提言・論考
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北朝鮮の経済社会情勢と対南関係

三村光弘

はじめに

金正恩は、2011年12月17日の金正日の死去を受け、同月30日の朝鮮労働党中央委員会政治局会議で、朝鮮人民軍最高司令官に推戴され、北朝鮮の最高指導者としての活動を開始した。本稿では、金正恩政権の北朝鮮の10年の経済社会像の変化を回顧しつつ、2021年1月に開かれた朝鮮労働党第8回大会の準備段階から見られる北朝鮮における変化を紹介し、あわせて新型コロナウイルス感染症（COVID-19）への対応を含めた北朝鮮の経済社会像を概観する。そのうえで、北朝鮮にとって韓国との関係が持つ意味を韓国の対北関係との違いを含めて解説する。

1. 金正恩政権の10年

ここ10年の北朝鮮を見るとき、前半（2012年〜16年）と後半（17年〜2021年）では北朝鮮が置かれた環境に大きな違いがあることに留意が必要である。結論から言えば、前半は国際社会との関係では金正日時代に開発してきた核・ミサイルの実験等で制裁を受けてはいたが、それが対外経済関係に致命的な影響を与えるほどではなかった。また、中国との関係はおしなべて悪かった。国内的には、経済を成長させるため、慎重ながらも思い切ったインセンティブの導入に取り組み、同時に民間部門の経済活動を半ば黙認したため、経済状況は改善した 1。

後半は米国のトランプ政権の誕生により米国が北朝鮮の核・ミサイル問題に本格的に取り組み始め、韓国では朴槿恵政権が弾劾により終わり、民族主義色の濃い文在寅政権が発足したことにより、米韓による北朝鮮の核・ミサイル問題への関与が深まった。歴史上初めての米朝首脳会談が2回行われ、中朝、南北、ロ朝の首脳間の対話が頻繁に行われるようになり、朝鮮半島問題がグローバルな問題として認識されるようになった。中国の国際政治面での台頭と軌を一にして、中朝関係も改善に向かっている。反面、前半に行った核実験や継続して行った大陸間弾道ミサイルの発射実験により、国連安保理決議による国際的制裁が強化され、輸出の9割程度を占める品目が制裁の対象となり、産業の発展に必要な資本財や中間財の輸入が大きく制限されるようになった。対外経済関係の縮小は、輸出にともなう国内での増産や輸出によって得られる外貨による資本財、原材料の輸入によって拡大していた国内での生産、所得を減少させ、経済の外形的な成長は鈍化ないしは縮小した。

金正恩時代の最初の5年間の改革の成果、特に国営企業や協同組合の経営自主権の拡大（「社会主義企業責任管理制」）は憲法に書き込まれ、金日成時代に始まった企業内の朝鮮労働党委員会の経営への関与を促す制度（「大安の事業体系」）や平均主義（「共産主義」の表現）は憲法から削除されるなど、今後の北朝鮮社会に大きな変化をもたらしうる基礎として留意すべきである。

2. 朝鮮労働党第8回大会（2021年1月）前後からの北朝鮮の変化

朝鮮労働党第8回大会の準備過程である、2020年8月13日の朝鮮労働党中央委員会政治局第7期第16回会議から、2021年11月に至るまで、政治局の会議が公開されるようになった 2。これまでも政治局会議に関する報道はあったが、重要な決定が採択された報道に付随して出てくるものであった。

朝鮮労働党第8回大会は、2021年1月5日〜12日の8日間開催された。2016年5月に開催された朝鮮労働党第7回大会で、経済建設に問題があることを率直に認め、華々しい成果がなくとも党大会を5年ごとに開催する体制を作ったが、実際にそれが事実であることが証明された。金正恩はこの大会を「活動する大会、闘争する大会、前進する大会」と位置づけ、成果だけを強調する儀式ではなく、収められた成果と経験、現れた欠点と原因を総括し、実際の改善対策を立てることを重視したものに変えようとしていることが見て取れた。その後の各種会議を見ても、この方向性は2021年11月に入っても貫徹されている 3。これまでは下部組織が上部組織に服従する軍事的規律を重視してきたが、現場の声を聞く姿勢を強調しつつ、民主集中制原則の下での党内民主をある程度許容する方向性を見せたと言えよう。

