提言・論考
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ウクライナ戦争と中東紛争をめぐる中国の得失とロシアとの軍事協力

はじめに

国際的な安全保障環境は、この数年間で流動化が大きく進んでいる。2022年2月に、ロシア軍によるウクライナへの大規模な侵攻によって勃発したウクライナ戦争は、ウクライナ側による頑強な抵抗により短期で勝利を収めるというロシアの目論見が潰え、今日に至るまで戦闘が継続している。NATO諸国はウクライナに対する本格的な軍事支援に踏み切り、日本を含む西側民主主義諸国がロシアに厳しい制裁を科す一方で、ロシアは核兵器による報復の可能性を示唆するなど、西側諸国とロシアとの対立はこれまでになく高まっている。

また中東では2023年10月に、パレスチナのガザ地区を拠点とするイスラム過激派組織ハマスがイスラエルに侵入し、約1,200人を殺害した上に、251人の人質を連行する大規模なテロ攻撃を行った。これに対してイスラエル軍は、ハマスの壊滅と人質の解放を目指してガザ地区に侵攻し、ガザ紛争が勃発した1。今日でもイスラエル軍によるガザ地区での軍事行動は継続しており、これまでに6万人を超える民間人の犠牲者が発生したとされている。さらに2025年6月には、イスラエル軍がイランを攻撃し、これにイランが反撃する中で米軍がイランの核開発関連施設を空爆する事態が発生したのである。

このウクライナ戦争と中東紛争は、国際秩序をめぐって米国との戦略的競争を繰り広げる中国に対して大きな影響を及ぼすはずである。中国の競争相手である米国はウクライナ戦争と中東紛争に深く関わり、中国が戦略的な連携を強めているロシアは戦争の当事者だからである。本稿の目的は、ウクライナ戦争と中東紛争が、米国との競争において中国にいかなる得失をもたらしたのかを検討することである。本稿ではまず、中国の習近平政権が展開してきた対外的な戦略の目標と、その実現に向けたロシアとの協力の進展について確認する。その上で、中国の対外戦略目標の実現にとって、ウクライナ戦争と中東戦争が中国にもたらしたプラスの側面とマイナスの側面について議論する。最後に、今後の中国による外交政策の方向性を、ロシアとの関係にも触れつつ見通してみたい。

１ 国際秩序の変革を目指す対外戦略とロシアとの連携

2012年11月に開催された第18回中国共産党全国代表大会（18回党大会）において発足した習近平政権は、中央アジア諸国や東南アジア諸国といった中国に隣接する地域に対する外交活動を活発化させた。2013年9月、習近平国家主席はカザフスタンを訪問し、ナザルバエフ大学で演説を行った。この演説で習近平主席は、ユーラシア諸国の経済的連携を強化し、協力を強化するための新たな協力モデルとして、「シルクロード経済ベルト」の建設を提案した。具体的には、太平洋からバルト海へと至る、東アジアと西アジア、南アジアを繋ぐ物流の大動脈を整備することなどを主張したのである2。さらに同年10月に、習近平主席はインドネシアを訪問し、国会で演説を行った。ここで習近平は、「アジアインフラ投資銀行」（AIIB）を設立して、ASEAN諸国とのインフラの相互連結を推進していく意向を示した。また、中国が出資している中国ASEAN海上協力基金を活用して、中国とASEANの間に「21世紀の海上シルクロード」を建設し、両者間の貿易を大幅に拡大する希望を表明したのである3。習近平が建設を提案した「シルクロード経済ベルト」と「21世紀の海上シルクロード」は、後に「一帯一路」として体系化され、習近平外交における重要な政策ツールに位置付けられた。

