中国経済の中長期的展望－米国や世界との関係との行方－ - 提言・論考 - SSDP 安全保障・外交政策研究会 - Society of Security and Diplomatic Policy Studies

提言・論考

中国経済の中長期的展望
－米国や世界との関係との行方－

1. はじめに

パックスチャイナ、すなわち「中国が覇権国として国際公共財を提供して世界の安定を支える時代は来るか」が今回の研究会のテーマである。この問いに答えるためには、中国の未来を占うと同時に、現在の覇権米国がその地位を中国に明け渡すような後退を呈するかという未来も占う必要がある。この点について、筆者はむしろ中国より米国の未来の方が未知数が多い印象を持つが、そのことを主題に据えることは本稿の役目ではないので、本稿は専ら中国の未来、かつ中国の国力の根本的な拠り所になる中国経済の未来を占うこととし、最後に簡単に「パックスチャイナ」の成否に触れることにしたい。

2. 「中国モデル」の変化

共産党独裁と市場経済の活用を組み合わせた「中国モデル」は、過去四半世紀にわたって中国経済を飛躍的に成長させてきたが、その内実は前段の2000年代と後段の2010年代以降で大きく変化した。前段の成長では、WTO加盟後欠乏していた資本や技術を外国から導入して「世界の工場」になる戦略が成功した。労働力は内陸部から沿海部に1億人以上が投入された。道路や港湾など欠乏していたインフラの整備も税収の増加で財力をつけた政府が大車輪で進めた結果、資本と労働が投入されて生産性も向上、成長に必要な三要素が揃い踏みした中国経済成長の黄金時代だった。

しかし、2010年代に入ると成長パターンが変質した。きっかけはリーマン・ショック後の2009年から「4兆元投資」が始まったことだ。地方政府は2000年代には外資誘致で業績を競い合ったが、これ以降は借金と投資による成長を競い合うようになった。経済成長と人口動態の変化（少子化に伴う労働人口比率の上昇）によって貯蓄が潤沢になったことがこの路線を支えた。

投資は累積するにつれて経済効率は低下し、負債償還に時間がかかるようになる。そうなれば投資のペースは落ちるのが普通だが、後述するように、政府が市場メカニズムよりも強い力を経済に及ぼすようになった中国では、投資規模がなかなか減らなかった。2010年から2024年までの15年間の固定資産投資累積額は747兆元（≒ 1京5200兆円）に及ぶ。効率が低下した既往の負債は償還に時間がかかる上に年々新たな負債が乗ってくる結果、中国の負債残高は2009年初のGDP比147%から2024年末の286％へと急増した。

3. 借金･投資頼みの咎めが顕在化

2010年代に過剰な借金とそれによる不効率な投資に依存する成長を続けた結果、中国経済には質の悪い資産と返済困難な負債が大量に堆積した。近年、その財務体質劣化の咎めが不動産バブルの崩壊や地方財政の危機といったかたちで顕在化しつつある。

不動産バブルの「崩壊」

資産価値の下落やデベロッパーの破綻といった不動産バブル崩壊の１次症状は政府の介入によってあまり顕在化していないが、住宅の販売・新規着工面積がコロナ前の2019年の半分以下に低下、持ち家の価値下落を体感する家計の消費が｢守り･節約モード｣に（｢逆資産効果｣）になるなどの「2次症状」は顕在化しており、総体としてみれば中国の不動産バブルが崩壊期に入ったことは否定できない。

｢多重債務者｣状態の地方財政

地方財政は過剰なインフラ投資による莫大な負債の償還負担に加えて不動産不況による土地関連歳入の大幅減少などにより著しい財政難に見舞われており、公務員給与の大幅カット、無茶な歳入確保策(「非税収入」大幅増)、融資平台の債務償還事故多発、政府の契約代金債務の履行遅延などの異常事態が続発している。

政府は抜本策を講じようとしないが、地方財政を抜本的に再設計しない限り、地域の民生、経済に関わる地方政府の職責を全うすることが困難になる恐れがある。

政府はバブル処理を先送り

しかし、これまでに打ち出されている政府の対応策は問題を先送りする傾向が目立つ。不動産については、未完工物件を完工させるため、資金ショートのデベロッパーに銀行から無担保で追加融資させたり（保交楼）、余剰住宅を地方政府が買い上げて公営住宅に転換する政策が採られているが、前者は不動産の損失を銀行に「飛ばす」ことになる、後者は買上げ価格が高すぎれば地方財政を更に圧迫するし、低すぎればデベロッパーを即破綻に追い込むことになる。

