提言・論考
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グローバルサウスから見た「パックス・チャイナ」
−主体性(Agency)は認められるか−

はじめに

本稿は、本特集の主題である「パックス・チャイナは到来するか」ということを考察する上で重要な論点となる、グローバルサウスから見て中国の秩序を支持するのか否かということを検討したい。具体的には、中国が創出しようとしている秩序とは何か、またそこでは「グローバル・サウス」がいかに位置付けられているのかということ、そしてそのような中国の姿勢や政策がいかにグローバルサウスとされる国々から評価されているのかということを検討する。

筆者はこれまで、本誌において中国とグローバル・サウスとの関係について論じてきた1。そこでは中国が自らを発展途上大国としての自画像を持ち、自らを発展途上国のリーダーだと認識して、非先進国を代表して先進国に対峙するという世界像を、将来像を描いてきたことを指摘している。これは2049年までにアメリカに追いつく（国際舞台の中心に躍り出る）ことにも結びつく。中国は、たとえ2010年代後半以降、国内経済の成長鈍化と相まって対外支援の金額も頭打ちになっていったとしても、巨額のインフラ投資を世界各地でおこなってきた。そこでは、「債務の罠」などが指摘されながらも、依然として中国が世界の途上国から「選ばれる」存在であることが指摘されてきている。

ただ、昨今、中国のアメリカを中心とした先進国への挑戦については、大きな問題があることも指摘されている。それは、そもそも中国が使用することを嫌った「グローバル・サウス」という用語を、インドをはじめとした多くの新興国、途上国が使用し、またインドが自ら主催したグローバル・サウスサミットに中国を招聘しないなど、中国の思惑通りに「非先進国」側がまとまらないということである2。

これらの問題を意識した上で、本稿ではまず中国の秩序認識を示した上で、昨今の変容などを述べ、さらに中国をグローバルサウスとされる国々はどのように評価しているのかということを考察した上で、グローバルサウスから見て中国の秩序を支持するのか否かということを論じたい。

1. 中国の想定する秩序認識とその調整

周知の通り、胡錦濤政権と異なり、習近平政権は国際秩序の創造者として自らを位置付ける。そして、2017年の第19回党大会において習近平は、2049年の建国100年を目途に「国際舞台の中心に躍り出る」、すなわちアメリカに取って代わるとした。また、民族の夢を実現するとしている。民族の夢が台湾統一の枕詞であることからも、台湾周辺の最終目標も最終的にはこの21世紀半ばに想定されているものと思われる。

国際秩序の面では、同じく2049年に新型国際関係が完成するとされる。この新型国際関係こそが中国の想定する国際秩序であろう。これは、経済関係を基礎とし、それがパートナーシップへと拡大し、朋友圏などとなり、最終的に運命共同体となっていくものだ。これは国連憲章を具体化したものとして想定され、一帯一路はその実験場だという。新型国際関係が提起されたあと、グローバル発展イニシアティブやグローバル安全イニシアティブが提起されたが、これらは新型国際関係の構成要素であろう。この新型国際関係で重要なのは、西側の国際関係の理念（例えばdemocratic peaceなど）を用いず、経済を軸として関係性を描くところである。だが、このことは政治や安全保障を排除していることは意味しない。あくまでも経済関係を強調しながらも最終的には安全保障なども考慮していくということだ。このことは、中国国内における「安全こそが（経済）発展の前提」という言葉とも関係するし、また前述の安全イニシアティブが新型国際関係の論理と関連づけられていることからもこれが理解できる。

また、新型国際関係では中国と世界各国との緊密な通商関係が想定されており、その通商上のトラブル処理などの制度化も視野に入れられていることには留意が必要だ。深圳、北京などの国際商事法廷がそれにあたる。こうした意味で中国は自らの経済力を活用して国際秩序を形成していこうとしていると言える。ただ、中国がGATT-IMF体制にかわるような規範を創出できるのかと問われればそれは困難だろう。特に中国が金融面での秩序を形成することが難しい。中国は自らの貿易収支などを赤字に追い込んで、世界各国の人民元保有を拡大させていくという方針を有していない。現段階で、ドルを基軸通貨として維持してきたアメリカと同じことができるわけではないということだ。

その国際秩序について、中国はアメリカを中心に先進国が形成してきた秩序では現段階の国際問題を解決できないと強く批判する3。だからこそ、ロシアなどと共に先進国を少数派の時代遅れとして非難し、上海協力機構やBRICSなどを拡大して、非先進国の集まる場として位置付けようとする。ここで想定されている対立の構図は、「先進国vs非先進国」というものであり、「先進国vsならず者国家」という対立を描き、そのほかにグローバルサウス諸国があるという先進国の描く世界観とは大きく異なる。中国にとっては、非先進国がその力を発揮できる場として国際連合を想定し、国連支持を強く訴える。中国は自ら非先進国の代表だと認識する。しかし、2023年1月の「グローバルサウス（の声）サミット」に中国が招待されなかったように、中国は先進国に対峙するだけでなく、インドなどの新興国に対峙していくことに迫られているのである。新興国もまた中国と同様に自らの世界観を持ち、新たな地域秩序などを創出しようとしていると考えられる4。

