提言・論考
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中国「一石三鳥」の深海底資源開発
－米国不在の海洋ガバナンスをめぐって－

はじめに

2024年12月、中国の国有企業、北京先駆高技術開発有限責任公司（以下「北京先駆」とする、Beijing Pioneer Hi-Tech. Development Corporation、1993年設立）が、日本東端の南鳥島沖の公海域で、マンガンノジュール最大7500トンの採鉱試験を25年夏に20日間実施すると発表された。現場は水深5000mを超える深海底で、日本の排他的経済水域（EEZ）に沿うように中国の鉱区が設定されている1。マンガンノジュールは希少なレアメタルを豊富に含み、採鉱も比較的容易なため、今後の商業開発が有望視されている。北京先駆は2019年10月に国際海底機構（International Seabed Authority: ISA）と同海域の探査契約を結んでいた2。

米国の中国に対する関税攻勢が中国のレアアース禁輸で揺らいだように、国際情勢が不透明化する今日、希少資源の保有は各国の国運に大きな影響を及ぼす。中国の深海底への注力は、こうした経済的な視点から捉えられることが多い。しかし、実際にはその含意は軍事や安全保障に及ぶ。

中国国内の情報筋は、この採鉱試験には中国人民解放軍の船隊が同行予定としている。軍隊による資源探査のエスコートは、国際法で特に禁じられてはいない。ただし、一行はこの海域で、海上から深海底までの詳細な調査を行う、という情報がある。

ここで世界地図を広げて鉱区の場所を確認すると、興味深い事実が浮かび上がる。同鉱区は、ハワイと台湾を結んだ線上の、ほぼ中間地点に位置する。つまり、台湾有事が起きて米インド太平洋軍がハワイから駆けつけようとすれば、ほぼ必ず経由する海域なのだ。データを収集するのが解放軍か中国企業かはさておき、中国としてこの海域の情報を押さえておくことは、将来起こりうる潜水艦戦の備えとして極めて重要である。つまり一見、レアメタル資源の開発を目的とする試験採掘は、習近平政権が2015年から唱えてきた「軍民融合」の目的を兼ね備えていると考えられる。

こうした推測は、解放軍の行動を考え合わせるとさらに現実味を帯びる。マンガンノジュールの採鉱が目前に迫る25年6月、中国海軍は太平洋で大規模な演習を行った。7日にはまず空母「遼寧」らが南鳥島の日本のEEZに進入した。さらに9日には空母「山東」らが沖ノ鳥島の日本EEZに進入した（中国は沖ノ鳥島を島と認めておらず、よってその周辺のEEZも認めていない）。中国空母が太平洋で２隻同時に活動したのは初めてだったし、いわゆる「第2列島線」を超えて南鳥島周辺に進出したのもこれが初の事例だった。つまり中国は海底資源探査の実施とほぼ同時期に、自国の軍事活動を同海域へと拡張し始めたことになる。中国は自国の太平洋におけるプレゼンスの拡張のため、軍事と経済の両方の手段を組み合わせていると考えられる。

本稿は、中国のこうした分野横断的な行動様式を念頭に置きつつ、深海底における同国の資源開発の動向を検討し、その国際的な含意を考えたい。

1. 深海底をめぐる国際レジーム

今日、海洋国際法の基盤となっているのは、1982年に採択された国連海洋法条約（United Nations Convention on the Law of the Sea: UNCLOS）である。同条約が沿岸国にEEZの設定を認めたことで、世界の海の約3分の1が各国の管轄下に入り、以降、国際的な焦点は残された公海の秩序に移った。公海の中でも深海底の鉱物資源は、UNCLOSを踏まえて1994年にジャマイカに設立されたISAが管理している。

ここで興味深いのは、UNCLOSを批准しなかった米国は、ISAにも入っていないことである。UNCLOS締結当時、深海底の開発能力を持つのは世界で実質的に米国だけだった。米国にとってISAのような国際組織に自国の行動を縛られる選択は非合理だったため、米国はUNCLOSを締結しない選択をした。つまり、深海底資源をめぐるグローバルガバナンスはもともと米国抜きで成立しており、そこでは構造上、中国が影響力を発揮しやすい。