地方財政難についても、金融機関に債務の期限繰延べや利子軽減をさせたり（「化解」）、短期･高利の隠れ地方債務を低利･長期の地方債で借換えさせる政策が採られているが、前者は地方政府の財務体質の劣化を金融機関に「飛ばす」ことになるし、後者は償還負担は軽減されるが、債務が減る訳ではないし、短期高利の貸出債権を長期低利の債券に切り替えさせられる銀行の収益力も低下する。

損失処理を先送りすると、経済の劣化が更に進行

バブル不動産にせよ無駄なインフラ投資にせよ、値打ちの乏しい投資のために借りた借金は、正味の価値に合わせて減額（損失）処理するのがスジである。それをすれば、家計にせよ企業にせよ、資産の減少により苦しい緊縮生活や経営を余儀なくされ、悪くすると破綻に追い込まれる。それがマクロな規模で発生すれば、余裕資金があれば負債の償還に充てられて消費も投資も急減してしまうバランスシート不況が出現する。5年、10年は低成長を余儀なくされる苦しい選択である。

しかし、それを嫌って処理を先送りすれば、もっと悪い結果を招く。中国では国有企業や破綻されると困る民営企業が借金を返済できなくなった場合、関係政府の取りなしで金融機関が借換えをさせてやる「隠れた政府保証」慣行が長く続いてきた。

しかし、自力で借金を返済できないのに、借換えを認められた「ゾンビ企業」が借換え金を原資に利息を払い続けることは、喩えて言えば会社が働いていない社員に高給を払い続けるようなもので正常である。

本来損失処理されるべき債権について支払われ続ける利息等の収益は「金融不労所得｣のようなもので、この不正常な富の移転の規模を試算すると、図1に示すとおり、年々4兆元（≒80兆円、GDPの3％相当）の規模にまで膨張している（津上の試算）。正常な経済活動が受け取るべき収益はその分食われる訳で、経済が重税を課されているようなものである。さらにその富は金融機関を経由してキャッシュ・リッチな国有企業や富裕層の懐に入るので、貧富の格差をますます拡大させる結果にもなっている。

4. 「官」偏重の富の配分がもたらす問題

2010年代に入り、地方政府が借金と投資による成長を競い合うようになる過程で、国有セクターも含めた広義の政府に富の分配が集中する現象が起きた（図２を参照）。

最大の原因は国有都市用地の払い下げである。過去四半世紀の不動産ブームの過程で、住宅地の価格が数十倍に高騰して、含み益が地方政府を潤した。また、2009年に始まった「4兆元投資」の景気刺激策以来、国有銀行の融資を国有企業が半ば独占的に使用して膨大な公共事業を実行した結果、国有セクターのバランスシートが急膨張したこと（図３を参照）、さらにその事業の元請けを国有企業が担ったことも原因の一つである。

経済活動のフロー面を見れば、税収の5割､GDPの6割､研究開発費の7割、雇用の8割、企業数の9割を占める民営経済が経済の主役なのに、富の所有というストック面を見れば政府や国有企業など「官」が圧倒的な主役であり、フローとストックの間に著しい不対称が存在する。独裁体制による強大な権力に加えて、膨大な富も握る結果、経済に対する共産党や政府の支配力が他の国に例を見ないほど強まったのがこんにちの中国経済の姿であり、政府の経済支配力が強まった分、市場経済メカニズムの働きは後退した。

また、視点を移せば、富の配分が｢官偏重｣なことは､民営企業や家計には富が回っていないことを意味する。昨今「消費振興」が叫ばれているが、この配分を改めないと消費主導の成長も困難である。

5. デフレに突入しつつある中国経済

バブル崩壊のあおりを受けて、中国は消費も民間投資も減退するバランスシート不況に陥っており、内需の低迷を反映して消費者物価は23年春からほぼゼロ近辺、生産者物価に至っては22年秋から-2～-4%を徘徊している。政府は「適度に緩和的な貨幣政策によって物価の合理的な上昇を促進する」と謳っているが（2025年第2四半期貨幣政策執行報告）、物価指数が前年比マイナスを示す中、実質金利は高止まったままだ。需要不足が顕著なのに、政府が｢新質生産力｣を標榜して、なおも供給サイドの強化に力を入れていることも悪い報せだと捉えられている。さらに、2023年春のコロナ禍明けに期待された「景気のリベンジ回復」が起きなかったことで、国民の先行き悲観もにわかに強まった。