人事においても、2021年1月18日に行われた最高人民会議第14期第4回会議で、内閣の相（大臣）に多くの比較的若い人々が任命された 4。これまで、副相や局長級に40代が登用される例はあったようだが、この流れが相まで行き着いたことになる。第8回大会以後の北朝鮮では、美辞麗句ではなく、実際の問題をどのように解決するかを重視する実事求是の考え方が重視され、幹部たちが自己批判する討論が党機関紙『労働新聞』にも頻繁に登場するようになった。

COVID-19にともなう特別防疫体制を実施して1年半を超え、貿易が激減して物資不足がひどくなったとみられるが、それでも「すべての貿易活動が経済部門の輸入依存性を減らし､自立性を強化する方向で拡大､発展するように」（2021年9月29日最高人民会議第14期第5回会議での金正恩総書記の施政演説）釘を刺しており、安易に輸入に頼るのではなく、国内での研究、開発を重視する姿勢を維持している。北朝鮮経済の基礎体力を涵養しようとする改革性向は、それが即時的な効果をもたらさない中でも継続していることに留意が必要である。

3. 新型コロナウイルス感染症（COVID-19）と北朝鮮の経済社会像

北朝鮮では、中国でのCOVID-19の拡大を受け2020年1月30日に特別防疫措置を発動し、即日中国との交通を停止したほか、2月初めには全国境を封鎖した。初期には外交官を含む国内の外国人や海外出張から帰国した国民に対する隔離、これらの人々と接触した人々に対する医学的観察措置などを徹底して行った。COVID-19を防ぐことが、北朝鮮の社会主義体制の「優越性と威力」を世界に宣伝する好機として捉え、2021年10月末現在でも国内で感染者はゼロであると公式に報道しているにもかかわらず、厳しい防疫措置を継続している 5。

2020年の夏から秋にかけて、北朝鮮は台風が多く通過し、黄海南道、黄海北道、江原道、咸鏡南道、咸鏡北道、羅先市などで風水害被害が続発した。これに対して朝鮮労働党は被災地に人民軍を送るなどして住宅再建を始めとした復旧に取り組んだ。9月の東海岸の風水害被害では、人員不足もあってか、平壌市の党員（その多くは「黎明通り」などの建設経験がある党員と思われる）を1万2000人送って建設に充てることにした。黄海道では9月から、東海岸では10月から住宅完成のニュースがかなり詳細に報道されるようになった。

2020年9月7日発『朝鮮中央通信』は、金正恩朝鮮労働党委員長が平壌市の党員に対し、台風9号で大きな被害が出た東北部の咸鏡南北道の復旧作業への参加を呼びかけた公開書簡を受け、平壌市で6日の1日だけで30余万人の党員が被災地復旧に志願したと伝えた。2020年9月9日発『朝鮮中央通信』によれば、台風9号で大きな被害が出た東北部の咸鏡南・北道の復旧作業に志願した平壌の党員1万2千人が8日、現地に向け出発した。その後、10月から12月にかけて、黄海南道、黄海北道、咸鏡南道、咸鏡北道、羅先市、江原道などで、完成した住宅への入居の儀式を伝えるニュースが続いた。風水害被害に遭った住宅の再建は、被災者にとっては急を要する問題であり、特に冬の訪れが早い北部地域では、住宅建設の遅れは生命の危険をまねきうる問題であったため、かなりの危機感を持って対処が行われた。党大会を控えていたと言うこともあるが、現在の朝鮮労働党は「人民大衆第一主義政治」を標榜しているので、党の宣伝を実際の行動で示す機会となったといえる。