習近平政権はこの「一帯一路」を推進することなどを通じて、周辺地域における中国の影響力を拡大する対外戦略をとるようになった。2013年10月に、中国共産党は「周辺外交工作座談会」を北京で開催した4。ここで講話を行った習近平は、「中華民族の偉大な復興という中国の夢を実現するには、周辺外交工作を良く行うことが必要」であり、「わが国の発展のために良好な周辺環境を勝ち取らなければならない」と強調した。そして、周辺外交の戦略的目標として、周辺諸国との関係を全面的に発展させることで中国の発展にとって有利な戦略的チャンスの時期を活用すること、国家の主権、安全、発展の利益を守ること、周辺諸国との政治的関係を友好的にし、経済的な繋がりを強化し、安全保障協力を強化することなどを指摘した。さらに習近平は、「運命共同体意識を周辺諸国に根付かせなければならない」とも発言し、中国が周辺地域において主導的な役割の発揮を目指す方針を示したのである。

その後、習近平政権は周辺地域のみならず、グローバルな既存秩序の改変を目指す方向へ対外戦略の舵を切った。2014年11月に開催された「中央外事工作会議」で演説した習近平は、「世界の多極化の進展に変わりはなく」、「国際システムが変革へ向かうことにも変わりはない」と指摘した上で、現在の世界では「国際システムと国際秩序の奥深い調整が進んでいる」とともに、「国際的なパワーバランスが深刻に変化し、平和と発展に有利な方向へと変わっている」との情勢認識を示した。そして「周辺外交」を通じて「周辺運命共同体」を打ち立てることや、発展途上国との協力を強化すること、国際システムとグローバルガバナンスの改革を推進し、中国および発展途上諸国の代表性と発言権を高めることの重要性を主張した。さらに習近平は、「協力とウィンウィンを核心とする新型国際関係の構築を推進すべきだ」とも強調し、こうした新たな対外戦略を「中国の特色ある大国外交」と位置付けたのである5。2015年10月に「グローバルガバナンス体制」をテーマに開催された中央政治局集団学習においても習近平は、新興国や発展途上国の国際的な影響力の増大は、「近代以来の国際的なパワーバランスにおける最も革命的な変化である」との認識を示した。その上で習近平は、「グローバルガバナンス体制における不合理で不公正な配置の変革を推進する」ことや、「人類運命共同体を打ち立てる」などの主張を引き続き豊かにしなければならないと強調した6。

このように既存の国際秩序を変革するという戦略的目標を掲げた習近平政権にとって、ロシアはその実現に向けて協力すべき重要なパートナーと位置付けられるようになった。習近平主席は2013年3月に、初の外遊先としてロシアを訪問した。モスクワ国際関係大学における講演で習近平は、発展途上諸国の台頭によって「国際的なパワーバランスは平和と発展に有利な方向へ発展している」と述べるとともに、各国の相互依存関係が高まることにより、世界各国は「ますます運命共同体になっている」と指摘した。同時に習近平は、各国は「協力とウィンウィンを核心とした新型国際関係の構築を共同で推進すべきである」と主張した。すなわち習近平は、後に「中国の特色ある大国外交」の柱となる「人類運命共同体」と「新型国際関係」を、ロシアにおいて初めて提起したのである。さらに習近平は、強力な中ロ関係が「国際の戦略的バランスと、世界の平和と安定を守るうえで重要な保障となっている」と指摘し、中ロの共同発展が「国際秩序と国際体系の公正で合理的な方向への発展にプラスのエネルギーをもたらす」と主張したのである7。

中国とロシアはその後、既存の国際秩序を西側が主導する不公平なものだと批判し、共同で反対していく姿勢を強めていった。例えば両国は2017年7月に発表した「当面の世界情勢と重大な国際問題に関する共同声明」で、「人権を口実とした他国の内政への干渉に反対」することや、「国際秩序のより公正で合理的な方向への発展を推進していく」立場を確認した8。2019年6月に発表された「新時代の全面的戦略協力パートナーシップに関する共同声明」では、中ロが共同して「相互尊重、公平正義、協力・ウィンウィンの新型国際関係」と「人類運命共同体」の構築を進める方針が示された9。そして、ロシアがウクライナ侵略を始める直前にプーチン大統領が中国を訪問した際に発表された共同声明では、ロシアは「人類運命共同体の構築に関する中国の理念を積極的に評価」し、中国は「公正で多極化した国際関係システムの構築を推進するロシアの努力を積極的に評価」するとともに、「両国の友好に限度はなく、協力にタブーはない」と主張したのである10。