バブル処理の先送り、バランスシート不況、国民の先行き悲観と並ぶと、30年前の日本の辿った道のようだという印象を拭えない。そのような雰囲気の中で、国民の間に「物価は上がらない」という「デフレマインド」が形成されつつあることが懸念される。いったんこれが形成されると、そこから抜け出すことが如何に困難かは、日本の経験が示すとおりだ。

また、需要不振のなか、ハイテク製品から鉄鋼まで中国の安値輸出が問題化している。巨大な中国がデフレ輸出国になれば、世界も影響は免れない。

6. 先送りする財源はまだある

以上のように中国経済を取り巻く情勢は厳しいが、公的債券の発行残高が依然低く、特に中央財政は国債発行残高のGDP比が20％台半ばと抜群に健全なことは救いである。また、中国も今やドイツ、日本に次ぐ世界第3位の対外純債権大国のため、国債をさらに発行しても国内の貯蓄でじゅうぶん消化可能であることも救いだ。このような国がにわかに財政破綻に追い込まれないことは日本の先例が示すとおりであり、このままバブル処理の先送りを続けても、中国経済は当分の間は破綻しそうにない。

ただ、何もせずに国債の大量発行を続けると、マネーが吸い上げられて資金市場が逼迫、金利上昇を招く恐れがある。それを防ぐ道は、日本の「黒田ノミクス」に倣って、中央銀行が発行済みの国債を大量に買い上げることだが、人民銀行が自ら買い上げなくても、６大国有銀行に資金を供給して、彼らに国債を買い上げさせる方法もある（過去２年の間に１兆元規模の特別国債発行が3回行われ、その都度人民銀行が買いオペ操作等により流動性を供給していることは、既にこのような「変形黒田ノミクス」が始まっている印象を与える。

7. 「中国の強みは科学技術」の時代

暗い話ばかりの中国経済だが、ミクロ経済には明るい話題もある。「中国の強みは科学技術」の時代がやって来たことである。2025年1月Deep SeekのAI開発が成功したニュースは、ハイテク企業の株価を押し上げただけでなく、「中国は米国の技術封鎖を突破した｣と、中国経済全体のムードを好転させるほどのインパクトがあった。

中国は以前からＩｏＴ､デジタル経済で世界の最先端を行っているし、ＥＶも想像を超える進化を遂げて先進国の自動車産業を脅かす存在になっている。また、AIで動く300万円/台のヒューマノイド(人型ロボット)が登場しており、これがEVの次に来る大波を起こしそうである。

半導体については、米国の輸出制限措置により手痛い打撃を被ったが、中国はこれを教訓にして半導体国産化に邁進しており、遠からず世界のローエンド市場（ボリュームゾーン）が中国製半導体にかっ攫われる可能性も出てきた。

中国は量子コンピュータ・通信、生命科学、海洋・宇宙などの先端基礎研究分野でも存在感を高めており、いまや名実ともに世界第二位の科学技術大国になった。

中国の「ものづくり」が世界最強な理由

中国の「ものづくり」が世界最強な理由は5つ挙げられる。①他国を圧倒する理工系人材の豊富さ、②世界一充実したサプライチェーン、③スケールメリットが働く広大な国内市場、④激烈な国内競争、そして最後が地方政府の関わりである。

とくに①の要因の影響は大きい（図４に示すとおり、米中両国を比べても理工系学生数の中国優位は明らかだ。しかも、米国の学生数には相当な数の中国人留学生が含まれている）中国政府が1980年代から科学技術振興に営々と努力してきた結果がものづくり産業の隆盛を生んだのである。

ハイテク産業を歪める地方政府

一方、政府の関与が負の影響を及ぼしている側面も無視できない。こんにち、中国の太陽光パネル、リチウム電池、EV、エアコンの5業種では、供給能力が世界の総需要を上回っている（図5参照）。太陽光パネルに至っては世界需要の２倍に膨れ上がっている。まともな企業、経営者であれば、これほどの設備過剰業種に参入することは考えないであろう。それにも関わらず、これほど極端な設備過剰が起こるのは、企業の背後で別の力が働いているからだ。地元地方政府である。