現在ISAは、商業開発が期待される多金属団塊（polymetallic/manganese nodules)、多金属硫化物(polymetallic sulphides)、コバルトリッチ鉄・マンガンクラスト(cobalt-rich ferromanganese crusts)の3種類の資源を管理し、それぞれについて探査（exploration）と開発（exploitation）の規則の策定を進めてきた。深海底の開発技術が進展したことで、昨今の焦点は開発規則（mining code）の策定に移っている。資源開発に関心を持つナウル政府は、2021年6月にISAに2年以内のmining code策定を求める文書を送付した3。だが、一部のNGOは深海底という未知の領域での環境・生態系の破壊を懸念し、それに後押しされる形でフランスが開発の禁止を、カナダやメキシコなどの国々がモラトリアム（一時的な議論停止）を求める事態となり、中国などの早期採択派と対立している4。すでにmining codeの草案はできているが、2025年7月の総会でも採択に至らなかった。資源開発への関心を見せる日本は、その中で中間的な立場をとっている。

深海底開発には、こうしたISAのルール策定をめぐる競争のほか、その前提となる技術の優位性をめぐる競争が存在する。2022年にはカナダのThe Metals Company (TMC)の子会社、Nauru Ocean Resources Inc. (NORI)とオランダのAllseasが、太平洋のクラリオン＝クリッパートン断裂帯（Clarion Clipperton Zone: CCZ）の水深4000mの地点で、3000トンの多金属団塊を試験採集し陸上げに成功した。深海に散らばる多金属団塊が商業規模で採集されたのは1970年代以来だった5。2025年2月には日本の大平洋金属株式会社（PAMCO）が、このとき採集された多金属団塊2000tを用い、高品質のニッケル・銅・コバルト合金35tと珪酸マンガン320tを製造する試験に成功した6。中国はこのような西側連合を後追いする形で、南鳥島沖の深海底の試験採掘を発表したことになる。

ISAに参加していない米国は、こうした国際社会の動きにまったく関与できていない。2025年4月25日、トランプ大統領は大統領令を交付し、深海底のレアアース資源の重要性を強調し、米国は深海底での資源開発能力を向上させるべきという方針を打ち出した7。米国も深海底をめぐる国際的な動きが加速していることに焦りを募らせているが、UNCLOSを批准していない同国ができることは、国際機関の構造上、非常に限られている。逆に言えば中国にとって、深海底の資源採掘をめぐるグローバルガバナンスの行方は、完全支配は無理であれ、比較的操作しやすいものになっている。

2. 公海上の海洋権益確保に向けた中国の取り組み

この節では、公海上の海洋権益確保に向けた中国の歴史的な動向を概観したい。

現在、中国の３組織がISAと5件の探査契約を結んでいる。中国の深海底開発組織として最も歴史が長いのが中国大洋鉱産資源研究開発協会（China Ocean Mineral Resources Research and Development Association: COMRA）で、ISAから2001年に北太平洋のCCZで7.5万km2の多金属団塊の鉱区を、2011年に南西インド洋で1万km2の多金属硫化物の鉱区を、2014年に北東太平洋（マリアナ海溝）で3000km2のコバルトリッチクラストの鉱区をそれぞれ獲得した。COMRAは国際深海底での資源研究と開発のために中国国務院が1990年に設立した組織で、世界で初めて3種の鉱物資源すべての鉱区を押さえたことになる8。

これに加え、2017年には中国の資源開発大手である中国五鉱集団（China Minmetals Corporation、1950年設立）が、CCZで7.3 km2の多金属団塊の鉱区の探査契約を結んだ9。さらに2021年には、冒頭に記したように、北京先駆が西太平洋（南鳥島沖）で7.4 km2の多金属団塊の鉱区を獲得した10。これら3つはすべて中国の国有組織である。

「遅れてきた海洋強国」だった中国は、早い段階から海底資源に強い関心を示してきた。同国は1972年まで国連に参加できず、UNCLOS制定に向けた国際的な議論からも締め出されていた。中国が途上国の支持を受けてようやく国連に加盟したころ、それらの国々では先進国に対する資源ナショナリズムが高まっており、中国は当初から南北問題の視点で海洋をめぐる国際的な枠組みに参入した。そのため中国は、米国の「覇権主義」的な単独深海底開発に反対してISAによる資源の「単一開発制」を支持したし、また早くも1970年代中期から80年代初めにかけて太平洋で多金属団塊を調査するなど、国際的な枠組みの中で自国の海洋権益をしっかり確保していこうとした11。中国の文献が海洋戦略を語る際には、1980年代から必ず公海上の自国権益の確保に言及していた。