２ ウクライナ戦争が中国にもたらす得失

西側が主導してきた既存の国際秩序の変革を目指して、ロシアとの戦略的協力を深化させてきた中国にとって、ロシアによるウクライナ侵攻はどのような得失をもたらしたのであろうか。ウクライナ戦争は勃発から3年半が経過したが、これまでのところ中国にとってはマイナス面がプラス面より大きいと考えられよう。

中国から見た大きなマイナス面のひとつは、ロシアの国力と国際的な影響力が低下したことである。ロシアが行ったウクライナへの軍事侵攻は国連憲章や国際法に対して明確に反するものであり、諸外国による強い批判を招いた。2022年2月に審議された国連安保理における対ロシア非難決議は、常任理事国であるロシアの拒否権行使によって否決されたが、国連総会では141カ国の賛成をもって採択された。反対はロシアを含めて5カ国、棄権は35カ国であり、圧倒的多数の国々がロシアによる侵略を非難した11。米国や西欧諸国、日本などは国連においてロシアを非難するだけでなく、ロシアに対して厳しい制裁措置を実行した。ロシアの主要な銀行は、国際的な決済システムであるSWIFTから除外され、ロシアの主要な輸出品である原油と天然ガスには禁輸措置が取られた。ロシアの中央銀行やオリガルヒと呼ばれる政商たちの資産は凍結されたのである。ロシアは制裁によるダメージの低減に努めたが、ロシア経済への悪影響は不可避である。ロシアの経済成長率は2022年にマイナスとなり、2024年には4.1％へと回復したものの、今後は1％程度への減速が予想されている12。

ウクライナとの戦争が長期化するに伴って、ロシア軍の損失も拡大している。米国の国際戦略問題研究所（CSIS）の報告書によれば、2025年の夏ごろにはロシア軍の死者は25万人、死傷者は100万人に達するとされる13。またロシア軍は、装備面でも甚大な損失を出している。同報告書は、2024年1月から25年4月までにロシア軍が、装甲戦闘車1,233両、歩兵戦闘車3,238両、戦車1,946両、自走砲320門を失ったとしている14。その他にも黒海艦隊の旗艦である巡洋艦「モスクワ」などが撃沈されたり、戦略爆撃機「Tu-95」「Tu-22M」や早期警戒管制機「A-50」などがウクライナによるドローン攻撃で破壊されたりしている。ウクライナ戦争で軍事力を消耗しているロシアは、対外的な影響力の維持で困難に直面していると思われる。2024年12月に、ロシアが軍事面を含めて支援していたシリアのアサド大統領が、反政府勢力による攻撃を受けてロシアへ亡命した。ロシアはアサド政権を維持することができず、シリアから影響力を喪失したのである。このようなウクライナ戦争に起因するロシアの国力と国際的影響力の低下は、既存の国際秩序の変革を目指す最大のパートナーの弱体化を意味するため、中国にとっては大きなマイナスだといえるだろう。

ウクライナ戦争が、西側諸国によるロシアへの警戒だけでなく、中国に対する警戒感を高めたことも、中国にとっては損失である。権威主義体制で核兵器を保有する軍事大国であるロシアによるウクライナへの侵略は、同様に権威主義体制で核兵器を保有する中国による力による現状変更の可能性への警戒を呼び起こした。習近平政権は東シナ海や南シナ海で日本やフィリピンなどに圧力を高めるとともに、台湾に対しては軍事力の行使を辞さない立場を何度も表明しており、中国が台湾に対して軍事力を行使する「台湾有事」の可能性が高まりつつあるとの認識が広がった。2024年3月に上院の公聴会で証言したジョン・アキリーノ・インド太平洋軍司令官は、習近平主席が2027年までに台湾を軍事攻撃できる能力を保持するよう人民解放軍に命令したとの見解を示した15。2024年9月にウクライナを訪問し、ゼレンスキー大統領と会談した岸田文雄首相は、「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」という強い危機感の下で、ウクライナへの支援に全力を尽くす方針を伝えたのである16。

