提言・論考
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パックスアメリカーナの終焉と中国
―「MAGA」の定着と中国―

１．「パックスアメリカーナ」以前

「パックスアメリカーナ」、あるいはアメリカ主導の国際秩序はあまりにも長く続いた。だがアメリカが世界最大の超大国であること、多くの同盟国を従えていること、そして世界各地に影響力を行使することを、当然のことだと考えてはならない。第二次ドナルド・トランプ政権の下で今まさにアメリカの覇権は終焉を迎え、国際政治は新たな段階に入ったからである。

そもそも、アメリカの歴史を振り返ってみれば、その国際政治への関与自体が歴史的には極めて新しいものだ、ということは直ちに明らかとなろう。国際政治において、最も制度化された対外関与は同盟である。軍事行動という莫大なコストがかかり、その失敗のリスクが大きい行動において他国と行動を共にする。現代の同盟ともなれば、作戦行動の調整を越えて、軍需物資や指揮命令系統の融合まで進んだ国際制度の様相を呈している1。

17世紀から19世紀にかけて、同盟は近代欧州国際政治を特徴付けるものであった。共通の脅威に対して同盟が組まれて戦争が起き、戦争が終結して脅威の所在が変化すると同盟は消滅し、また新たな同盟が形成される。「力の均衡」の名の下に、同盟の改廃と戦争が繰り返された時代であった。国際政治学では、この時代の同盟を、「同盟」という概念そのものの原型と扱ってきたが、近年は特に冷戦期以降の同盟を「非対称同盟」とするのと区別して、この伝統的な同盟を「対称同盟」とよぶこともある2。

18世紀の建国以来、この伝統的同盟に対してアメリカは長らく懐疑的な態度を維持してきた。アメリカは、専制主義で戦争を好む欧州とは異なる自由で平和な国家とのアイデンティティを掲げてイギリスからの独立を達成した。戦争と密接不可分だったこの時代の同盟は、悪しき欧州を象徴するものと捉えられたのである。また建国当初のアメリカは、欧州列強とは対抗しようのない弱小国であった。ゆえに欧州列強と同盟を結んでしまえば小国アメリカはその戦争に巻き込まれ、さらには支配されてしまう、との懸念も根強かった。建国期のアメリカでは、アイデンティティからみても、利益や安全保障の点からみても、欧州列強との同盟は望ましくないと考えられていたといえよう。これがすなわち孤立主義とよばれた外交路線である。このアメリカ最古の外交思想が同盟の拒絶をその根幹としていたという事実は、第二次トランプ政権を理解する上でも、いま改めて確認しておく必要があるだろう3。

２．冷戦と「パックスアメリカーナ」の成立

ではなぜ、現在、アメリカはグローバルな同盟網を形成しているのか。転機となったのは、1941年12月8日、日本が真珠湾攻撃を敢行したことにある。アメリカはすでに西半球（南北アメリカ大陸）における圧倒的優位、すなわち地域覇権を確立していたが、ハワイへの攻撃を防ぐことはできなかった。これを契機として、アメリカの政策コミュニティでは、戦略的縦深を確保すること、そして何よりもユーラシア大陸において西半球に侵攻し得る地域覇権国の出現を防止する必要があるとの認識が共有された。アメリカのみが地域覇権を確立した唯一の国家となることが、その安全保障の確保に不可欠と考えられたのである。同盟形成のもう一つの重要な背景となったのが、ソ連率いる共産主義という政治的・経済的オルタナティブがもたらした脅威である。とりわけ共産主義が拡大すれば、自由主義的な経済システムと民主主義という政治システムは少数派に転落し、アメリカは西半球への逼塞に追い込まれるとの危惧が決定的な意味を持った。