中国は海洋開発の重点を、2010年代までは自国が主張する管轄海域の管理強化に置いていた。だが近年では大洋・深海底重視が強まっている。中国の海洋科学考察船団は世界最大で、中国科学院に所属するものだけで4タイプ、10隻を数える12。その他に、水深1万m以上潜水でき、2024年末までに1433回深海調査を行った有人科学潜水艇「奮闘者」号や、水深4500mまで潜れ、鉱物マッピングが行える深海無人機「潜龍三号」なども備えている13。こうした装備を用いて、中国は太平洋からインド洋の広大な海域で頻繁に海洋調査を行っており、確認されているケース数は他国を圧倒している14。

3. 習近平の深海底開発

中国共産党は2012年11月に開催した第12回党大会で海洋強国建設を唱え、習近平はその大会で総書記に就任した。彼は北京出身だが、1985年から沿海の福建省で、2002年から浙江省で地方幹部を務めたことがあり、海との馴染みが深い。地方幹部として地元の経済発展を模索する中、習は福建省寧徳県の党委員会書記だった1989年から度々、海洋経済の発展を提唱しており、2003年には「海洋経済発展と国防建設の統一計画、統合配慮」を実施するよう省内の党と政府の幹部たちに求めていた。海洋経済の発展や、それと国防とを統一的に計画して海洋戦略に活かすという考え方は当時まだ一般的ではなく、これらは習個人のこだわりだったと考えられる15。こうした独自性は、彼が進めた海洋強国建設において存分に発揮された。

習近平の海洋強国建設は、「陸海統籌（陸海を統合的に計画せよ）」や「軍民融合」をスローガンに掲げ、トップの指導で分野横断型の統合的政策を策定し実施しようとする傾向が強い。2015年7月に改正された国家安全法では、海洋や国際空間での国家安全の確保に関する条項が加筆された。また、2016年2月に制定された深海海底区域資源探査開発法は国際海域での資源開発に関する法律だが、その中では資源探査・開発に関する計画策定が国家に義務付けられた。直後に発表された第13次五カ年計画は「海洋」を戦略的産業と認定し、「海洋、宇宙、サイバー空間」について軍民融合発展プロジェクトを進めると決定している。その後5年間に中国は、ブイや係留装置などの各種海洋観測装置や、海洋観測用の人工衛星網を構築していった。その基礎の上に、2021年に始まる第13次五カ年計画は、「船舶及び海洋プロジェクト装備」を先進的製造業と認定し、海洋装備開発は「戦略的重要性を持つ新興産業」として国家の重点支援を受けることになった。これ以降、中国では民間を含め多くの企業が、海洋技術開発に積極的に参入していった。さらに中国は2021年度から、全国土空間をカバーするデジタルガバナンスの立ち上げのため、全国の地理的計画を統合して新たに国土空間規画を立ち上げた。ただ、これはあまりに抜本的な改革だったため、最初の5年間は準備作業に充てられることになり、2026年度から2035年度にかけてようやく計画の実行段階を迎える。

このように考えると、現在のタイミングの重要性は明確である。中国の海洋強国建設は、来年3月に発表される第15次五カ年計画期から新段階に入る。中国は過去5年間に、全国4か所に国家海洋総合試験場を開設し、なかでも海南省三亜沖のそれは深海技術に特化していた。これと別に、南シナ海には2030年までに深海「空間ステーション」が開設される予定で、その主装備はすでに製造段階に入っている。また同じころ、中国の研究所や大学は深海採掘装置の研究を加速し、水深5-6000mで活動可能な無人の電動採掘車を開発するなどしてきた。次の五カ年計画期には、こうした装備の実用のため投入される可能性が極めて高い。

これを裏付けるのが、今年2025年2月に自然資源部等が発表した、海洋エネルギーの利用の大規模化を指示する文書である。ここで言う海洋エネルギーには、潮差発電と潮流発電を含む潮汐発電、波浪発電、温度差発電、塩分濃度差発電などが含まれる。文書はこうしたさまざまな電源を組み合わせて、沿岸部だけでなく、島や深遠海への安定的な電力供給を実現するよう求めた16。中国は来年度以降、これまで開発してきた海洋装備を本格的に稼働していく予定と見られる。

4. 途上国への接近

本稿の冒頭で触れた通り、中国は2025年8月に南鳥島沖でマンガンノジュールの試験採掘を予定しており、その直前に中国空母が同海域に進出した。しかし中国は太平洋の北方だけでなく南方にも同様に、軍民融合による積極的な進出を仕掛けている。