2. 「全球南方」から全球南方へ

世界的にグローバルサウスという言葉が元来の学術的な意味を離れて使用され始め、2023年1月の「グローバルサウス（の声）サミット」などのように公的に使用されると、もともとこの言葉の使用を嫌った中国も方針を転換して、2023年夏から括弧をつけて使用するようになった。これは、川島真前掲「中国から見た『グローバルサウス(全球南方)』」にて明らかにしたとおりである。中国は、自らを「南」の声を代弁するはずだと自認しているので、中国はもともとグローバルサウスの一員であるなどとして定義し直したのである。ただ、括弧があるのは本来その言葉の使用を望んでいないことを示す。

だが、中国は2024年末にこの方針を転換して括弧を外すようになった。例えば、2024年11月11日に習近平がグローバルサウス諸国のシンクタンクの代表を招聘して開いた会議に向けて発した書簡では、明確に「全球南方」と括弧が付けられていたが5、2024年12月17日の王毅の「国際形勢与中国外交研討会」での発言では括弧がはずされていたのである6。だが、その後の中国の公式文書で括弧がつけられることもあり、依然曖昧なところも残るが、中国もまたグローバルサウスという言葉を全面的に受け入れる姿勢になったということを示すのであろう。

特に、2024年9月に国連で王毅外相がグローバルサウスと中国との協力について見解を述べ7、翌10月に開催された第16回BRICS首脳会議で、「パートナー国」制度が導入され、「BRICS＋」として新たな枠組みが形成された際、習近平が特にグローバルサウスを強調する演説を行ったことも重要だ8。習近平は、「『グローバルサウス』が集団として台頭してきている。このことは世界が大きな変局を迎えていることを明確に示している」などとし、世界史上前例のない壮挙だなどとしながらも、そのグローバルサウスの振興は決して簡単には進まないなどと警戒を促し、「私たち」の結集を訴えた。また、グローバルサウスの台頭こそは、中国が人類運命共同体を構築することと同義として扱われている。

前述の2024年12月17日の王毅の「国際形勢与中国外交研討会」での発言でも、10月の習近平の言葉を繰り返し、グローバルサウス諸国の力を結集すること、それが中国のいう運命共同体形成につながること、さらには中国が世界のそれぞれの地域の新興国や開発途上国とどれほど強固な関係を築いてきたのかと言ったことを強調した9。2024年後半の一連の習近平や王毅の言葉は、2025年に入って文章としてまとめられ、『求是』に掲載された（ここでも括弧は外されている）10。このように中国の首脳がグローバルサウスについて多くの言葉を語るのは、アメリカのトランプ政権の成立など、中国に有利な国際環境が育まれていたことだけでなく、インドなどの新興大国もまたグローバルサウスの中心に自らを位置付けようとしていることなどが影響していたのではないかと考えられる。王毅は「国際環境がどのように変わろうとも」中国は常にグローバルサウスと共にあるなどと中国の存在を強調していた11。「先進国対非先進国」という構図で世界を捉え、先進国の秩序を打破して「新型国際関係」を構築せんとする中国にとっては、非先進国＝グローバルサウスとの連携、また中国がそのリーダーであることが戦略上必須なのである。

3. 周辺外交への注目

2025年4月、習近平政権は「中央周辺工作会議」を開催した12。かつての会議が「周辺外交工作座談会」であったから「格上げ」になったことがわかる。なぜ、「周辺工作」が重視されたのか。前節との関係で言えば、グローバルサウスの結束を実現する上で、「周辺」こそが最初の対象となったという面もあろう。また、アメリカのトランプ政権が発足し、世界の不安定性が増す中で、中国自身が不測の事態に備えるために、まずは自らの周辺を固めるという意味もあったのだろう。しかしながら、2025年5月に発表した「新時代の国家安全白書」では、アジア太平洋という地域に注目し、特にそこが課題になっていると強調した13。これがアメリカとの関係性を意識したものであることは言うまでもない。日本や韓国などのアメリカの同盟国、フィリピンをはじめアメリカとの軍事協力関係を重視する国々は中国から見れば批判の対象である。アメリカとの2049年に至る長期的な対抗関係を考えれば、アジア太平洋こそが焦点になると言うことだ。その意味で、まさに周辺、特に陸の周辺が大切になると言うことになるのだろう。グローバルサウスの観点から見れば、グローバルサウスへの関与にもその対象に応じて濃淡があると言うことであろう。周辺こそが、中国にとってのグローバルサウスの重点地域だということだ。