理由は地方財政の仕組みにある。中国の税制上、地元企業が納める増値税収は、半分が地方の取り分である（地元市に3~4割）。その税収を増やすために地方政府は①地元企業に多大の補助金を出して支援してきた（図6 EVのBYD、電池のCATLの事例参照）。地方政府は中央の産業政策に倣って育成する産業を選んでいる。この結果、特定業種に集中豪雨的な投資が行われやすい。昨今では地方政府の設立した「産業投資ファンド」が出資することをうたい文句に中央政府が旗を振る「新質生産力」の新興企業を誘致している。こうした地元政府の後押しがなければ、企業が向こう見ずな設備投資に走ることはなかったであろう。

昨今集団自殺的な値下げ競争が蔓延していることから、政府は「反内巻」（過当な値下げや設備競争の自粛）キャンペーンを展開しているが、値下げ競争の陰の主犯は地方政府なのではないか。未曾有の財政難に苦しむ昨今、地方政府が地元企業に年間売上額や納税額を要請（指示？）していることは想像に難くないし、企業もこれまで世話になってきた地元政府の必死の要請は拒めないであろう。その結果が自殺的な値下げをしてでも売上を達成しようとする企業の行動である。

この問題の影響は中国国内に限られず、輸入国が自国産業を守るために次々とアンチダンピング措置の発動に動いている。このように、中国の過剰生産能力問題は米国トランプ政権の相互関税政策と並んで、世界の自由貿易体制を解体に向かわせる原因にもなっているのである（後述）。

8. 中国の経済動向が世界に及ぼす影響

中国のGDPは一般に用いられる為替換算では米国の63%しかないが、物価水準を考慮した購買力平価換算では逆に133%と米国を上回る（IMFによる2025年推計値）。中国経済がこれほど巨大になった結果、そのあり方が世界経済全体に及ぼす影響も一層大きくなっている。以下ではとくに「パックスチャイナ」問題に関わる問題を中心に幾つかの論点を取り上げる。

米中対立の過程で中国の貿易投資構造が変化

過去５年、中国と西側諸国の地政学的対立が顕著になった。とくに米国の対中輸入障壁の強化は中国の貿易投資構造に大きな影響を及ぼしつつある。米国の輸入障壁（関税引き上げを含む）によって対米輸出が難しくなった完成品組立工場がASEAN､墨､加等に移転、その結果、西側諸国への完成品輸出が減少したのである。

それだけなら｢産業空洞化｣だが、工場の海外移転を追って、中国から移転した工場向けの部品･素材､機械輸出も急増しているため、｢中国のサプライチェーンが海外に延伸した｣と見ることもできる。この結果、中国の貿易の重心は、「先進国向けの完成品輸出」から「（工場移転先の）中継国向けの中間財輸出」へと移りつつあるのだ（図7参照）。

同時に､中国企業が完成品組立など下流工程の工場をASEAN､メキシコ、カナダ等に移転する直接投資が増えている。最近中国のEV産業の東南アジア進出が関心を呼んでいるが、その変化は中・ASEAN経済関係の深化・拡大という大背景の一環として起きているのである。

巨大な貿易黒字の還流問題

2024年、中国は内需が不振で輸入が振るわなかったため、年間の貿易黒字が約1兆ドル､世界GDP(≒100兆ドル)の1%規模に及んだ。過去1世紀を遡っても、滅多にない出来事であるが、図8に示すとおり過去には巨額な貿易黒字を抱える国が海外直接投資を増やすかたちで黒字還流が行われてきた。通商紛争の激化や途上国の財政金融危機を防ぐには、中国も適切な還流方策が採る必要がある。前述したとおり、東南アジア等ではEVや自動車部品などを中心に中国企業による直接投資が急速に増大している。日本の自動車メーカーにとっては脅威だが、黒字還流というマクロな視点から見れば、この動きは必然的に起きるものだし、マネーの国際循環という観点から必要な動きだという見方も必要であろう。

海外投資は中国経済を救えるか

最近中国で「日本は長年経済(GDP)が成長しない『失われたXX年』の国だと見られてきたが、実は蓄積してきた膨大なFDIから上がる投資収益で潤っており､ GNP(GNI)で見ると必ずしも停滞していない」という対日再評価の声が聞かれる。その心は「中国も今後積極的に海外に直接投資を行い、日本のように投資収益で潤う国に変わっていくべき」ということにある。

