提言・論考
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ロシアの継戦能力
―兵力、備蓄、防衛生産基盤から考える

小泉 悠

はじめに

ロシアのウクライナ侵略は既に2年半以上にわたって続いている。そして、この戦争がどのような形で終結するのかは多分に政治的な要素によって左右されると思われ、予測は容易ではない。

そこで本稿では、より定量的に測定しやすい要素、すなわちロシアの継戦能力に焦点を当てて、ロシアはどれだけ戦争を続けられるのかについて考察することにした。検討対象としたのは予備役動員能力を含めた兵力、兵器や弾薬等の備蓄、及びそれらの生産・保守・能力である。ただ、それとても対象範囲は極めて広い。したがって、本稿では比較的情報の得やすい対象を選んで検討の俎上に載せた。

兵員補充と損害

英国際戦略研究所（IISS）の『ミリタリー・バランス』によると、開戦前（2021年初頭時点）におけるロシア連邦軍（以下、ロシア軍）の兵力は実勢90万人程度と見積もられていた。ロシア自身も軍の定員を100万人程度と定め1、その充足率を92-93%と報告してきたので2、上記の推計とも概ね合致する。このうち、ウクライナ侵略において中心的な役割を果たす地上戦力は、陸軍28万人、空挺部隊（陸軍とは別の独立兵科）4万5000人、海軍歩兵部隊（諸外国でいう海兵隊）3万5000人であり、合計36万人であるというのが『ミリタリー・バランス』2021年度版の評価であった。さらに『ミリタリー・バランス』は、5年以内に兵役を終えて予備役に就いている国民の数を概ね200万人と推計していた。

2022年にウクライナ侵略が始まり、当初の目論見に反して長期化の傾向を見せ始めると、以上のような状態には大きな変化が生じた。まず、規模が大幅に拡大している。2022年8月25日付大統領令第575号によって翌2023年1月1日以降の定員が115万628人に増員されたのに続き、同じ2023年の12月1日付大統領令第915号では132万人が新たな定員と定められた（発行は公表即日）。開戦後2年を経ずして定員が31万人近くも増加したことになり、兵力不足を補うために矢継ぎ早の措置が取られたことが窺われよう。

では、実勢はどうか。ウラジミール・プーチン大統領によると、2022年9月に発令した部分動員令では30万人が対象となり、これと別に10月までに1万8000人の志願兵が集まった3。そして、これは本稿執筆時点までにロシア政府が出した唯一の動員令であった。したがって2023年以降の兵員充足を考える上では志願兵の数が問題となるが、これについては発言者によって食い違いが見られる。2024年2月のセルゲイ・ショイグ国防相（当時）がTASS通信に対して述べたところでは、2023年中に集まった志願兵は54万人とされていたのに対し4、プーチンが「30万人以上」とかなり異なった数字を挙げていること5はその好例である。

2024年以降については、「最初の数ヶ月」で19万人を集めたというドミトリー・メドヴェージェフ国家安全保障会議副議長（元大統領）の発言が知られている6。仮にこれらの発言を一旦信用するなら、2024年半ばまでの時点でロシアは80-100万人程度の兵員を新たに補充したということになろう。

問題は、この間にロシアがどれだけの損害を出したのかである。ロシアのネットメディア「メディアゾーナ」と英国のBBCが共同で行なっている調査によると、確実なロシアの戦死者数は2024年8月初頭時点で6万1831人であり、男子国民の超過死亡率の推計からはその倍程度（約12万人）が戦死した可能性が指摘されている7。また、米国防総省は、現代の軍隊における標準的な野戦医療の水準においては戦死者の3-4倍の重傷者が出るとの推定に基づいて、ロシア軍の人的損失（戦死者と戦傷者の合計）を46万2000人から72万8000人と見積もっている8。

開戦前にロシア軍が保有していた地上兵力（36万人）と開戦後に集めた補充兵の数（80-100万人）から以上を除くと、45-90万人程度とが残る。ただ、一見してわかる通り、その誤差はあまりに大きく、現時点におけるロシア軍の地上戦力を推し量る上ではあまり役に立たない9。『ミリタリー・バランス』2024年度版は、同年初頭におけるロシア軍の地上兵力を56万人（陸軍50万人、空挺部隊3万5000人、海軍歩兵部隊2万5000人）と推計しているが、これも目安以上のものとして扱うことはできないと思われる。