このことは中国首脳の行動からも見て取れる。「中央周辺工作会議」の後、習近平はベトナム、カンボジア、マレーシアを訪問、また李強首相がマレーシアに赴きアンワル首相が開催した、ASEAN、GSS諸国との首脳会議に参加した。そして習近平はカザフスタンで中央アジア首脳との会談を行った。基本的に大陸部の周辺との関係が強化されたのである。ここで留意を要するのは、南アジアが欠けていることだ。中国とインドとの間には国境問題があり、さらに中国の友好国であるパキスタンとインドとの間に紛争が発生したことによって、中印関係はさらに悪化した。中国と周辺との関係は決して順調ではない。前述ようにインドはグローバルサウスの主導者になろうとしている面もあり、中国との関係が難しくなっている。しかし、トランプ政権の対インド政策が硬化することで、中国に好機が訪れた。2025年8月、王毅外相がインドを訪問し、モディ首相が天津で開催された上海協力機構首脳会議に参加した。

4. グローバルサウス諸国の評価

中国のグローバルサウスへの関与が中国のいう新型国際関係、運命共同体の形成につながるのか否か。この点はこの特集の課題である「パックス・チャイナ」とも関わることだ。この問いを考える上で重要なことはグローバルサウス諸国の中国に対する評価だろう。すでに多くの論考が指摘するように、グローバルサウス諸国の多くは先進国による「先進国対中・ロ・北朝鮮・イラン／グローバルサウス」と言う構図も、また中国による「先進国対非先進国」という構図も好まない。特に低開発国であればあるほど、経済発展こそが国是であり、そのために先進国であれ非先進国であれ、自国に投資し、またインフラ建設のための援助を与えてくれる国を好む。そして、権威主義体制の国であれば、その権威を保つために、特定の国からの支援にばかり依存することを避けようとする傾向さえる。結果的に、バランスをとりながら国益拡大を図るということになる14。

この点は中国への依存が強いとされるカンボジアなどでも同様だ。「債務の罠」などの問題を十分承知していても、巨額なインフラ投資をしてくれる国は中国しかない。だからこそ、フンマネット政権も中国からの援助を獲得してメコン川の運河建設を進め、かつ中国の支援でレアム軍港を建設しながらも、完成した軍港に日本の海上自衛隊を招くなどして、バランスを取ろうとする15。

グローバルサウス諸国にとって果たして中国の存在がどれほどの意味を持つのか。その一つの答えは、開発途上国なり、新興大国なりが有している国益、またそれぞれの国の首脳や政治家、官僚機構、地域社会の利益に叶うプロジェクトを中国が提供できるか否かということにかかっている。つまり、グローバルサウス諸国が中国を選ぶかどうかということだ。中国が相手国の主体性(agency)を理解し、尊重するならば、中国は選ばれるであろう。無論、それでも「中国一辺倒」にはならないようにするが、それでも中国を主たるドナーとすることになろう16。中国が新型国際関係、運命共同体などを実現していく上では、グローバルサウス諸国からの支持が不可欠である。そのためには中国が各国の需要を踏まえ、インフラを提供し続けていく必要があるということになる。

おわりに−パックス・チャイナは到来するのか−

最後にこの特集の主題である「パックス・チャイナは到来するのか」という点について考えてみたい。習近平政権は胡錦濤政権とは異なり国際秩序の構築を進めようとし、かつ先進国を「時代遅れ」と批判して、非先進国を新たな秩序の創造者と位置付ける。その構想は、新型国際関係など依然として極めて曖昧ながら、経済を基軸にパートナーシップを構築し、それを運命共同体に高めていくという方向性に即して、中国はグローバルサウス諸国と経済関係を基軸にした関係性を築いている。そうした意味で、中国自身は「パックス・チャイナ」を築こうとしているのだろう。それは2049年には国際舞台の中心に躍り出るなどとしていることからもわかる。

だが、人民元を世界の基軸通貨とすることに十分な準備ができていないように、その行動はパックスチャイナには程遠い面がある。「豊かさ」が十分に実現していないこと、そうでありながら高齢化が進行していることなどさまざまな構造的な問題がある。ただ、だからといって中国自身の想定する将来の目標に意味がないとか、また現実性がないと断じることも難しい。国家安全白書にあったように、中国は国際情勢や国内状況に合わせながら随時目標を設定し、その長期目標を実現しようとしている。

他方、「パックス・チャイナ」の最大の難関は、支持者を得られるかということにある。同盟国を持たない中国は、新興大国と協力し、開発途上国からの支持を得なければ新型国際関係も運命共同体も実現しない。目下の中国は、先進国と対峙するだけでなく、グローバルサウスの主導者たらんとする新興大国とも競争し、かつ開発途上国の支持を得続けなければならない。そして、その「秩序」は経済関係だけでは成立しないことからルールを形成し、またそのルールを支える価値を生み出すことも必要になる。歴史的に冊封や朝貢などの経験はあっても、それは理念的に「天下」全体を含んでいても、実際には中国とその周辺とで形成されていた関係性に過ぎないし、そもそも相手が中国の華夷思想を受け入れ、中国の制度を共有した上で冊封や朝貢とされる行為を行なっていたとは限らない。その点で、現在の中国の直面している課題は、歴史的にも未曾有の、未知の領域にあることだと考えることもできる。

（川島真 東京大学教授）

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