たしかに、今後EVや通信機などの業種では、日本のトヨタや往年のソニーのようにグローバル･ブランドに育つ中国企業が現れるだろうが、前途に問題が無いわけではない。第一に、中国が力を入れている太陽光パネル、EV、リチウム電池（将来的には一部の半導体）などの「新質生産力」投資は、西側諸国で拒絶される恐れもあることだ。グローバルサウス諸国はこうした投資を歓迎してくれるだろうが、最終需要の産み出し手ではない。

第二に、中国が見習おうとしている日本は30年以上かかって、今の海外投資財産を築いた。その過程では手痛い失敗も数多くし、高い授業料も支払った。成功する投資案件とて、収益を生むには何年もかかる。

また、現在日本の対外投資収益は年間約35兆円､GDPの6%に相当するが、中国がGDPの6%相当の収益を出すには8兆元(約1.1兆ドル)が必要であり、売上高に直せばその3~5倍、3~6兆ドルの金額になるだろう。昨年の中国輸出額は約3兆5800億ドルだった。海外直接投資が進めば輸出の一部は現地生産に置き換えられるとしても､輸出に加えて、これだけの規模の中国ブランド製品も現地生産によって投入されるようになったら、世界全体の市場にその両方を消化できるだけの消費、吸収能力があるかを検討しなければならなくなる。

過剰生産能力が世界経済に大きな影響

中国経済は世界のGDP合計の約18％を占めるが（2024年）、製造業だけを取り出すと世界の約29％、米・日・独・印の上位4カ国の合計を上回るシェアを占め（2023年）、製造業の比重がとりわけ高いことが分かる。

そこで問題になるのが、自国の内需どころか、世界全体の需要をも上回る生産能力を抱える業界が幾つもあることだ（「過剰生産能力」問題）。とくに過去数年、中国の内需が不振で安値輸出が増えていることから、多くの貿易相手国から「中国の安値輸出によって自国の産業が損害を受けている」として通商紛争が多発しつつある（図９参照）。

中国はこれまで見てきたとおり、「新質生産力」政策に指導され、中国税制によってさらに強化された供給側偏重の経済政策を採っている。また、中国の内需不振は少なくとも短期間に解消する見込みはない。このまま放置すれば、ますます多くの国が貿易救済措置に走るであろう（特定品目で対中輸入障壁を高める国が増えてくると、市場を開けている国々に余剰商品が集中して産業被害が更に深刻化する。このため、輸入障壁を高める動きは途中からどんどん加速する性質を持っている）。これに対して中国が対抗措置を採れば、世界貿易はいよいよ縮小し、「1930年代の貿易激減の再演」が絵空事ではなくなっていく。こうして、中国の｢過剰生産能力｣問題は米の相互関税と並んで自由貿易体制を揺るがせる大問題になることが懸念される。

中国の輸出自主規制のアイデア

筆者は中国が輸出自主規制を応諾することで、このような悪循環を緩和することができないかというアイデアを個人的に抱いている。中国を説得できるか否かが鍵であるが、まず、中国にとってもメリットがあることを訴えるべきである（輸入国の一方的な措置でなく、中国の好む「談判」で紛争を解決できる点、中国も黒字会社が1社もない過当競争から脱して企業も黒字になれる点、過当競争防止を訴えても己の税収を確保するために中央政府の言うことを聴かない地方政府に対して、輸出許可という強制手段で輸出を統制できる点などである)。

また、このまま「競争力」に任せて相手国の産業を根絶やしにするような輸出攻勢をかけ続ければ、中国が世界から孤立する恐れがあることを訴えるべきだ。欧州が中国に「自動車産業はぜったいに護らざるを得ないのだ」と懸命に説いた結果、中欧間でEVについて最低輸出価格の取極めを結ぶことが話し合われるようになったと耳にした。

輸出自主規制（Voluntary Export Restraint）はWTOセーフガード協定第11条1(b)で違法とされる措置だが、筆者はそれは「枝葉の問題」だと考える。その点にこだわって自由貿易体制という「樹」丸ごとを枯らせる愚を犯すべきではないという意味である。