これを避けるためには、ユーラシア大陸に、とりわけアメリカを脅かし得る政治的・経済的・軍事的パワーとみなされた西欧諸国と日本に、経済システム・政治体制を共有する諸国の一群を確保することが必要だ。そうでなければ、経済・政治体制・生活様式を含めた広義のアメリカの安全保障を確保するできない。このような発想が、第二次大戦から冷戦初期にかけて、徐々にアメリカの政策決定者の間に共有されていった4。

したがってアメリカの同盟は、共通の脅威に対抗するための暫定協定、という伝統的な対称同盟とは大きく異なる性質を持つものとなった。同盟締結当初から、多くの国々をアメリカにとって望ましい国際環境の下に再編成すること、つまりアメリカ主導の国際秩序と不可分のものとして形成されたからである。拙著『帝国アメリカがゆずるとき―譲歩と圧力の非対称同盟』（岩波書店、2024年）で詳しく述べたように、これは「主導国」たるアメリカが軍事・経済・国際制度を統合した国際秩序を提供し、この下に日本や西欧諸国等の「追随国」が集う「非対称同盟」と理解することができよう。

ではこのアメリカが形成した国際秩序―「パックスアメリカーナ」、「自由主義陣営」、「西側」、「リベラルな国際秩序」といった様々な言葉で呼ばれたもの―とは何か。これは理論的には、①盟主アメリカの圧倒的な軍事力に支えられ、②傘下の西側諸国間の自由貿易を推進することで膨大な経済的リソースを生み出し、③同盟をはじめとした多様な国際制度によって参加国相互の結束を図った、という点にその特徴を求めることができよう。さらにこの秩序が80年にわたって広大な範囲を統合できた理由もまた、ここから導くことができる。すなわちこの秩序は参加国に軍事的保護、経済的繁栄、国際的なルールの享受という多様な利益をもたらし、かつこの秩序のなかでは盟主アメリカの力の行使が一定の範囲に制約された。ゆえに追随国はこの秩序に参加することに利益を見出し、長きにわたってアメリカのリーダーシップを認め、これに従ってきたのであった。かくして同盟諸国を惹き付けたアメリカは、冷戦の終結、すなわちソ連という共通の脅威が消滅したのちも同盟の維持に成功し、冷戦後の世界に、単極ともいわれた圧倒的権力を以って君臨することとなる5。

３．終わりの始まり―イラク戦争からバイデン政権まで

冷戦期以来、アメリカ外交を律してきたこの国家戦略に揺らぎが生じたのは2000年代のことであった。アメリカの力が頂点を迎えたこの2000年代、2001年9月11日の同時多発テロに直面したジョージ・W・ブッシュ政権は、この驕りを背景とした憤怒と恐怖の赴くまま、アメリカの時代の終わりの始まりの幕を開けることとなる。すなわち2003年のイラク戦争と、2008年の世界金融危機である。

この2000年代を通じた軍事・外交・経済全面にわたる危機を受けて、すでに2010年代初頭には、アメリカの外交論壇に明らかな変調が生じていた。すなわち冷戦期以来のコンセンサス、つまり西半球の外部に政治体制・経済システムを共有する友好国を永続的に確保することが、アメリカの経済・価値・政治体制を含む広義の安全保障の要であるとの共通認識が徐々に崩れはじめたのである6。

2017年1月、冷戦期以来の国家戦略が動揺するなかで誕生したのが、第一次トランプ政権であった。とりわけ決定的な意味を持ったのが、その対中政策である。すでにオバマ政権末期の2014年から2015年を転機として、アメリカの対中政策は協調から牽制へと大きく変化しはじめていた。とはいえオバマ政権の対中政策は、同盟諸国との軍事関係の強化、自由貿易の推進、国際制度の拡充によって中国の行動を掣肘するという、伝統的な国家戦略の延長線上に展開された。環太平洋パートナーシップ協定（TPP）の推進はその象徴といえよう。これに対してトランプは、中国のみならず、自由貿易と国際制度、さらには同盟そのものが、アメリカの労働者、とりわけ製造業への脅威だとの姿勢を打ち出した。こうして生まれたのが、対中強硬論と、自由貿易と国際制度・同盟の敵視の融合であり、同盟国との協調ではなくむしろその負担によって中国を抑え込み、またアメリカ経済を復興するとの特異な方針である。