2025年2月、中国はオーストラリアとニュージーランドの間のタスマン海で初めて軍事演習を実施し、しかも関係国に事前通報を行わなかった。このニュースは両国の対中警戒心をさらに高めたが、その直後、クック諸島が中国と海底鉱物資源の探査協力を含む広範な内容の協定を締結した。3月にはキリバスが中国と類似協定の締結交渉を始めると発表し、ナウルも追随する可能性があると報じられている。ここでも中国は、軍事と経済を組み合わせた硬軟両用パターンで、南太平洋への進出を図る。かつてクック諸島を領有し、その独立後も財政支援を続けてきたニュージーランドは、協定に関する事前協議が皆無だったとして、6月にはクック諸島に対する支援(約1100万米ドル）を完全停止した。

注目に値するのは、中国が外交的なアプローチを併用し、深海底の資源探査という分野でも途上国への接近を図っていることである。これまで人類の影響が及んでいなかった深海で新たな技術基盤を構築し、そこへの影響力を広げようとするかのように、中国は巨大な国家財政をその資源開発に投入していると見られる。その経済性は脇において、中国が米中競争を念頭にいずれにせよ技術開発を進め、採掘の商業化を目指すのであれば、広大な排他的経済水域を有する島嶼国との外交的な関係性の強化は非常に望ましい。中国が新たな領域での資源開発を可能にし、リターンの一部を島嶼国に配分できるのであれば、それらの小国の財政は潤い、中国は国際政治上の支持者を獲得できる。またさらに、レアメタルやレアアースの独占状態を国際的に強化することも可能だ。つまり中国にとって深海底の資源開発は、経済と軍事だけでなく、外交上も有用なのである。

こうした可能性を裏付けるように、中国はISAを介して途上国への影響力を広げている。2023年において、ISAに対する中国の拠出金は169.1万米ドルで、各国拠出金総額の36.4％を占めていた。2位の日本（16.0%）を大きく引き離し、圧倒的な存在感を放っていたといえる17。中国は1998年からキングストンの中国大使館にISA大使を常駐させているが、現在の陳道江大使は、大使館のウェブサイトによれば2025年1月にISA事務局長に就任したブラジル人のLeticia Carvalho女史としばしば会談し、「南南協力」を強調している。さらに中国は、2020年11月には中国-ISA連合培訓和研究中心（共同トレーニング研究センター）を、青島の自然資源部国家深海基地管理中心内に開設した。それ以降は毎年、途上国の海洋技術者の育成のために中国が研修を実施している。2024年度には、アルゼンチン、アンティグア・バーブーダ、ブラジル、パプアニューギニア、ベニン、ペルー、トーゴ、フィジー、ガーナ、バングラデシュ、メキシコ、モロッコ、モザンビーク、南アフリカ、ナイジェリア、シエラレオネ、スリランカ、タンザニア、チュニジア、インドネシアの20ヵ国から20人が、中国から4人がこれに参加した18。

ISAの中には本来、環境保護か開発かをめぐってルール構築に関する大きな対立がある。しかしこうした研修は、ISAの国際組織としての権威を借りつつ、途上国に中国寄りの深海底探査・開発技術や考え方を広めるのに有効であろう。またこの研修は、中国と途上国の間の人的関係性を強化する場にもなっていると考えられる。中国のこうした長期的投資によって、ISAのルール策定をめぐる競争関係は今後、大きく変化していく可能性がある。

おわりに

深海底の資源開発については、その経済性の悪さから、日本では真面目に考慮されることがほとんどない。しかし、中国は対米競争や安全保障、および国内外における中国指導者のリーダーシップの確立を重視する政治の国で、日本とはコスト計算に関する考え方が全く異なっている。そうした中国にとって、深海底という人類未到の領域に踏み出す技術を先駆的に開発し、途上国を味方につけながらこの分野で新たな国際秩序を構築していくことは、経済、軍事、外交の3つの面から見て非常にメリットが大きい。同様の構図は宇宙やサイバー空間をめぐっても存在するが、深海底では米国がそれをめぐる国際秩序に参画していないため、中国にとってより有望な空間と映る。

中国の海洋進出に関して、日本にとっての最大の課題は尖閣諸島であり、日本人の関心はせいぜい台湾海峡や南シナ海にとどまってきた。しかし前述したように、中国の海洋進出は2026年度からフェーズ転換すると見られ、太平洋やインド洋での活動が本格化しそうである。またその中で、深海底での資源探査は注目点の一つである。その国際ガバナンスが中国に乗っ取られることのないよう、日本は他の西側諸国や先進国とも協力しつつ、海洋関連技術の向上、およびそれをめぐる国際協力やルール策定にも尽力していくべきである。

（益尾知佐子 九州大学教授）

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