兵員の訓練・指揮能力

もう一つの検討要素としては、動員兵や志願兵の訓練・指揮能力がある。エストニア国防省の見積もりによると、ロシアは特に障害のない状態では6ヶ月ごとに13万人（年間26万人）の新兵を訓練する能力を持ち、これを超える数の兵士を集めても訓練不十分のまま実戦投入せざるを得ない。また、ウクライナとの戦争が続く中で。兵員訓練容量は各6ヶ月で4万人程度まで低下しているというのがエストニア国防省の見積もりである。これを超える分の兵士は攻勢作戦に投入できるだけの練度を獲得できず、消耗を補う短期的な使い捨て（rapidly expendable gap fillers）にしかならないだろうと同省は評価する10。

これに加えて、ロシア軍の動員・志願兵の増加ペースは、指揮能力に関するそれと見合っていない。より具体的に言えば、下級将校が不足している可能性が高い。

2000年代までのロシア軍は、有事の大規模動員に備えた指揮能力を確保するため、非常に大きな将校団を有していた。例えば2008年にアナトリー・セルジュコフ国防相（当時）が大規模な軍改革を発動した時点での将校団の定員は、35万5000人（実勢31万5000人）であったという。当時のロシア軍の定員は113万4800人であったから、全軍の3割以上を将校が占めるというトップ・ヘヴィな人員構成だったことになる。

ただ、この中で小隊や中隊の指揮要員となる下級将校（主として尉官）は14万人程度であり、残りの大部分は佐官（と1100人強の将官）で占められていた。セルジュコフ自身の言葉を借りるなら、将校団の構成は「卵のように」真ん中が膨らんだ構造をしていたことになる11。

有事に備えるとしつつ尉官よりも佐官の方が多かったのは、有事には前者もまた予備役動員で補うことが前提とされていたためである。当時、全ロシア軍将校の21%（陸軍では30%）を占めていたのは、大学の予備将校課程を修了したのちに兵役に就く民間人予備役将校であった12。有事に動員される予備役兵を指揮するのは、やはり予備役の将校であると想定されていたのであり、このほかには約14万人の準将校（прапорщик）がこれを支えることになっていた13。

しかし、セルジュコフによる軍改革は、有事の指揮能力増強余地を大幅に縮小するものであった。セルジュコフ改革が前提としていたのは、予見しうる将来において大規模予備役動員を必要とするような巨大戦争にロシアが直面する蓋然性は低いという想定であり、これに従って将校団の規模は15万人に削減されたからである。尉官については少尉と中尉が合計1万人増加する方針が取られる一方、大尉以上を大幅に削減し、民間人将校制度と準将校制度も廃止された。その後、軍の反発を受けて将校団の定員は22万人に増加し、準将校制度も復活したが、民間人将校制度は廃止されたままであった。

セルジュコフによる将校削減案
階級 2008年時点* 2012年までの削減目標*
将官 1107人 886人
大佐 2万5665人 9114人
少佐 9万9550人 2万5000人
大尉 9万人 4万人
中尉・少尉 5万人 6万人

（出典）Гаврилов, op. cit., 2008.より筆者作成

* いずれも記事中に言及のあった数字のみを挙げており、合計はそれぞれの時点における将校の総数と一致しない。

ロシア軍の指揮能力が不足しているという推測の背景は、以上のようなものである。予備将校課程制度が存続している以上、民間人の中から将校を動員することも不可能ではないはずだが、2022年の部分動員では予備将校課程修了者は動員対象とならないとの方針が参謀本部組織・動員総局によって早々に表明された14。また、2023年以降の兵員補充が志願兵の徴募という形で行われていることは前述のとおりであり、将校の補充にはあまり貢献していないと思われる。しかもこの間、ロシア軍では3800人以上の将校が戦死している。前述した戦死／戦傷者比率を当てはめると1万人以上の将校が戦力外となっていることが推測される15。捕虜となったロシア兵たちから「小隊長はいなかった」との証言が寄せられている背景は、おそらく以上のようなものであろう。

装甲戦闘車両の新規生産能力と保守・修理・オーバーホール（MRO）能力

2年半にわたる戦争でロシア軍が多大な装備の損失を出したことはよく知られている。2024年8月末時点において視覚的に確認されたロシア軍の装備損失は戦車3337両、歩兵戦闘車4457両、装甲兵員輸送車480両、その他の装甲戦闘車両1518両など膨大な数にのぼる16。

