提言・論考
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ブラジル外交とグローバルサウス

浦部浩之

はじめに

グローバルサウスという語をよく耳にするようになった。背景にはウクライナに侵攻したロシアへの制裁に多くの新興国・途上国が同調しないことへの戸惑いや苛立ちがあろう。日本政府も2023年度版の『外交青書』で初めてグローバルサウスという語を用い、「これらの国々の多くは、国連総会での決議などにおいて棄権票を投じて欧米とロシアとの間で中間的な立場をとったり、対ロシア制裁に消極的な傾向を示すという点で共通性がある。これら諸国からは、先進国は欧州の課題には熱心だが、彼らの直面する課題には十分な関心を払ってくれない、あるいは普遍的価値の適用において、先進国の対応は二重基準ではないかとの疑問の声が上がっている」（3頁）としている。

だが、果たして「サウス」の国々を一括りにするのは妥当なのだろうか。国連総会ではこれまでウクライナ侵攻に関連する決議が6つ採決にかけられた。ブラジルはそのうち4つに賛成票を投じており、どの決議にも賛成していない他のBRICS諸国とは明らかに一線を画している。ブラジルが非同盟運動（NAM）に一貫して加盟してこなかったこと、アジアインフラ投資銀行（AIIB）には米州で唯一の創設メンバー国となりながら、一帯一路には多くのラテンアメリカ諸国と立場を異にして未だ参加していないことにも注意しておいてよい。

私たちはもっと「サウス」の国々の個性をよく理解しておくべきだろう。以下では「サウス」の大国であり次期G20の議長国でもあるブラジルの外交の特徴を考察してみたい。

１．米州関係の展開とブラジルの役割

ブラジルが位置するラテンアメリカは、19世紀以来、繰り返し米国による露骨な政治的・軍事的干渉を受け、底流に複雑な対米感情がある地域である。そのラテンアメリカの国々と米国とが1990年代前半の一時期、歴史的に稀に、共通の目標に向かって強い協調関係で結ばれた。背景には、政府が経済に深く介入する保護主義的な国家発展政策が1980年代に破綻し、多額の対外債務が残され、地域全体が「失われた10年」と呼ばれる未曽有の経済危機に陥ったことがある。冷戦終結を市場経済主義の勝利ととらえた米国は債務救済との抱き合わせでラテンアメリカ諸国にネオリベラリズム改革を求め、米州自由貿易圏（FTAA）の創設を提唱した。各国は他に選択肢がなかったこともあり、ワシントンの処方箋に従い、1994年に開催された第1回米州首脳会議（マイアミ）では、キューバを除く米州の全34ヵ国の首脳によって民主主義、ネオリベラリズム、地域統合が米州全体の共通目標として高らかに宣言された。

だが、この米州協調は長くは続かなかった。マクロ経済の安定を取り戻したラテンアメリカ諸国はしだいにFTAAが米国主導で進められことへの警戒を強め（例えば米国の求める厳しい環境・労働基準の適用への抵抗があった）、より主体的な行動を模索するようになった。その中心的な役割を担ったのがブラジルである。同国のカルドゾ政権は2000年、南米大陸にある全12ヵ国の首脳が集まる史上初の南米首脳会議を開き、南米統合を先行して進め、対米交渉力を強化することを目指した。

他方で市民社会のほうでも、経済成長の恩恵に与れず所得格差が一向に改善されないことへの不満が鬱積し、ネオリベラリズムへの反発が強まっていた。これら中・下層大衆の支持を受けてベネズエラ（1999年）、ブラジル（2003年）、アルゼンチン（同）、ウルグアイ（2005年）、ボリビア（2006年）などで国家の役割回復と所得の再分配を掲げる左派政権が相次いで成立し、FTAA構想も2005年の第4回米州首脳会議（アルゼンチン・マルデルプラタ）で、左派政権の国々の反対により頓挫することとなった。

この潮流には米国の外交・安保政策も少なからず影響していた。2002年にベネズエラでチャベス政権に対するクーデタ（未遂）が発生した際、「民主主義」を説いていたはずの米国が一時的に樹立された「新政権」をいち早く承認したこと、2003年に米国がイラクに軍事介入したことは、歴史的に繰り返されてきた米国による政治的・軍事的干渉の記憶を地域全体に呼び覚ました。

ラテンアメリカ諸国はその後、米国の影響力を免れた地域協力の枠組みの構築を目指し、新しい地域共同体を次々と設立していくことになる。まず南米12ヵ国の間では、上述の南米首脳会議を基礎に南米諸国共同体が立ち上げられ（2005年）、2008年5月には南米諸国連合（UNASUR）へと機構化されていった。同年12月には米国とカナダを除外しメキシコ以南の全33ヵ国が一堂に会す史上初めてのラテンアメリカ・カリブ首脳会議が開催され、この枠組みは2013年1月、ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体（CELAC）へと発展した。こうした共同体の形成を強く主導したのが、ブラジルのルラ大統領（任期は2003～11年。なお2023年1月に12年ぶりに大統領に復帰）と、ルラ政権で官房長官などの要職にあった後継のルセフ大統領（2011～16年）であった。