日本や米国だけでなく、欧州の北大西洋条約機構（NATO）諸国も中国に対する警戒感を高めている。ロシアによる直接的な脅威に直面しているNATO諸国にとって、ロシアを支援する中国は間接的な脅威と映っている。2024年7月に開催されたNATO首脳会議は共同声明を発表し、そのなかでロシアのウクライナ侵攻の「決定的な支援者」として中国を非難するとともに、サイバー攻撃や偽情報工作などを通じて「中国が欧州・大西洋地域の安全保障に対するシステミックな脅威」になっていると指摘したのである17。このような認識の下で、NATOはインド太平洋地域の同志国との連携を強化している。NATOは日本、オーストラリア、ニュージーランド、韓国をインド太平洋パートナー（IP4）として位置づけ、ウクライナ支援やサイバー防御、偽情報対策、AIなどに関する協力を深化させている18。2025年6月に開催されたルッテNATO事務総長とIP4国防相との会談は初めてとなる共同声明を発表し、その中で「欧州・大西洋とインド太平洋の安全保障が相互に連関している」との認識が示され、「ルールに基づく国際秩序」を維持するために協力する方針が確認されたのである19。ウクライナ戦争は、中国に対する西側諸国の警戒感を高めるとともに、ルールに基づく国際秩序に対する中国による挑戦に対抗する西側諸国の結束を強める結果をもたらしたといえるだろう。

他方でウクライナ戦争は、ロシアによる中国への依存の高まりというメリットをもたらした。中国はウクライナを侵略したロシアを外交面で支えるだけでなく、西側諸国によって禁輸となった原油や天然ガスを大量に購入したり、ロシアの兵器製造に欠かせない軍民両用物資を供給したりするなど、ロシアの戦争継続にとって必要不可欠な役割を果たしている。こうしたロシアによる対中依存の高まりは、中国とロシアによる戦略的な協力の深化をもたらしている。中国軍とロシア軍は2019年から爆撃機などによる共同飛行を行っているが、2023年6月の共同飛行では初めてグアム方面へ向かう進路を取った。両国軍が2021年から行っている海軍艦艇による共同航行においても、2024年7月に南シナ海における共同航行を初めて行った20。いずれの地域も中国が米国との角逐を繰り広げている場所であり、中国の意向にロシアが追従している可能性が見て取れる。

また中国は、これまでロシアの影響力が強かった中央アジア諸国への影響力の拡大を図っている。2023年5月には、中国の西安で中央アジア5カ国の首脳を招き、初めての中国・中央アジア首脳会議を開催した。この首脳会議で演説した習近平主席は、「一帯一路」の共同建設を推進したり、外国による内政干渉と「カラー革命」に共同で反対したりすることを通じて、「中国・中央アジア運命共同体」の構築を推進する方針を打ち出した。さらに、中央アジア諸国の法執行・安全保障および防衛能力の強化を支援する意向も表明したのである21。中央アジア諸国による中国への接近の背景には、国力の低下に伴うロシアの中央アジア地域における影響力の弱体化があると考えられ、また中国への依存を強めるロシアは中国による中央アジアへの影響力拡大を黙認せざるを得ないものと思われる。