これらの損害を新規生産のみによって補充することは、明らかに不可能である。戦車を例に取ると、現在のロシアで戦車の新規生産を行なっているのはニジニ・タギルのウラルワゴンザウォード（UVZ）一社のみであり、その生産能力は2023年半ば時点で年産120-180両程度に過ぎない17。戦時増産によってこれが2倍に増加していると仮定しても年産240-360両程度であるから、平均して年間1300両以上に及ぶ損失を埋め合わせるには到底不足である。もう一つの戦車メーカー（現在は修理・改修センターの扱い）であるオムスクトランスマシュ（OTM）でもT-80系戦車の新規生産再開が計画されていると伝えられるが18、仮に同社がUVZ並みの生産能力を発揮できるとしても、ロシア全体の戦車新規生産能力は最大で年産500-700両内外ということになろう（しかもこの水準に達するには数年を必要とすると思われる）。これと同じようなことが、歩兵戦闘車や装甲兵員輸送車についても当てはまる。

したがって、ロシア軍が今後とも装甲戦闘車両の装備比率を維持するためには、①既存の兵器を良好な状態に保つ保守能力、②戦場で破損した兵器を回収・修理して現役復帰させる能力、③予備保管された兵器を現役復帰させるオーバーホール能力が問題となる。併せてMRO（保守・修理・オーバーホール）と呼ばれるこれらの指標は、軍事ロジスティクスの鍵を握る要素の一つと位置付けられる一方で19、定量的に把握することが非常に難しい。MRO能力の高低は、例えば戦車回収車などの工兵装備の保有量とその運用練度、修理・オーバーホール工場の容量と労働生産性など、軍事インテリジェンスに接することなくしては把握し難い要素によって大きく左右されるからである。

ただ、2023年末に行われたロシア国防省拡大幹部評議会では、2022年2月時点と比較して戦車の「生産」が5.6倍、歩兵戦闘車は3.6倍、装甲兵員輸送車は3.5倍に増加したことがショイグ国防相によって報告された20。短期間で新規生産能力をこれだけ拡大することはどう考えても非現実的であり、実際には予備保管されていた旧式車両をオーバーホールして現役復帰させた分が含まれていると見るべきであろう。報告の後段において、「新規生産及び近代化改修された」戦車1530両、歩兵戦闘車及び装甲兵員輸送車2518両がロシア軍に配備されたとショイグが述べていることも、この見方を裏付ける。この数字を信用するなら、ロシアは新規生産と予備保管兵器の現役復帰によって戦闘損失を（数の上では）埋め合わせることができていると見ねばならない。

予備保管兵器の規模

では、ロシアはどれだけの予備兵器を保有しているのだろうか。

ロシア陸軍は退役した装甲戦闘車両や火砲を破棄せず、物資装備修理保管基地（BKhRVT）や予備戦車集中保管基地（TsBRT）と呼ばれる施設に保管する体制を取ってきた。戦車を例に取ると、2017年版までの『ミリタリー・バランス』では、ロシア軍の保有予備は1万7500両（T-55 2800両、T-62 2500両、T-64A/B 2000両、T-72/72A/B 7000両、T-80B/BV/U 3000両、T-90 200両）とされ、現役分の2700両（T-72B/BA 1100両、T-72B3 800両、T-80BV/U 350両、T-90/90A 350両）と合わせて2万両弱と見積もられていた。一方、2018年版以降では第1-2世代のT-55、T-62、T-64A/Bが予備としてカウントされなくなり、T-72系、T-80系、T-90の第3世代戦車合計1万両強のみが保有予備とされてきた。

しかし、ウクライナへの侵略が始まって以降、第3世代戦車だけでなく第1-2世代戦車も現役復帰して実戦投入されていることがオープンソースインテリジェンス（OSINT）によって確認されている。これら旧式戦車は劣化が著しいと考えられ、保管されている分全部を現役復帰させることは不可能であろう。その一方、劣化の特に著しい車両を部品取り用として比較的状態の良い車両と組み合わせるなどするなら、新規生産分と合わせて年間1500両程度の戦車を今後数年に渡ってロシア軍に供給し続けることはおそらく可能であると思われる。実際、東部軍管区のBKhRVT／TsBRTを高分解能衛星画像で観測した結果からは、これらの施設から相当数の戦車やその他の装甲戦闘車両が姿を消していることが確認できる21。