この伝統的国家戦略からの逸脱は、しかしながら、2021年1月に成立したジョセフ・バイデン政権の下で体系化・固定化されることとなる。バイデン政権はトランプを厳しく批判して登場したが、その外交政策にはむしろ継続性が高い。とりわけ中国をアメリカの覇権に挑戦し得る唯一の国家であり、かつ最大の戦略的挑戦と位置付け、その経済・技術的発展を抑制するとの方針を打ち出したことは決定的であった7。バイデン外交の特徴は、第一次トランプ政権にはじまる発想を同盟国との国際的な連携を基礎に体系化した点にあり、この時期には日米同盟も北大西洋条約機構（NATO）も強化され、AUKUSや日米韓連携をはじめとしたミニラテラルな枠組みも拡大した。

だがこの表面的な同盟重視とは裏腹に、トランプと同様、バイデンの主たる関心が同盟国からのリソースの獲得にあることは明らかだった。米ソ冷戦をアメリカが勝ち抜いたのは、ソ連の抑止に成功したからではない。いかにソ連ではなくアメリカを世界の国々に選ばせるのか、という点に腐心し、また西側諸国が東側に比してはるかに魅力的な統治システムと経済的繁栄を達成したからである8。だがバイデン政権にはこの視点は全くなかったといってよい。バイデン政権の初期には民主主義と権威主義の体制間競争がはじまった、という見解もあったが、当時も今も筆者は全く賛成できない。バイデン政権は、アメリカの経済的・技術的優位を確保することには強い関心を示していたが、日本をはじめとした他の民主主義諸国の経済的繁栄や政治的安定には一切興味を示さず、したがって体制間競争の体を成していなかったからである。

バイデン外交における経済秩序構想の欠落はこれを象徴する。中国の影響力の源泉は何よりも経済にあるが、TPP離脱以降10年にわたって、この点についてアメリカから前向きな施策が出てくることは全くなかった。バイデン政権もアメリカの技術的優位を保つための施策ばかりに関心を寄せ、しかも現在はそれすら機能していなかったことが明らかとなっている。アメリカのアジア専門家は一貫して経済構想の重要性を訴えてきた。つまりバイデン政権はその必要を理解していなかったわけではない。アメリカ国内の政治的分極化の昂進ゆえに、これを実施するどころか、検討することすらできなかったのである。

５．終わりの終わり―トランプ、パックスアメリカーナの終焉、そして中国

アメリカ主導の国際秩序とは、前述のように、①アメリカの軍事的関与、②自由貿易、③国際制度・規範の結合体として理解できる。だが以上のように、すでにバイデン政権の段階で自由貿易に基づく経済秩序は形骸化しており、国際規範もウクライナ戦争とガザ紛争で大きく傷ついていた。そして第二次トランプ政権の登場によって自由貿易と国際規範・制度という二つの柱は雲散霧消し、アメリカの軍事的関与という最後の一線も大きく揺らいだ。対外関与と自由貿易を敵視する言説がアメリカ国内に深く定着し、さらに悪化しつつある以上、この三つの要素の結合体は最終的な崩壊の時を迎えたと考えるべきだろう。2025年を以って、パックスアメリカーナ、あるいはアメリカ主導の国際秩序は終焉したのである。

第二次トランプ政権成立から半年の間に顕在化したのは、アメリカの言動に対する信用や期待、あるいは信頼性の決定的な失墜である。第一に、アメリカがかつてのような自由貿易に復帰することはなく、国際制度・規範を自らリードする国家に戻ることもないとの判断が、同盟諸国を含めた世界各国に急速に共有されつつある。アメリカに対する期待は消滅したといってよい。第二に、しかしそのあとに来るべきアメリカの方針は定まらない。民主党左派から共和党のMAGA （Make America Great Again）勢力まで、大きく異なる考え方を持つ勢力がせめぎ合い、かつ妥協点を見出せないどころか、その努力も放棄して久しいのがアメリカの現状である。一つの政権のなかでも政策は二転三転することが予期され、政権毎の方針の変化はさらに大きなものとなるだろう。