３ 中東紛争が中国にもたらす得失

一連の中東紛争は、国際秩序をめぐって米国と競争する中国に対して多くの恩恵をもたらしている。まず、中東戦争が国際社会における米国への評価を大きく棄損したことである。ハマスによるテロ攻撃により、多くの市民が犠牲になったことでイスラエルに対する国際的な同情と支援が一時的に高まったものの、その後のネタニヤフ政権によるガザへの侵攻と、一般市民による犠牲を顧みない苛烈な軍事行動により、イスラエルに対する国際的な批判が高まっている。2024年9月18日に、国連総会は緊急特別会合を開催し、イスラエルに対してガザ地区の「不法な占領」を1年以内に止めることを求める決議を審議した22。この決議は中国やロシアのみならず、日本やフランスも含めた124カ国の賛成を得て採択された。反対はイスラエルと米国など14カ国、棄権は英国やドイツ、ウクライナなど43カ国であった23。

このようにイスラエルに対する批判が国際的に高まる中でも、米国は一貫してイスラエルを支持する立場をとってきた。バイデン大統領は、イスラエルとハマスによる紛争が始まった直後の2023年10月18日にイスラエルを訪問し、ネタニヤフ首相と会談した。この会談でバイデン大統領は、「米国はイスラエルと共にある」と強調した上で、イスラエルに対する揺るぎのない支持と、防衛に必要なものを提供する決意を確認した24。その後、バイデン政権はガザ地区の人道状況の改善やイスラエルとハマスの停戦交渉などへの取り組みを見せたものの、国際的な批判を浴びるイスラエルを擁護し続けたのである。

さらに中東紛争は、米国と他の西側諸国との間の亀裂も招いている。先述したように、2024年9月の国連総会決議では、米国が反対する一方で、日本とフランスは賛成、英国とドイツは棄権するなど西側諸国の対応が大きく分かれた。また、2025年6月4日に国連安全保障理事会において、非常任理事国10か国によって共同提案されたガザ地区における「即時、無条件かつ恒久的な停戦」を求める決議が、米国の拒否権によって否決された25。この決議には英国とフランスは賛成しており、米国と西側諸国の立場の違いが鮮明となった。その後、フランスやドイツ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどがパレスチナ国家を承認する意向を表明し、これに強硬に反対する米国との間で足並みが大きく乱れている。イスラエルをことさらに擁護する米国の姿勢は、国際社会における米国に対する不満を招くだけでなく、西側諸国における米国の指導力にも悪影響を与えており、米国との戦略的な競争を戦う中国にとって多大なメリットをもたらしているといえるだろう。

同時に中東紛争は、中東やイスラム諸国との関係を強化する機会を中国にもたらした。中国はガザでの衝突が深刻化した当初から、パレスチナを支持し、イスラエルを批判する姿勢を明確にした。2023年10月23日にパレスチナのマリキ外相と電話会談した王毅外相は、ガザの住民に対する支援の継続を表明した上で、「パレスチナ問題解決の唯一の打開策は、『二国家解決』を実行し、パレスチナの人々の生存権、建国権、帰還権を実現することだ」と指摘した。他方で、同日にイスラエルのコーヘン外相との電話会談で王毅外相は、「各国はいずれも自衛権を有するが、国際人道法を遵守し、民間人の安全を確保するべきだ」と述べ、イスラエル軍によるガザ地区での行動に懸念を示したうえで、「二国家解決」の受け入れをイスラエルに迫ったのである26。

さらに中国は、ガザ地区の紛争をめぐって中東・イスラム諸国への働きかけを強めた。2023年11月には「パレスチナ・イスラエル衝突の解決に関する中国の立場」と題するポジションペーパーを発表し、早期の停戦や民間人の安全の確保、外交的仲裁、「二国家解決」に基づく問題の政治的解決などを主張した27。また王毅外相は同月にニューヨークでパレスチナやサウジアラビア、カタール、エジプトなど中東諸国の外相およびインドネシア、マレーシアの外相らを集めて会合を持ち、ガザ地区の人道状況への懸念を示し、「二国家解決」の実現を主張した上で、「中国と広大なアラブ・イスラム諸国との立場は高度に一致」しており、中国は「アラブ・イスラム諸国の声をさらによく聞き、意義のある行動をとっていく」と表明した28。そして中国は2024年7月に、パレスチナで対立してきたファタハやハマスなど14の勢力の代表を北京に招き、分断の終結とパレスチナの民族団結を謳った「北京宣言」への署名を実現させたのである29。中国はイスラエルを厳しく批判し、パレスチナへの支持を強調することを通じて、中東諸国のみならず、アジアのイスラム諸国との連携強化を図っている。また、パレスチナ自身の団結を促進することにより、イスラエルとそれを支持する米国に対する対抗姿勢を強めているのである。