米中関税交渉の行方

いっとき米中双方が互いに百数十％の関税を課すと言い合って世界をパニックに陥れた米中の関税交渉は、米側が30％（フェンタニル関連制裁分20％を含む）、中側が10％の関税を課すところまで軟化し合い、交渉期限を何度も延長しながら継続している。この間、中国が採ったレアアースの輸出規制措置が著効を発揮して米側を大きく譲歩させたとも伝えられている。

しかし、トランプ政権が高飛車な威嚇を引っ込めざるを得なくなった原因としては、レアアース以上に、お膝元の米国金融市場が米中関税戦争激化に動揺して米国債や米ドルが大きく売られたことが大きかったと考えられる。その後米国株価は史上最高を更新しているが、金融市場は依然として脆さを秘めている印象があり、この問題は今後もトランプ政権の対中交渉を制約し続けるだろう。

対する中国は、消費も投資も振るわない中、最大の輸出相手国米国への輸出が大きく減ることは辛いので、「突っ張り続けて」ばかりいる訳にもいかないが、問題は米国に譲歩する玉が見当たらないことだ。内需不振の下では大幅な輸入拡大は望めない、対米投資を増やすことはできるが、セキュリティリスクに敏感になっている米国は、多くを受け入れることはないだろう。人民元高・ドル安の為替調整を合意できれば画期的だが、中国には「日本は40年前プラザ合意の罠に落とされて失われた30年の憂き目を見た」という強い思い込みがあるので、為替調整は頑として受け入れないであろう。

米中両国は最終的にどのような合意をするのであろうか。8月末の時点で確たる見通しをすることは難しいが、筆者は「双方が大人の解決をする」ことがベースシナリオだと考えている。即ち、中国は精一杯の、しかし華々しさに欠ける譲歩をする一方、フェンタニル理由で課されている20%分の関税を少しでもまけさせようとする、トランプは米国（企業及び自分）の商業利益を少しでも組入れさせようと努力しつつ、結果として出てきた中国の華々しさに欠ける譲歩を最大限の修辞法で自讃する、といったかたちになるのではないか。

トランプ政権内部には抑制主義者（Restrainers）と対中タカ派（China Hawks）の対立があると言われるが、関税交渉の運び方、対中ハイテク技術規制やTikTok問題に対する態度を見ていると、トランプ自身が対中タカ派に与する印象は甚だ乏しい。また、ウクライナ問題等で仲介の労を執ってノーベル平和賞を欲しがったり、訪中して習近平と会談したがったりする様子を見ていると、海外の揉めごとに関わらないで「米国第一」に専念することを求める抑制主義者とも距離がある印象を受ける。けっきょくトランプ政権の対中政策の成り行きは、多分にトランプ本人の心の赴く方向へ向かうのだろう。

まとめ：パックスチャイナは来ない

以上論じてきたように、筆者は中国経済の中長期的な未来については悲観的である。「俄かな崩壊」の可能性は低いが、習近平政権の政策や体質をみるかぎり、今後の中国経済は停滞していく未来が避けられず、習近平主席が掲げた「中華民族の偉大な復興」は画餅に帰すと考える。筆者は長年「中国のGDPが米国を抜く日は来ない」と唱えてきたが、その考えを変える必要も感じない。唯一見立てを誤る可能性があるとすれば、米国の国内の分断がいっそう激化したり、AIの急激な普及が中産階級以上の大量失業を招いて米国社会全体が大混乱に見舞われる等の事態が起きて、米国が不戦敗を喫する可能性であろう。

「パックスチャイナ」が「中国がこれまでの米国のように、国際公共財を提供して世界の安定を支える覇権国になる」ことを意味するならば、GDPで米国を上回ることも難しい中国がそのような覇権国になる可能性は絶無に近いと考えられる。

米国がルールメーキングを主導して、自由貿易体制などの国際公共財を提供することができたのは、圧倒的な軍事力だけでなく、世界に広大なマーケットを提供して他国が栄えることを許すとともに、戦後の米ドルが基軸通貨になれたためである。

そこには、第二次世界大戦後米ドルが英ポンドに成り代わって基軸通貨に出世していった過程が深く関わっている。戦争直後、戦禍に見舞われた欧州は工業力が減退、一方、米国は巨大な生産力を擁していたため、この時期の米国はマーケットであるよりモノを売る側であり、巨額の貿易黒字を記録していた。