２．ブラジルの新興国外交：IBSAとBRICS

ルラ大統領は域内協調の推進と並行し、域外の新興国との関係を構築することにも力を注いだ。その最初の取り組みが2003年6月、ブラジルの主導で開かれた外相会議で設立が決まったIBSA（インド・ブラジル・南アフリカ）対話フォーラムである。設立宣言（「ブラジリア宣言」1）では、このフォーラムはアジア、南米、アフリカの3大陸にまたがる「3つの活気に満ちた民主主義国によるパイオニアの会議」であるとされた。自国の民主性を強調する3ヵ国には、2004年3月の第2回外相会議で採択された「ニューデリー行動計画」2）中にある「国連安保理が今日の国際社会の現実に照らして代表性を有していないとの観点から国連改革を求める」との表現にも示されているとおり、国際社会も民主的であるべきという共通の立場があった。

このIBSAとともに、ブラジルによる新興国外交の重要な柱とされたのがBRICS（BRICs）である。BRICsは2008年5月、ロシアのエカテリンブルクで初の4ヵ国（ブラジル、ロシア、インド、中国）外相会議が開催されたときに始まる。BRICSは今でこそ中国の存在感が目立っているが、当初これを発足に導いたのはロシアであった。すなわち、外相会議から約1年半遡る2006年9月、国連総会の機にニューヨークでラブロフ・ロシア外相がアモリン・ブラジル外相と会合を持ち、BRICs 4ヵ国での対話の枠組みの構築を提案したのを端緒とする3。この話が円滑に進んだことの背景にはおそらく、両外相が1990年代の一時期、ニューヨーク駐在の外交官として交流を重ねていたことがあった。両国の間には安保理改革をめぐっては利害の違いもあったが、ブラジル以外のRICs 3ヵ国（ロシア、インド、中国）の間では2001年9月以来、国際テロやアフガニスタン問題などを協議する外相会議が定期的に開催されており、これにブラジルを加えた枠組みをつくるというロシアの提案は、多極化する世界における新しい国際秩序の形成に参画したいブラジルにとっては好都合なことであった。

こうして最初のBRICs外相会議開催から1年4ヵ月後の2009年9月、同じエカテリンブルクで第1回目のBRICs首脳会議が開催された。折しもこの間にリーマンショックが発生し（2008年9月）、それを受けて初のG20首脳会議が開催され（同年11月）、新興国の主張は無視できないものになっていた。BRICs首脳会議後に発出された「共同声明」4で、金融危機に対処する中心的な役割をG20が担うべきことや世界経済の変化を反映した国際金融制度の改革を進めるべきことなどが訴えられたのは象徴的である。BRICSは2011年4月に開催された第3回首脳会議（中国・三亜）から南アフリカが加わり、5ヵ国体制となった。それ以降BRICS首脳会議は、パンデミック下でのオンライン開催を挟みつつも毎年1回、首脳会議が欠かさず開催され、1人の首脳も欠席することなく継続されている。

そうしたBRICS の持続にとって、2014年7月に開催された第6回首脳会議（ブラジル・フォルタレザ）は重要な一里塚であった。というのは、第1に、それまでに検討が重ねられていたBRICS開発銀行の設立構想がまとまり、新開発銀行（NDB）という名称、授権資本の規模（各国が100億ドルずつ出資）、本部所在地（上海）、初代総裁（インド）などの枠組み詳細がこの会議で正式に決定された（NDBは2015年に開業）5。このことはBRICSがいわば機構化される意味を持った6と言える。

第2に、ロシアにとってはBRICSが、自国の国際的立場を保全する重要な装置となった。ロシアはこの年の3月のクリミア侵攻で国際的に強い批判に晒され、G8から締め出された。しかしBRICSに関しては、首脳会議を前に米国からはロシアを招待しないよう圧力をかけられたが、ホスト国のブラジルはこれを拒否した。ブラジルは、キューバに対する経済制裁や米州機構（OAS）加盟資格停止措置に反対の立場をとってきたことに示されているとおり、特定国を締め出したり吊るし上げたりする外交圧力の行使には極めて慎重である（それは最近ではウクライナ侵攻をめぐりロシアの人権理事会の理事国資格を停止しようとする国連総会決議に棄権したことにも表れていよう）。