この事態が引き起こすのは、東アジアにおける、そしてグローバルなアメリカの影響力の低下である。日本も含めて、アメリカの同盟・友好諸国が、アメリカの不確実性に対処せざるを得ない状況に追い込まれたからである。これはまず経済と外交政策において顕在化することが予期され、また実際にアジア及び欧州で独自の経済連携を模索する動きが顕在化するなど、すでにその予兆は随所に確認できる。経済、国際規範、国際制度といった側面で、アメリカと同盟国の一体性が急速に失われていくことは避けられない。

他方で、安全保障、とりわけ東アジアにおけるアメリカの同盟網への影響は見定め難い。米中関係の展望が見えないからである。アメリカが国際秩序を維持する意図も能力も失った以上、同盟が存続し、さらには強化されるためには、共通の脅威たり得る仮想敵国が必要となる。かつて西側という国際秩序が存続していた時代、共通の対外的脅威の有無は必ずしも同盟の行方を左右しなかった。同盟の存続と、アメリカ主導の覇権的秩序は密接不可分であり、とりわけそのなかでも中心的地位を占めてきたNATOや日米同盟の解体はアメリカの覇権の消滅へと直結したからである。だがアメリカが国際秩序の維持と拡大という戦略を放棄した以上、同盟の行方はかつての近代欧州国際政治と同様、脅威認識の所在に大きく依存する傾向を強めるものと考えるべきだろう。そして現在のアメリカがその国防に対する脅威とみなす可能性があるのは、すなわちユーラシア大陸において地域覇権を確立する可能性があるのは唯一中国のみであり、そうである以上、日米同盟が揺らぐことはないだろう。日本以外に、平時から有事まで、アメリカが対中戦略において緊密に連携がとれる国家は存在しないからである。

だがトランプ政権の中国への対応は定まらない。国防総省からは対中抑止、同盟強化という従来からの路線に沿った発言が続いている。アメリカの専門家の多くも中国を最大の戦略的競争相手と認識している9。だが実務の動向や専門家の提言はともかく、トランプ政権が、とりわけ安全保障・外交面で、中国に対抗するための施策を実施してきたとはいえない。むしろ関税問題で同盟国との連携を崩し、台湾の地位にも全く配慮せず、東南アジア諸国を中国側に追いやり、ウクライナ戦争をめぐって欧州のみならずインドとの関係を急速に悪化させ、中東にも軍事的リソースを費やすなど、政権発足から半年の間に打ち出されたトランプ政権の重点政策は、対中戦略としては逆効果となるものばかりだといってよい。そもそもトランプ大統領個人の中国への関心は何よりも経済にあって安全保障にはなく、かつ政権内部の対中強硬派は弱体化の一途を辿っている。もしアメリカが経済的利益の獲得を重視して中国の地域覇権を容認するという事態が生じれば、日米同盟が形骸化への道を歩み始めることとなることは避けられない。

以上のように、日米同盟、そしてアメリカの東アジアにおける同盟網の行方は、一重に米中関係、そして日中関係をはじめとした中国とアジア諸国の関係にかかっている。逆にいえば、これは中国の選択が東アジアにおける同盟の行く末を、さらにはこの地域の未来を大きく左右する、そのようなファクターとなったということを意味する。パックスアメリカーナの終焉に伴って、日米同盟は、かつてのアメリカの覇権を支える安定した制度から、「共通の脅威」たる中国の動向によって左右される、不安定かつ暫定的な協定へと変貌してしまったといわなければならない。

（玉置敦彦 中央大学法学部教授）

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