火力投射手段・砲弾の備蓄と供給

最後に、ロシア軍の火力を支える火力投射手段と砲弾の備蓄及び供給能力について検討する。

開戦前の2021年段階において、『ミリタリー・バランス』は、ロシア軍の火力投射手段保有数（榴弾砲、迫撃砲、多連装ロケット等）を5689点以上と見積もっていた。これに対して開戦後の損失数は1623点とされており22、7割程度の火力投射手段が生き残っていると考えられる。さらにこの間にも新規生産や予備の現役復帰が行われたであろうことを考慮に入れるなら、火力投射手段自体が著しい不足に陥っているとは想定し難い。

加えて、これらの火力投射手段に対して砲弾・ロケット弾を供給するロシアの軍需生産能力は、非常に高い。開戦初年、ロシアは200万発の砲弾・ロケット弾を生産し、備蓄分と合わせて1年間で1000万発を発射した23。エストニア国防省が2023年末に公表した見積もりでは、同年中におけるロシアの砲弾生産能力は年産350万発に達しており、2024年には年産450万発に達するとしている24。

しかし、以上の推定が正しいとしても、ロシアが単独で年間1000万発の砲撃能力を維持することは不可能である。ロシアが2023年の夏頃から北朝鮮製の砲弾を輸入し始めたのは、おそらくこのためであろう。同年中、ロシアが北朝鮮から入手した砲弾・ロケット弾は500万発弱に達すると見られている25。逆に言えば、ロシアの火力投射能力は多分に北朝鮮の砲弾供給能力にかかっていることになるが、年間500万発弱という膨大な砲弾供給が備蓄の取り崩しによって可能となった一時的なものであるのか、今後とも安定的に継続可能なものであるのかを判断する信頼に足る情報は存在しない。ただ、米国政府当局者はロシア軍の砲弾発射数が2024年時点で1日1万発程度になっていると述べており、これが事実であれば開戦当初ほどの砲弾供給能力をロシアは有していない可能性が考えられる26。

最後に、ロシアの火力投射手段のうち火砲が機能し続けるためには、砲身の供給能力が問題となる。ロシア軍が保有する火砲の砲身命数は明らかでないが、通常は数千発、長いものでも2万発程度とされる。ロシア軍が開戦以降の火力を発揮し続けるためには交換用の砲身が大量に必要とされるはずであるが、現在のロシアでその生産能力を持っている工場は2つだけであり、年産数はそれぞれ100本程度とされる27。ロシア軍は不足分を補うために予備保管された火砲から砲身を取り外しているとも伝えられるが、この方法によって火力投射手段の寿命をどれだけ延長できるのかは明らかでない。

おわりに

以上の検討内容からは、次のような結論が導かれる。

第一に、ロシアは今後数年に渡って現在の兵力規模を維持することが可能であると思われる。練度や指揮能力の限界から、個々の兵員の質や部隊単位での作戦能力は一部の精鋭部隊を除いて非常に低いものになる可能性が高いが、バフムトやアウディーウカの攻略戦からも明らかなとおり、ロシア軍は兵員の損失の多さをあまり顧慮しない傾向が強い。膨大な兵員の損失と引き換えにウクライナ軍を消耗させ、拠点を攻略していくのがこの戦争におけるロシア軍の行動パターンであった。このように考えるとき、兵力規模が確保されている限りにおいてはロシアの継戦能力は維持されると見ておくべきであろう。

第二に、ロシアの兵器・砲弾生産能力は非常に高い。戦時増産は概ね成功しており、その生産量は米国や西側のそれを大きく上回っている。ただ、この生産能力は予備兵器の現役復帰や外国からの調達に依拠する部分が大であり、砲身生産などのボトルネックも存在する。本稿では言及しなかったが、工作機械や電子部品については西側への依存も少なからず存在しており、これも軍需産業能力の制約要因となろう。

一方、継戦能力とは社会的及び相対的な問題である。つまり、ロシアがどの程度の兵員・兵器の損失を許容できるのか（損害忍受度）は、ロシア社会が政府の戦争（による人的犠牲や経済的負担）をどこまで受け入れるのかという問題であり、これと同じようにして決まるウクライナ側の損害忍受の限界との競争だということである。したがって、本稿はロシアの継戦能力を検討する上での一側面を洗い出したものに過ぎない。本号に掲載された多様な側面からの検討を考慮に入れた上で、改めて総合的な検討を行うことが求められよう。

（東京大学先端科学技術研究センター准教授）

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