このとき、米国は戦災で荒廃した西欧諸国に対して貿易黒字を上回る規模の無償援助（マーシャルプラン）を実行した（図10参照）。それは米国製品を買える金を配って、巨大な生産力に出口を拓くと同時に、西側諸国にドル決済を普及させて、基軸通貨国の地位を手に入れるための政策でもあった。

こうして基軸通貨国の地位を手に入れた後の米国は、国債収支を気にせずに輸入を増やせる特権を手に入れて、文字どおり世界にマーケットを提供する大貿易赤字国になった。

これに対して現在の中国は常々「世界に広大な市場を提供している」と宣伝するが、1兆ドルの貿易黒字が示すように、それ以上に「世界に市場を提供してもらっている」国である。「マーケットを提供して他国が栄えることを許す」どころか、今は「安値輸出で近隣窮乏化政策を採っている」と非難されている。

その状況を転換するために、中国もマーシャルプランに倣って1兆ドルの貿易黒字を上回るような無償援助を実行することができるだろうか。そうして人民元を気前よくばら撒けば、過剰な生産力に出口を見つけてやれるだけでなく、人民元が国債決済にもっと使われるようになって基軸通貨への道も拓けてくる。

しかし、今の中国は貧しい途上国に一帯一路で貸した融資を債務免除することさえ、できず、せいぜい弁済期限の延長しかできない。「金をドブに捨てた」という批判を恐れているためだ。「外国に返さなくてよい人民元をどんどん配る」などと言えば、「そんな金があるなら国内で使え」という世論の猛反発が起きることを恐れるだろう。

以上のように、GDP世界一になる見通しが暗いだけでなく、世界に市場を提供することもできず、人民元を基軸通貨に育てていくこともままならない中国が「国際公共財を提供して世界の安定を支える覇権国になる」可能性は絶無に近いのである。

地域覇権国になる可能性はある

トランプ大統領は2期目に入るや、カナダ、パナマ、グリーンランドへの領土的野心を露わにした。これを「領土拡張（Territorial Expansion）」主義と呼ぶ向きがあるが、筆者は異なる印象を受ける。21世紀初頭の米国は、世界中を牛耳れる圧倒的な覇権国だったのに、その後国力が衰退して、今や「自国の周辺は自分の縄張りだ」とアピールしたがる国になった、つまり米国のパワーが縮んだ表れに思えるのだ。そう解すると、周辺以外の世界には米国が退いた後の空白が広がり、そこを誰が制するのかの群雄割拠が始まる可能性が高まる。

そのとき、東アジアの我々が最も注視すべき場所が台湾であることは論を待たない。軍事的要素が大きく絡むので、中国が願う「両岸統一」の実現は簡単ではないが、トランプ大統領が習近平主席と何らかのディールを目論んで、引き換えに台湾を「売る」ような言動をすると、情勢は流動化しかねない。

蓋然性がより高いのは、東南アジアが「中国の経済的勢力圏」になる未来だ。その姿は歴史的に中国が周辺諸国と築いてきた「朝貢」関係とも似通っている。東南アジアは「中国の経済的勢力圏」になっていくのだろうか。

前述したように、米国との地政学的対立が高まって以来、中国の貿易投資構造は顕著な変化を示し、東南アジアと中国の経済関係が深化・拡大しつつある。このことが「中国の経済的勢力圏」のシナリオを後押しすることは否定のしようがない。一方で、東南アジア諸国は大国の確執の中をしぶとく生き抜いてきた歴史を持っているので、唯々諾々と中国の属国になる道を選ぶとは考えられない。

今後を左右する大きな変数は二つあるだろう。一つは中国経済の成長鈍化・停滞の進行度合いである。政府援助だけでなく中国経済から得られる経済的メリットが細れば、中国の求心力は自ずと減退するだろう。

もう一つは日本や欧州を含めた同志国が軍事面、経済面で米国が退いていく穴をどれだけ埋めていけるかだ。ただ、中国との関係において、地政学的な対峙、対抗の側面ばかりが強まると、体力に限りがある我が方は負担に堪えられなくなる。勢力のバランシングを図る一方で、中国との協力、協調も図る努力が必要であり、その意味でも過剰生産能力問題などにおいて、中国に輸出自主規制を促し、交渉を通じた問題解決を志向する姿勢は大切だと考える。

（津上俊哉国際問題研究所客員研究員）

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