３．中国とラテンアメリカ

さて、ラテンアメリカに相次いで誕生した左派政権は2010年代の半ばまで十数年にわたり政権を維持するが、それは突き詰めれば中国のおかげであった。中国とラテンアメリカ・カリブ諸国との貿易は、2000年にはわずか120億ドルであった。それが加速度的に増大し、2013年には2750億ドルへと22倍になった7。貿易相手国としての重要性も高まり、ブラジルの場合、輸出先に占める中国の割合（金額）は1991年には0.7％、2000年には2.0％にすぎなかったが、2010年には15.2％となって米国（9.6％）を抜き、2015年に18.6％、2018年に26.8％にまで膨れ上がった8。経済成長に伴う中国の旺盛な食料・飼料や鉱物・エネルギーへの需要が資源価格を高騰させ、これら産品に比較優位を持つラテンアメリカの国々の左派政権に、再分配政策の原資となる莫大な輸出収入が転がり込んだのである。

中国の対ラテンアメリカ外交も、より戦略性を帯びるものになっていった9。胡錦濤政権は2008年（第1回BRICs外相会議の開催年でもある）、「中国の対ラテンアメリカ・カリブ政策文書」（中国対拉丁美洲和加勒比政策文件）と題する初めての包括的外交文書を発表し、中国とラテンアメリカとがウィン・ウィン関係を築きながら平和的に繁栄を目指すとの目標を掲げた。続いて習近平政権は、BRICSの一里塚となった2014年のフォルタレザでの首脳会議（上述）に合わせて中国とラテンアメリカ・カリブ諸国共同体（CELAC）の首脳会議を開催し、中国=CELACフォーラムを発足させることを提案した。翌2015年1月にはさっそく第1回目のフォーラムを北京で開催し、中国は2025年までの10年間に中国が2500億ドルをラテンアメリカに投資し、また双方向の貿易額を5000億ドルにするとの目標を表明した。さらに2016年11月には「中国の対ラテンアメリカ・カリブ政策文書」の改訂版を発表し、「中華民族の偉大な復興」の中で「中国とラテンアメリカの関係は全面的協力の新たな段階」に入り両者は「運命共同体」になったと述べた。そして2017年5月に北京で開催した第1回一帯一路国際協力ハイレベルフォーラムでは、「21世紀海上シルクロードの『自然な延伸』」との表現で一帯一路へのラテンアメリカの参加を呼びかけた。

もっとも対中関係が深まりつつあった2010年代の半ば、ラテンアメリカは曲がり角に差し掛かった。資源価格の低下（例えば石油価格は2012年の1バレル120ドル台から2016年には40ドル台に落ちた）の影響に汚職への批判も相俟って、各国の左派政権は有権者の支持を失い、次々と右派に政権を明け渡すか、一部の国（ベネズエラなど）では野党弾圧を強めて強権化した。ブラジルにおいても2016年8月、ルセフ大統領が政府会計の粉飾を理由に弾劾裁判で罷免され、やや中道寄りのテメル政権期を経て、2019年1月、右派のボルソナロ政権が成立した。左派の退潮とともに地域協調の気運も急速に衰え、右派政権諸国はUNASURを離脱して2019年3月、南米進歩のためのフォーラム（PROSUR）を立ち上げた。もっとも消去法で選ばれた右派政権もその多くは長続きせず、PROSURもほどなく瓦解した。興味深いことに、ラテンアメリカ諸国が自立を目指して立ち上げたCELACは、活発とまでは言えないものの、対中関係が一つの拠り所となって持続した（中国の主導で第2回、第3回の中国=CELACフォーラムが2018年、21年に開催）。ラテンアメリカは現在、右派政権と左派政権がまだら模様に混在し、とくにCOVID-19以降、各国は自国の内政問題に手一杯になっている。

４．試練を迎えるブラジル外交

ボルソナロ政権（2019～22年）は、伝統的なブラジルの多方位外交から大きく離れて孤立的な外交政策をとる稀有の政権であった。ブラジルのトランプという比喩が妥当か否かはともかくとして、ボルソナロ大統領の振舞いはかなり奔放で、選挙戦中には「中国はブラジル製品ではなくブラジルを買っている」と述べ、またパリ協定からの離脱も口にした。大統領就任後も、自身の支持基盤でもある大規模農業の利益を重視してアマゾンの森林破壊を批判するEU諸国と対立し、またUNASURやCELACへの参加を凍結した。もっとも対中関係や気候変動問題への姿勢は、就任後には穏健化した。そしてBRICSには好意的であった。国内外で強い批判に晒された森林破壊、COVID-19対策の失敗（感染者数が米国に次いで世界2位）、自身の少数者差別発言が、BRICSでは何ら咎められないことを悟ったのである10。