2020年4月13日発『朝鮮中央通信』によれば、同日最高人民会議第14期第3回会議が開かれ、第5議題として「2019年の国家予算執行の決算と20年の国家予算に対して」が報告された。ここで審議された2020年の歳入に関して、同年から国家投資固定財産減価償却金を国家予算に動員して利用するとのアナウンスがあった。本来、固定資産の減耗に備え、積み立てるべき固定財産減価償却金を流用することは、財政状況が厳しいことを示す。2021年の予算でも固定財産減価償却金については触れられていないので、この状況が継続していると推測される。

2021年に入っての中朝、ロ朝貿易を見ると、取引されている品目は燃料と一般国民の消費用と思われる品目がほとんど。産業用の資本財や中間財は国際的制裁のために輸入が難しい。COVID-19の世界的流行に伴う「特別防疫体制」は、COVID-19の北朝鮮国内での大流行を防ぐほかに、厳しい経済状況の中で、国民の危機意識を高め、金正恩体制を安定させる役割を担っているといえ、中国と同様に早期の国際的交流の再開はないのではないかと推測する。

実際のところ、COVID-19は日本や中国、韓国など東アジアでは感染者、死亡者ともに他の地域と比較すれば傷は浅く、北朝鮮での感染者が本当にゼロでなくとも、世界保健機関（WHO）の2018年の統計による人口10万人当たり約80人の結核での死亡者（人口2500万人で年間約2万人となる） 6と比較すれば、少ないと言えるであろう。

4. 北朝鮮にとっての対南関係

韓国の人口は北朝鮮の約2倍で、韓国の2021年の国防費は52兆9174億韓国ウォン（約4兆7926億円）。日本の2021年度の防衛費5兆1235億円に肉薄している。2021年7月に韓国の中央銀行である韓国銀行が推定した2020年の北朝鮮の名目国民総所得（GNI）は、韓国ウォン建てで35兆ウォン（韓国のそれは1948兆ウォン）であり、韓国の国防費よりも少ない。

文在寅政権下では、「国防改革2.0」という少子化を背景とする徴兵での兵力削減と職業軍人の増員、米国からの戦時作戦統制権委譲を睨んだ、軍の構造と国防運営、兵営文化、防衛産業の改革が進んでいる。その中で、北朝鮮の核・ミサイル戦力を無力化するための手段として、（1）ミサイル攻撃の兆候を早期に察知して先制攻撃する「キル・チェーン」、（2）ミサイル迎撃システム「韓国型ミサイル防衛（KAMD）」、（3）攻撃に対する報復として金正恩総書記など指導部を攻撃する「大量反撃報復（KMPR）」防衛力の増強が進んでいる。

2021年に入って、北朝鮮の対南関係のスポークスパーソンとも言える朝鮮労働党中央委員会の金与正副部長は、口では南北融和を呼びかけるが、実際には北側を敵視する態度が変わっていないとして南側を非難したり、揶揄したりする談話を多く出している。

1月12日発『朝鮮中央通信』は、朝鮮労働党中央委員会金与正副部長の談話を掲載した。この談話は朝鮮労働党第8回大会に関連して祝典として行われた軍事パレードに対して、韓国軍の合同参謀本部が偵察能力を持ち出してきたことに対する北朝鮮の警戒感と不快感を代表している。

3月30日発『朝鮮中央通信』に掲載された談話は、同月26日の「西海守護の日記念式」（2002年に起きた南北の銃撃戦「第２延坪海戦」、2010年の海軍哨戒艦「天安」撃沈事件と延坪島砲撃事件で犠牲になった人たちをたたえるために16年より行われている行事）における文在寅大統領の発言を揶揄したものだ。前年の7月23日に国防科学研究所で行った激励講演 7の内容と対照して、「北と南の同じ国防科学研究所で行った弾道ミサイル発射実験について、自分らが行ったのは朝鮮半島の平和と対話のためのものであり、われわれが行ったのは南の同胞の懸念をかき立て、対話の雰囲気に困難を与える、決して好ましくないことだと言うのだから、その鉄面皮さに驚愕を禁じ得ない」としている。

