経済活動に必要な石油を積載・輸送できない可能性もある。さらに、東西パイプラインの出口である紅海側の海域も、沿岸のイエメンやソマリアの政治・治安情勢は不安定であり、バーブル・マンデブ海峡というチョークポイントを抱えているため、別のリスクを抱えている。

原油輸送におけるチョークポイント

数値（100万バーレル／日）は2016年のデータに基づく
出所：Bloomberg14

地政学リスクの高まりと日本にとっての課題

以上の通り、近年中東では地政学的なリスクが高っているが、それにもかかわらず石油・ガス市場はほぼ反応せず、「無風状態」を保った。この背景には、原油・ガス市場は供給過多の傾向が続いていることに加え、世界的なマクロ経済の悪化懸念が地政学的リスクを吸収したことが指摘できる。

2019年9月14日、サウジアラビアの石油関連施設に対して巡航ミサイルやドローンを用いたとみられる大規模な攻撃が発生した。米国やサウジアラビアは攻撃の背後にイランの関与を指摘したが、明確な立証はなされていない。事件の直後、原油価格（ブレント）は１バーレル60ドル前後から69ドルまで急激に上昇したものの、サウジ政府が短期間での復旧見込みを発表したことに加えて、米中貿易戦争など世界経済の停滞要因を懸念する見方が強まり、すぐに下落した。同年10月には紅海を航行中のタンカーに対する攻撃が発生するなど、安全保障リスクは増加したが、原油価格はほとんど反応しなかった。

このような市場の反応をみる限り、短期的には原油価格が上昇に転じるシナリオは想定しにくいといえる。ただし、上述のサウジアラビアでの石油施設攻撃による原油の供給途絶量は最大時で570万b/dにものぼり、1979年のイラン革命と同規模に当たる。これはオイルショックを引き起こした1973年のアラブ諸国による石油禁輸措置（430万b/d）や1990年の湾岸戦争（430万b/d）よりも大きな規模であり、需給状況によっては原油価格もより大幅に上がった可能性がある。

また、サウジアラビアの原油の余剰生産能力は400万b/dと世界最大であり、同国以外の OPEC加盟国の余剰生産能力を合計しても100万b/dに満たない。つまり、サウジは生産量の調整によって原油市場を安定させることができる重要な国であるが、同国自身が攻撃されて生産能力が急変した場合、同じレベルで原油の需給バランスを調整可能な国は存在しない。市場への影響が小さかったとはいえ、中長期的なエネルギー安全保障の観点からは、中東地域における武力衝突の影響を軽視するべきではない。

中東において複数の国を巻き込む全面戦争が発生する見込みは短期的には低いが、「戦争状態には至らずとも域内諸国が緊張状態にあり、武力衝突が突発的に発生し、邦人や日本権益が巻き込まれる」という状況は継続する可能性がある。政府は2020年1月からアラビア海北部、アデン湾、ジブチなどに情報収集を目的として自衛隊を派遣しているが、中東地域の緊張状態が一過性のものではない以上、持続的に対応可能な体制を整える必要がある。エネルギー地政学の観点からの情報収集・分析に加えて、サイバー攻撃やドローンといった軍事上の技術革新が地域情勢に与える影響についても分析が求められる。

中東からの原油供給が途絶・急減した場合、他国との調達競争の激化が想定されるため、日本として最も重要な対策となるのは備蓄である。現在、日本国内には民間備蓄・国家備蓄・産油国共同備蓄15を合わせて238日分の原油が備蓄されている。ただし、国家備蓄の放出はこれまで実施されたことがないため、有事に備蓄を円滑に活用できる体制の整備が重要になる。

逆説的だが、中東地域の政治・安全保障環境が不安定であるにもかかわらず、原油・天然ガス価格が抑えられている状況は、日本の対中東政策やエネルギー安全保障体制を再検討する上で重要な機会だといえる。日本が中東域内における緊張緩和に貢献できれば、短期的には紛争リスクの低減、中長期的には日本を含めたアジア地域におけるエネルギー安全保障の確保が期待できる。この点で、「自由で開かれたインド太平洋（FOIP）」構想は経済・外交・安全保障を組み合わせた地政学的戦略（geo-strategy）および多国間協力メカニズムとして、日本の対中東関与における１つの軸となり得る。換言すれば、「アジアにおけるシーレーンの安全とエネルギー安全保障の確保」というマクロな視点から、日本を含めた域外国が中東安定化のために協力する余地が生まれるだろう。

おわりに：中東を襲う「2つのショック」

以上の通り、本稿では不確実性を増す中東情勢とグローバルなエネルギー動向が、日本のエネルギー安全保障に与える影響について考察した。最後に、本稿執筆時点（2020年4月下旬）で、現在進行形で中東地域に広がる「2つのショック」、すなわち新型コロナウイルスの蔓延と原油価格の急落の影響について展望する。

世界銀行は2020年4月、中東・北アフリカ地域の経済成長見通しを、2019年10月の前年比プラス2.6%からマイナス1.1%へと大幅に引き下げた。新型コロナウイルスの蔓延による世界経済の停滞や移動制限は石油・天然ガスの需要減をもたらすとして、サウジアラビア0.2％、UAEマイナス1.1%、イランのマイナス3.7%など、多くの産油国ではマイナス成長が見込まれている。非産油国では、主要産業の観光や製造業、産油国への出稼ぎ労働の停滞などから、レバノンではマイナス10.9%、チュニジアではマイナス4.0%など、さらに厳しい見通しが並ぶ。すでに2020年10月に開催予定であったUAEドバイ万博は1年延期が決定し、サウジアラビアで行われる予定のG20首脳会議にも暗雲が立ち込めている。

さらに、産油国による協調減産体制の崩壊と石油価格の急落が追い打ちをかけている。3月6日、OPECにロシアなどを加えた「OPECプラス」の減産交渉が決裂し、その後にサウジアラビアが大幅な増産を発表したことから、原油価格が1バーレル20ドル割れ寸前にまで急落した。4月12日、OPECプラスは970万b/dという史上最大規模の減産に合意したものの、新型コロナウイルスの感染拡大にともなう需要減と重なって、4月20日にはWTI原油価格が一時的にマイナスとなった。現状は中東諸国やロシアだけでなく、シェール産業を抱える米国にとっても深刻な危機であり、各国首脳は価格の安定に向けて動いているとみられるが、エネルギー需要の減少は長期化・拡大するとみられており、原油価格には下押し圧力が働き続けている16。

中東の主要産油国は財政収入の大部分を石油輸出収入が占めており、収入減少に伴う支出削減により景気の減速が懸念される。また、非産油国は産油国から投資や援助を受け入れ、労働力を産油国に提供して出稼ぎ収入を得ていることから、産油国の景気の影響を受ける。「安すぎる原油」は産油国・非産油国の政治・経済不安を誘発するだけでなく、本来必要なエネルギー投資を阻害するため、中長期的にはグローバルなエネルギー安全保障を毀損するリスクがあることに警戒が必要である。

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