2022年の選挙はボルソナロとルラの一騎打ちとなり、ブラジル史上もっとも僅差の勝利でルラが大統領に返り咲いた（2023年1月就任）。「ブラジルは戻ってきた」と様々な場で発言するルラ大統領は、アルゼンチンで開催された首脳会議に出席してCELACに復帰し（1月）、南米首脳会議を自国で開催してUNASUR再建を目指す姿勢を示した（5月）。域外の新興国や途上国との外交にも積極的である。ただ、すでに多くのラテンアメリカ諸国が参加している一帯一路に関しては、政権内で大きく賛否が分かれている。ルラ大統領やその周囲は参加に前向きであるが11、外交政策の形成や決定に強い影響力を持つイタマラティ（外務省の通称）などには慎重論も根強い12。そこには、一帯一路への参加が真にブラジルの経済的利益になるかということについてのプラグマティックな計算がある。ブラジルは中国抜きでも、資源開発やインフラ投資をやり遂げることができる国である。

ウクライナ問題は、新興国の中での威信ある大国を目指すルラ大統領にとって大きな試金石となろう。ブラジルは国連総会での投票において他のBRICS諸国と足並みを揃えることもなく、対ロシア経済制裁や対ウクライナ武器供与で欧米諸国に同調することもない。いずれの側にも忖度することのないこの外交姿勢は、ボルソナロ政権期から揺るがない。ボルソナロ大統領はウクライナ侵攻直前の2022年2月15日、米国などの反対を押し切り従来からの予定どおりにロシアを公式訪問したが、直後の対ロシア批判の国連総会決議には賛成した。中立姿勢が曖昧に映ることもあったが（3月には「どちらの側にも立たないと発言」）、9月の国連総会演説では「すぐに停戦すべきだ」と言い切った。

ルラ大統領は、停戦実現のために向けて主導的役割を果たそうとしている。その手腕も勝算も、はっきり言えば未知数であるが、その政治姿勢は情熱的である。ルラ大統領は、第一次政権期に外相を務め今は外交顧問となっている右腕のアモリンをモスクワやキーウに派遣し、プーチン、ゼレンスキー両大統領に和平案を提示した（それぞれ3月、5月）。これに先立つ2月10日、米国を訪問したルラ大統領は、バイデン大統領に停戦交渉を仲介する「平和クラブ」の創設構想を示し、侵攻1周年を迎える2月24日、同構想を公に表明した。なおバイデン大統領との共同声明では、ウクライナ侵攻は甚だしい国際法違反であると述べ、ロシアを明確に批判している。他方で停戦にやや前のめりとなって、戦争には双方に責任があるとの趣旨の発言をし、ゼレンスキー大統領から強く非難されることもあった（4月）。広島でのG7首脳会議（5月）の際は、自身の参加確定後にゼレンスキー大統領の訪日を知らされ、西側先進国の陣営に引き込まれる構図となったことへの不快感を隠さなかった。なお、広島で実現しなかったルラ・ゼレンスキー会談は、9月の国連総会の機にニューヨークで1時間以上にわたり実施された。

おわりに

ブラジルは、相手が米国であれロシアであれNATOであれ、武力による現状変更はもちろん、武力を背景した政治的圧力の行使にも強く反対する。それは米国による覇権力の行使に繰り返し晒されてきたラテンアメリカの歴史的経験と強く結びついている。ラテンアメリカはいくつかの内戦や激しい社会対立を経験しており、その意味ではけっして平和な大陸ではなかったが、近隣国との軍事衝突は、20世紀初頭のチャコ戦争（パラグアイ・ボリビア間の戦争：1932～35年）を最後にまったく経験していない。そうした「平和」を誇るべき資産と捉えるべきか、領土紛争の現実への鈍感さと捉えるべきか、議論は分かれようが、このことはブラジルの外交姿勢に大きく影響していそうである。

ブラジルは、国際秩序を形成する力が西側先進国に占有されることには断固として抵抗するが、これらの国々とプラグマティックな相互依存関係を築くことも重視しており、けっして西側先進国への「対抗勢力」を形成することは目指していない。その姿勢は、一帯一路などを通じて国際社会の中での一つの極の頂点となろうとする中国とも、G20加盟国を除外して「グローバルサウスの声」首脳会議を開催（2023年1月）するインドとも異なる（この会議にメキシコ、ブラジル、アルゼンチンは参加していない）。「分断した世界」でなく「平等な世界」を築こうとするブラジルの姿勢は評価できようが、ただ、やや理想主義的でもある。「平和クラブ」による停戦仲介という道筋も、今は理想論の域を出ない。来年（2024年）、ブラジルはG20の議長国となる。その舵取りに期待したいが、立ちはだかる難問は多い。

（獨協大学教授）

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