中国は2025年6月の米国によるイランの核開発関連施設への攻撃についても強く非難している。6月22日に開催された国連安保理の緊急会合において、中国の傅聡国連大使は米国によるイラン攻撃について「国連憲章の趣旨と原則及び国際法に深刻に違反し、イランの主権、安全保障、領土保全を侵害し、中東情勢の緊張を激化させ、国際的な核不拡散体制に深刻な打撃を与えるものだ」と批判した30。すなわち米国によるイランの核開発関連施設への攻撃は、国連加盟国に対する武力攻撃を禁じた国連憲章に違反するだけでなく、非核保有国による原子力の平和利用の権利を妨げることで核不拡散条約（NPT）の信頼性を揺るがすものだと主張したのである。このようにイランをめぐる新たな紛争は、米国こそが既存の国際秩序に反していると国際的な批判を強める絶好の機会を中国に提供しているのである。

おわりに

これまで見てきたように、新たな国際秩序をめぐって米国と戦略的な競争を推し進める中国にとって、ウクライナ戦争は概してマイナスの影響を、中東紛争は多大なプラスの影響をもたらしているといえるだろう。2025年1月に米国でトランプ政権が発足した後は、米国と西側諸国との間の亀裂が拡大する傾向にあり、中国を取り巻く国際情勢は次第に中国に有利な方向へ展開しつつあるように思われる。

今後の習近平政権の対外戦略においては、ロシアとの戦略的な協力関係がさらに推進されることになるだろう。2025年7月に、EUのカヤ・カラス上級代表（外相）と会談した王毅外相は、「ロシアにはウクライナ戦争で負けてほしくない」と発言し、ウクライナ戦争が米国の中国との対立を困難にするとの見方を示したとされている31。ロシアがウクライナ戦争で敗北するようなことがあれば、中国にとって対米競争上で不可欠な戦略的パートナーを失うことにもなりかねない。また、ロシアがウクライナから領土を獲得するような優位な条件で戦争を終わらせることができれば、力による現状変更が国際的に容認されることを意味するため、中国にとっては好ましい前例となる。中国は今後、ロシアがウクライナ戦争で負けることが無いように様々な支援を行うとともに、ロシアとの軍事的な連携をさらに深化させていくことになるだろう。中国軍とロシア軍による共同演習や共同行動は、ますます活発化していくことになると思われる。

また、習近平政権は周辺諸国との関係強化も図っていくことになるだろう。習近平政権は2025年4月上旬に「周辺工作会議」を開催した。この会議で習近平は中国と周辺諸国との関係について「近代以来最も良い時期にある」との認識を示したうえで、「周辺運命共同体」の構築を目指して「一帯一路」の推進や、「アジア安全保障モデル」の構築などを目指す方針を明らかにした32。その後4月中旬に、習近平はベトナム、マレーシア、カンボジアを訪問した。5月には東南アジア諸国連合（ASEAN）、湾岸協力会議（GCC）と中国の3者による初めての首脳会議がマレーシアで開催され、李強総理が出席した。6月には2回目の中国・中央アジア首脳会議がカザフスタンで開催され、習近平が出席した。このように矢継ぎ早に習近平政権が周辺地域との関係強化を図る狙いは、周辺地域に対する中国の影響力を一段と強化することにより、中国を取り巻く地域秩序で主導権を確立することにあるだろう。地域における主導権を背景にして、グローバルな秩序をめぐる米国との競争で優位に立つことが目指されていると考えられる。

（飯田将史 防衛研究所理論研究部長）

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