8月1日発『朝鮮中央通信』は、米韓合同軍事演習に関連して、「合同軍事演習を行うか注視する」と題する談話を掲載した。同月10日発『朝鮮中央通信』に掲載された談話は、同日に米韓合同軍事演習が開始されたタイミングで発表され、現米政府が唱える「外交的関与」と「前提条件なしの対話」は偽善にすぎない」と米国を非難しつつ、「この機会に、南朝鮮当局者の背信的な行為に強い遺憾の意を表明する」と韓国を批判することも忘れてはいない。

9月15日発『朝鮮中央通信』に掲載された、同日付の談話では、韓国の潜水艦発射弾道ミサイル（SLBM）試射に立ち会った際の文在寅大統領が「北の挑発を抑止するのに十分」と発言した「失言」を非難するものであった。

9月24日発『朝鮮中央通信』に掲載された同日付の談話では、第76回国連総会における文在寅大統領の一般討論演説における朝鮮戦争の終戦宣言に関連したもので、「終戦宣言は悪くない」としながらも、「終戦が宣言されるには、双方間に相手に対する尊重が保障され、他方に対する偏見的な視覚と毒々しい敵視政策、不公平な二重基準から先に撤回されなければならない」としている。翌25日発『朝鮮中央通信』は、前日に引き続き、終戦宣言について触れた談話を掲載している。この談話でも「米国、南朝鮮式対朝鮮二重基準は非論理的で幼稚な主張」であるとしている。

2021年の金与正副部長の談話から見えるのは、同じ軍備強化を北朝鮮が行えば挑発であり、韓国が行えば抑止力の強化であるとする物の見方＝二重基準が存在する限り、南北関係に本質的な改善はあり得ないという考え方である。

韓国にとっては、北朝鮮との体制競争は、1988年のソウルオリンピックを契機として、すでに「終わった問題」となっている。これまでの努力のたまものである現在の繁栄をどう守っていくかが主眼である。北朝鮮にとっては、韓国との体制競争は、「現実の危険」であり、実際にはそれほど可能性は高くないものの、韓国主導による「吸収統一」を警戒せざるを得ない状況である。

おわりに

北朝鮮は2010年から人民生活を向上させる政策の優先度を上げ、金正恩時代に入ってからは経済改革を進めてきた。同時に米国との脅威に備えるために核・ミサイル開発を行っているが、国際的制裁の強化や2020年からのCOVID-19の流行が成長の大きな足かせになっている。今後、どのような展開になるかは米国や中国の政策に依るところが多く、不透明であるが、北朝鮮が国家として存続したまま経済発展をしていく道筋が付くまでは、北朝鮮としては米国や韓国に対する警戒感を解くことは難しいであろう。

（環日本海経済研究所主任研究員）

参考文献

  • 三村光弘、「変わる北朝鮮の重要会議－「実事求是」の重視」、『東亜』、651（2021.9）、54-55頁。
  • ―――、「第4章 2020年の北朝鮮経済の様相と今後の展開」、『『大国間競争の時代』の朝鮮半島と秩序の行方』、日本国際問題研究所、87-107頁、2021年
  • ―――、「苦境の中、大幅な若返りで経済改革を推進する北朝鮮」、『東亜』、645（2021.3）54-55頁。
  • ―――、「朝鮮労働党第8回大会および関連会議と国家経済発展5カ年計画」、『ERINA REPORT PLUS』、159、3-23頁、2021年。
  • ―――、「北朝鮮の新型コロナウイルス感染症への対応」、『ERINA REPORT PLUS』、154、16-20頁、2020年
  • ―――、「朝鮮民主主義人民共和国の経済重視政策—金正恩時代の始まりから朝鮮労働党中央委員会第７期第５回総会まで—」、『ERINA REPORT PLUS』、154、2-6、2020年
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